episode20 女子力下限五人衆③
○《 十三階層 ベースキャンプ 》レオ=アルブス
「さあ、沢山食べてくれ」
突き出されたお椀を前に僕は涙し、膝から崩れ落ちた。
ああ、間に合わなかった。
鍋から覗く《超毒蜘蛛》の足に、《鬼殺し茸》、それに地面に転がった『王水』を保管していた特殊な容器。
ハハッ、死んだな。
《超毒蜘蛛》と《鬼殺し茸》ならばまだ耐性がある。だが、『王水』は無い。
そもそも『王水』は貴重な上に、誰も見向きもしないような混合液だ。
誰もあれを料理に使うなんて予想出来ないし、あれの耐性なんてある訳が無い…。
「ロゼリア…これ、味見とかしたの……?」
「一度しようと思ったんだが、丁度マスターが来たからな。よく考えたら私達がマスターよりも先に口にするのは勿体ないだろう。最初の一口はマスターに食べて欲しい」
「あははっ…ソウダネ」
ロゼリアの言葉に僕は思わず笑顔を浮かべようとするが、頬が引き攣って上手く笑えない。
運悪く完成と味見の合間の時間に辿り着いた僕はどれだけ不幸なのだろうか。
もう少し遅く到着していれば彼女達は味見をしてこの毒の危険性に気づいただろうか…。
いや、彼女達がこれを一口でも口にすれば確実に死ぬ…。
そもそも彼女達がこの毒臭の中で何で元気に笑顔を浮かべられるのか。凄く疑問だ。
「取り敢えず…一口貰おうかな……」
彼女達の好意を無駄には出来ない。
無駄には出来ないが、出来事なら無駄にしたい。
生死が天秤にかけられている状態で彼女達の好意を断れない自分のイエスマン加減が憎くなる。
僕はロゼリアからお椀を受け取ると、お椀の縁に口を付ける。
視覚、触覚、味覚、痛覚、持てる限りの感覚を『断』で断つ…!!
「うぉぉぉぉぉああああああ!!!?!?」
瞬間、僕の体が後ろから不意に押されて手に持っていたお椀を落とす。
とは言っても触覚、視覚、感覚を全て断っているので何が起きているのかはハッキリと分からない。
どうなっているんだ…。
僕は断っていた感覚を戻してぐるりと辺りを見渡す。
これでどうなっているか分かるはず…
「ソヌス、貴様どういうつもりだ?」
「いや、俺っちは…うっ…おぇぇぇぇぇぇ…なんだこの臭い」
「許さない。食べ物を粗末にするのは絶対に」
「俺っちは悪くない!ココネに…!!」
「ココネちゃんいないよ?」
「ちょっ…まっ…アイアッ…お前のは…ぐふっ…シャレにならねぇ…ごふっ…悪かった…許し…がはっ…!!」
「謝って。皆で作ったのに」
「ご、ごめん…なさ…グフッッ!?…せ、せめて、言わせて…ガブハッ!!?」
可笑しいな。感覚を全て戻したはずなのに何一つ分からない。
ひっくり返った鍋に、怒る"黒百合の会"の皆。そしてアイアに馬乗りにされて顔を殴られているソヌス。
うん、分からない。
だけどソヌスのおかげで助かったのもまた事実。
今回の件はお咎めなしにしよう。
アイアの鉄拳を何度も食らっているわけだし…。
あの伝説の戦闘民族であるアイアの拳は正直、鎧越しにでも受けたくないくらい威力がある。
前衛で打たれ強いソヌスでも、かなり効いているだろうし。
「ま、マスター…たす、たすけ…ゴフッ!!?」
「まだお仕置き終わってない」
おっと、聴力を戻すのを忘れていたようだ。
『断』は他のところに意識が向いていると、感覚が無いのが当たり前になってくる。
気をつけないとな…。
「ますたぁ~…これ、たべて、?」
不意に袖を引かれ、舌足らずな喋り方に僕は視線を横に向ける。
そこには禍々しい色をした団子を持った少女がいた。
彼女はアナテ。例の伝説の王族の血を引き継ぐ唯一の生き残り。
腰まで伸びる軽くウェーブした桃色の髪が混じった翡翠色の髪に、アメジスト色の瞳。
僕達の中では桜餅ちゃんのあだ名で呼ばれている彼女の身長は僕の胸下くらいしかない。
少女というよりは童女と呼ぶ方が正しいような身長に、幼さの残る顔立ち、舌足らずな喋り方、フリルを多く使った黒や白の服を好む。
攻略中もフリルドレスを着込むため、その度に心配になるが、実力は確か。むしろ鎧を着せた時の方が彼女の魔術の妨げになる可能性が高いため、黙認している。
そしてこの童女のような桜餅ちゃんはマーロンと同い年…今年で二十は……。
あまり女性の年齢を考えるのは良くないかな…。
今はそれよりも彼女が差し出した団子の方が問題だ。
「あれ、料理は全部…」
「わたしが、かくれてつくってた、とっておきだよ?たべてほしいかな…」
「う、うんありがとう…」
まだ刺客が残っていたというのか…。
先程の鍋よりかは安全性は高そうだが、常人なら口に入れた瞬間に死に至るだろう。
「ちなみになんだけど、これって何が入ってるの…?」
「ふふっ…あてて、みて?」
アナテはイタズラぽく微笑んで見せる。
天使のような微笑みだが、僕にとっては死刑宣告と同じだ。
詰んだ…。
先程は盤を直接ひっくり返すような、文字通りの『盤』狂わせが奇跡的に起こったが、今回ばかりは期待できない。
それにこの団子、先程の鍋と同じように僕が抗体を持っていない毒性のモノがが入っている可能性が十分にある。
いや、見るからに僕の知らない何かが入っている。僕の知る限り、助けを求めてくる顔のある団子なんて食べたことが無いし、願うことならばこれからも食べたくは無い。
「ええい、ままよ…!」
僕は団子の助けを求める声を無視して『断』を使って味覚、痛覚、嗅覚を断ち切り、団子を食らう。
瞬間、僕の視界がブラックアウトしたのは言うまでもない。
☆
○《 十三階層 ベースキャンプ 》レオ=アルブス
「うっ…ううっ……」
僕の目に一番最初に目に飛び込んだのは見慣れた姉さんの顔だった。
「レオちゃん、大丈夫?」
「ね、姉さん…僕は…」
朦朧とした意識の中、僕は頭の中を整理する。
何で僕は気を失っていたんだ…?
