episode24 冒険者の日常③
〇《 迷宮 三十七階層 》レオ=アルブス
迷宮攻略を初めてから十日。僕達は『内部依頼』を進め、遂に下層への階段への前へと辿り着いていた。
「…ッ…」
「緊張する?」
僕は横で階段の下から感じる体にまとわりつくような濃密な空気に息を呑む少女に声をかける。
彼女は"黒百合の会"でアギリと同じ『支援職』と『盾役』を担当しているナトナ。
件の大都市を災厄から守った防御魔術の唯一人の担い手だ。
彼女達"黒百合の会"と"風雷白虎"はパーティーメンバーが五人で銀等級冒険者も多い為、今日が始めての下層だ。
緊張するのも無理は無いだろう。ここからは格や次元が違うなんて言葉で片付けられない。
下層に待ち受けるのは『死』ただそれだけ。
「いや、全然よゆーですし?むしろやる気が出たって言うか?マスター私のどこを見て緊張してるなんて思ったんですか?」
「膝が見たことも無いらい震えてるんだけど…大丈夫?歩ける?」
「ははっ、これは戦争を前にして滾りが抑えられない騎士によくある騎士震いってやつか、もしくは持病の発作ですよ」
「持病はやめて欲しいかな…ちなみに持病の名前は?」
「極度の緊張病です」
「紛うことなき緊張だね」
そんな漫談のような会話をナトナの繰り広げつつ、僕は緊張した面持ちの皆の緊張をほぐしていく。
確かに下層は中層に比べるまでもなく危険だ。だけど、ここにいる半数以上は下層を経験しているし、今よりもよっぽど少ない人数で攻略を行っている。
守れはしなくても、フォローする余裕くらいはあるので安心して欲しいところだ。
「それにナトナ、あれ見たら緊張なんてしなくなるよ」
僕は後方のやたら騒がしい集団を指差す。
ナトナは僕の指差す方向を見ると、「あぁ」と納得したような表情をする。
「アークくん、今回も勝負する?」
「構わないぞ。勝つのは俺だけどな」
「はははっー!ボクこそ至高の存在にして天井の天才支援職!!……これもダメだな。要研究だ」
「おや、そろそろ祈りの時間ですね。レオさん、そこを動かないでください」
「レオちゃん、悩み事?お姉ちゃんに話して?全部解決してあげるから」
いつも通りすぎるメンバーがそこにはいた。
他にも…
「マーロンさん、ソヌスが放屁した」
「はぁっ!?してねーし、言いがかりつけんのはだせーぞ!!」
「お前達、今年で二十歳なんだからもう少し落ち着きをだな…」
「「それココネにも言え(んのかよ)る?」」
「……すまん。」
「ねんちょうしゃは大変だね…ふふっ、マーロン、頑張って…?」
「桜餅…俺とお前は同いど……俺が唯一の年長者だ」
後方のやたら騒がしい集団というよりも、"黒百合の会"と"風雷白虎"を除いた全員が騒いでいる。
桜餅ちゃんも周りを見て緊張が解けたのか、早速マーロンに殺気を放っている。殺る気全開だ。
うーん…もう少し緊張感持ってもいいと思うんだけどな…。
「皆、分かっているとは思うけど次の階層からは下層だ。過度の緊張は駄目だけど、程よく緊張感を持って行こう。じゃないと、夕飯抜きになるよ」
流石にこの雰囲気のまま下層に行くのは"黒百合の会"と"風雷白虎"には悪影響だと思った僕は、手を叩いて皆の注目を集めると注意を促す。
僕の言葉に全員の顔が少し引き締まった……ような気がする。何やら憐れむ視線を感じるが、気の所為だろう。
☆
〇《 迷宮 三十八階層 》ナトナ=チュトラリー
どうもナトナです!