「レオちゃん、アナテちゃんのお団子食べて…それで気を失って…」
「そうだった…」
姉さんの言葉を聞いてようやく状況が飲み込めてきた。
そうだ、僕はロゼリア達の料理を阻止するために色々と頑張っていたんだ。
「これ、食べる?」
「……」
「大丈夫だよ、ノインちゃんの手作りだから」
「良かった」
姉さんがスプーンで皿に注がれた琥珀色のスープをすくって僕の口に運んでくれる。
「ん…それにしても姉さんの膝枕は久しぶりな気がするよ」
「そうねぇ……三年ぶりくらいかな?」
「この歳で膝枕ってのは恥ずかしいけど、まあ、・悪くないかな」
姉さんは昔から決まって僕が気を失うと膝枕をしてくれていた。
何だか懐かしい気持ちになりながらも、少し恥ずかしさも相まって少し複雑な感情だ。
まあ、他所が騒がしいからあれだけど…。
多分体感で気を失っていたのは二時間ほど。既に皆、ベースキャンプに集まっており、どんちゃん騒ぎしている。
「レオくん、ココネのおにぎり食べる?」
「ごめん、今あんまり食欲が無いんだ。ソヌスが物足りなそうな顔してるからソヌスに食べさせてあげて。お腹減った状態だと攻略に差し障るし」
「えー……うん、でも分かった、ソヌスにあげるね」
僕がココネのおにぎりをソヌスに促すと、ココネは渋々と言った感じだが納得したように近くにいたソヌスにおにぎりを思い切り振りかぶる。
ソヌスの口目がけて投げる気だ。
ココネの料理はあの女子力下限五人衆の料理を上回る。悪い方で。
毒の抗体を作るために一時期お世話になっていたが、もう二度と食べたくは無い。
「……!?マスター、やっぱり俺っちが黒百合共に加担したこと恨んでるっしょ!!?絶っっ対恨んで……恨んでますわよね…?」
何のことは分からないが、ココネのおにぎりを食べさせられることに気づいて騒ぎ立てるソヌス。
僕にタメ口を聞いていたためか、途中にココネに睨まれてよく分からない言葉遣いになっている。
どこかの金髪ドリルツインテールで十八歳の素直にものが言えない最近冒険譚にハマった貴族令嬢みたいだ。
「いや、まじで、ココネ…さん…ココネ様のおにぎりだけは…その、あの、あれなので、私にはまだ早いかなぁって」
必死に抵抗を見せるソヌス。
完全に服従しているのか、呼び捨てだったココネを様付けして呼んでいる。
僕が気絶している間に何があったのだろうか…。
「ごぶらっっ!?」
ココネの全力投球を食らって吹き飛ぶソヌス。
それを見て周りで様子を伺っていた皆が笑う。
僕の口にも小さく笑みが浮かぶ。前の攻略はもっとギスギスしていたので、笑顔が多いことはいいことだ。
「あのねレオちゃん…言い難いんだけど」
「ん?どうしたの姉さん…」
表情を曇らせて、僕の耳元で囁く姉さん。
何だか胃が痛い予感が凄くする…。
「レオちゃん、桜餅ちゃんの団子で毒におかされてるみたいで……あと三日で多分死んじゃう…かも?薬を調合すればいいんだけど、手持ちのものじゃ作れなくて」
「え、えーっと…ちなみに何が必要なの?」
「下層に生えてる《虹花草》……」
僕の問いかけに申し訳なさそうに呟く姉さん。
その事実に僕は冷や汗が止まらず、乾いた笑いが口から漏れる。
今、僕達は中層の入口にいる。
下層に辿りつくには最短でも一週間はかかる。
あと三日で下層まで…?いや、調合の時間もあるだろうから二日…?
…どうなるんだ僕…?
ソヌスがただの不憫な人に…噛ませ犬かな?
後半のシリアスのために前半はギャグ全開でお送りしています。