ナイスバディの夢見る乙女十八歳。チャームポイントはこの元気と笑顔です。
【迷宮都市】ではファンクラブもあるくらい人気なんですよ?まあ、同性の私から見ても超美人さんのロゼリアさんには負けますけど…。
今、私達はギルドの皆で長期攻略で下層に来ています。
迷宮に来てから早くも十日。そろそろお風呂が恋しくなりますね…迷宮の中は驚きや発見が沢山ありますが、不便なことが多すぎます。
ほら、私も女の子なので女の子の日もありますし、トイレだって簡単には行けませんし、食事も満足に食べられません。
それでも【迷宮】に何度も来てしまうのは、ここには言葉では伝えられない魅力があるのです。
まあ、一番は恩人であるロゼリアさんやマスターのお役に立てるのが嬉しいんですけどね。
「それじゃあ、まず僕達"七星輪廻"がお手本というか、戦い方を見せるから」
三十八階層は大きな峡谷。『迷宮の傷跡』と呼ばれるここは数十キロこのような峡谷が続いているらしいです。
ゴツゴツとした赤銅色の岩肌の間を暫く歩いていると、まず姿を見せたのは綺麗な大型の虹色の蝶。
体中に宝石が散りばめられ、羽ばたく度に視認できるほどキラキラと鱗粉を撒き散らす。その光景は星が地上に落ちているようで、乙女的にはとてもロマンチックな気持ちに…。
「皆、呼吸忘れてるよ」
「カハッ…はぁ…はぁ…」
パンッという破裂音と、マスターの言葉に私達は一気に現実に引き戻されます。
そして次に私を襲ったのは息苦しさ。体が酸素を求めて浅く荒い呼吸を繰り返します。
言葉の主であるマスターをチラリと見ると、手には破れた袋が握られており、先程の破裂音がその袋から出されたのだと分かりました。
「そのまま見続けると心臓が鼓動を忘れるから早く正気に戻って。今はこんなに美しいけど全部幻覚だから」
「え…?」
マスターはいつも通り小さな笑みを浮かべて今晩の夕食の内容を教えるように衝撃の事実を言ってのけます。
私は自分の無きにしも非ずの胸を抑えて心臓が確かに動いていることを確認します。周りの何人かも、同じように確認していました。
「あれくらいだとまだ大丈夫だよ。あの魔物は下層の最初の門番みたいなもので、《幻魔士》って魔物だね。認識阻害魔術、認識改変魔術、幻影魔術、幻惑魔術、記憶改ざん魔術、魅了魔術、光魔術、視認齟齬魔術、洗脳魔術、気配遮断魔術、気配隠蔽魔術、感情介入魔術、衰弱魔術…えっと、合計でどれくらい使えるんだっけ?」
「七十四種類ですね」
「まあ知っているとは思うけど、中層だと精々二十種類程度。下層からは魔物の使う魔術の種類が百はくだらなくなるから気をつけてね。気配遮断や隠蔽は当然として当たり前に洗脳、記憶改ざん、感情介入魔術を使ってくるから」
知識にはあった。というよりも、事前準備を欠かさないマスターに今回下層に始めて行くメンバーには下層の魔物との戦い方や、準備、心構え、注意点などを教えこまれています。
ですが、今こうして目の前にすると、実感が湧いている。今、私たちがいるのは…下層。
これまでの格下との戦いではない、センスや才能で埋められる場所ではない。
正真正銘の『死地』であると。
ゴクリと口に溜まった唾液を飲み込もうとしても、喉が乾いて上手く飲み込めない。
全身から汗が吹き出し、背中を伝う気持ちの悪い感触がやけに鮮明に感じる。
落ち着いてきた呼吸が再び荒くなり、何もしていないのにドっと疲れが全身を襲う。
「まあ、アギリなんて四百種類くらい魔術使えるし」
「今のボクは四百二十二種類だけど、アギリとしては八百六十七だよ英雄」
「それに比べたら七十四種類なんて可愛いものだよ。姉さんみたいに時空間操作みたいなビックリ魔術も欠損した部位を治したりもできない。アークみたいな耐久力も、ノインみたいな力も無い。バダクの破壊力やココネの突破力には遠く及ばない。みんな、普段からココネ達相手に特訓してるんでしょ?なら大丈夫だよ、自信もって」
「そう…だな。少々圧倒されていたようだ。取り乱してすまない」
マスターの言葉に私の隣にいたロゼリアさんが一番最初に落ち着きを取り戻し、謝罪する。
「謝ることでもないから大丈夫だよ、皆最初はこんなものだし」
「ソヌスリーダーは漏らしてました」
「俺っちそんなダセェことしてねぇぞ!?」
「取り敢えず今から戦い方を軽く見せるから。大事なのは連携。《幻魔士》は魔術師よりの魔術特化だけど金等級冒険者…前衛のソヌスと同等の近接戦も出来る。絶対に三人以上で戦うこと、敵はこれだけじゃない。怪我をせず、疲れないことを意識してね……皆、戦闘準備。アギリ、合図したら《幻魔士》の拘束解いていいよ。リミット二十五秒…開始!」
マスターの言葉に"七星輪廻"の皆が戦闘準備に入って、合図と共に戦闘が始まります。
これまで隙だらけの私たちを魔物が襲わなかったのはアギリさんが魔術で拘束していたらしい…全然気づきませんでした。
「【 役は看破 形は半球 】【 役は弱体 形は重し 】」
言葉を交わさずに全員が一斉に動き出します。アギリさんか看破魔術と弱体魔術を《幻魔士》にかけ、美しい蝶の見た目がブレて薄汚いローブを着た骸に姿を変えます。
そして今のアギリさんは支援は支援でも強化ではなく、弱体特化。敵の周囲に薄い半球の膜を作り、《幻魔士》の動きを封じにかかります。
「アギリ、そのまま頼む。僕も前に出る」
「ああ、任せてくれて構わない。すぅ……【 役は拘束 形は鎖 】、【 役は拘束 形は足枷 】、【 役は拘束 形は蔦 】、【 役は拘束 形は縄 】、【 役は拘束 形は手錠 】、【 役は拘束 形は拘束具】、【 役は拘束 形は無限の手 】、【 役は拘束 形は鉄杭 】、【 役は拘束 形は十字架 】、【 役は拘束 形は無形 空気よ重しとなれ 】、【 役は拘束 形は無形 空気よその場を固めよ 】、【 役は拘束 形は輪 】、【 役は───────」
アギリさんの高速詠唱が始まる。アギリさんの体が霞み、輪郭がぼんやりとしていきます。
一度も噛むことなく、四十近い魔術を一息で『役形補』を唱え、並行して『無口』で他の魔術も使って…人間辞めてますね。白金等級の冒険者でも同じことやってるの見たことありません。
それでも《幻魔士》はアギリさんの拘束を解魔術で抵抗し、時には力技で拘束を引きちぎります。
アギリさんの拘束を受けた身としてはあれを力技で抜け出す光景が信じられません。出来るのはココネちゃんか、ノインちゃん、アークくん、バダクん、マスター…あれ、結構います?
「【 役は集目 形は無形 さぁ、俺を見ろ 】、【 役は憤怒 形は無形 さぁ、俺に怒れ 】」
アークくんが敵の視線を魔術で自分へ誘導し、敵意を煽って敵意を自身に集めます。アギリさんに向いていた注目が見る見るうちにアークくんに向きます。
「相変わらず滅茶苦茶な詠唱ですね…【 役は破壊 形は鏃 貫け覇道 】」
そして追撃としてバダクんの強烈な貫通力を持った矢に、破壊力を魔術で増加させて放ちます。
矢独特のヒュンという風切り音ではなく、ゴウッという低い音が耳を掠め、音だけで反射的に身構えてしまいます。怖い。
「あー、皆。やりすぎだから。連携の確認なのに全然連携になってない。アギリもいい所を見せたいからって弱体を付与し過ぎだよ、むしろアーク達にかけないと」
瞬間、バダクんの矢と《幻魔士》の間に割って入るマスター。
恐らく硬化した魔力の糸で手を覆って手への衝撃を殺しているんでしょうが、こちらから見たら正面から素手でバダクんの矢を掴んでいるように見えます。
いくら魔力の糸でダメージは無いとは言え、割って入る度胸が凄まじいです…バダクんも驚いていますし。
「はぁ…最初から僕とココネでやれば良かったのかな」
「え、ココネ?」
「?…何か可笑しいなことあった?僕的には一番連携が取れやすいのはココネなんだけど」
「えへへっ…ううん、なんでもないよ。よし、頑張ちゃうぞ」
マスターに褒められた…というよりは認められていた?ことに頬を染め、喜びを全面で表現するココネちゃん。
可愛い……同性から見ても凄く魅力的で、ロゼリアさんがお姉様なら、ココネちゃんは天使…?
けど、時々堕天するからなぁ…そういうことを含めてココネちゃんは天使かもしれない。
それと二人の連携は凄まじかった。手本にならないくらいに。
どうもナトナです。マスターに恋する夢見る少女。
女としても、冒険者としても心が折れそう…です。
不定期で申し訳ないです。




