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episode16 金狩り⑤

〇《 王国 迷宮都市 》レオ=アルブス


「俺に勝てるとでも?」

「条件は揃ってますから」

 

 暗闇の中、僕とバッカスは向かい合う。互いの姿は見えず、僕たちの間合いは感覚で七メートル。


 対人で、それもこの狭い地下室で遠距離や中距離は不利。この場で戦うなら近距離戦。

 近距離戦で七メートルは間合いとして遠い気もするが、相手は金等級冒険者……近すぎる。


 『一足一刀』の間合い。

 簡単に言えば、一歩踏み込めば相手に触れられ、一歩下がれば相手に触れられない距離。

 剣術や体術の基本的な間合いになる。

 この基本的な間合いは冒険者同士でも変わらないが…冒険者の等級が上がれば、一歩踏み込んだ距離が異常な程伸びる。


 拳で岩を砕いたり、十メートルを越える巨人の一撃を片手で受け止めたり、鉄剣を木剣で真っ二つにしたりする金等級冒険者が七メートルを一瞬で移動するくらい不思議じゃない。というか、まだ常識的なほうだ。


 本当ならあと三メートルは欲しいけど、条件をお互いで決められる模擬線とは違う。

 今更文句は言えない。今ある状況で最善を尽くす。


「へぇ…随分生意気な小僧じゃないか」

「僕、貴方と違って一位なんで」

「喧嘩売ってんのか?」

「買ってるんですよ。…それより良かったんですか?僕の武器、取り上げなくて」


 僕は腰に携えている四本の短剣のうち、一番右に刺してある刀身が黒く、柄の長い短剣を抜いてバッカスに見せる。

 この暗闇の中で見えるかどうかは分からないけど。


「分かってんだろ?取り上げない理由」

「年下の女の子に手も足もでないままボコボコにされた挙句、プライドを粉々にされた報復ですか?それとも、アギリのランキングで自分の順位が低かったから俺は強いぞって証明したかったからですか?もしかしなくても、僕が目障りだからですか?」

「よく分かってるじゃねぇか…全部だよ」

「ありがとうございます」

「お前、そんな性格だったんだな」 

「普段、周りがああなんで一人くらい冷静に手綱握れる奴がいないと崩壊するんですよ。昔は皆に負けじとやんちゃでしたよ」

「あれはやんちゃとは言えねえな。いや、やんちゃですませられるからこそ、あの頭のおかしいやつらのリーダーをやってるのか…ククッ」


 喉を鳴らして笑うバッカス。

 この手の人は煽れば激情すると思ったんだけど、そう上手くはいかないな。流石は歴戦の冒険者というところか。


「さて、お喋りはここまでだ」


 部屋中の空気が重い。どろりとした殺気が僕の体にまとわりつき、今ここが命のやり取りをしているのだと再自覚する。


「ふぅ…」


 喉に詰まる何かを肺の空気と共に吐き出す。



 ─────動く。


 バッカスぼ姿がブレたと錯覚するほどの速さで僕との距離を詰める。

 それに合わせて僕も短剣に魔力を纏わせ、迎え撃つために正面から迎え撃つ。


「【 役は粉砕 形は手袋 鉄拳の名を轟かせ 】」


 バッカスは素早く『役形補』を唱えると、正面から突っ込む僕の胸めがけて拳を振るう。

 僕は正面から迫る拳をスライディングで避け、バッカスの横を通り過ぎると同時に体勢を起こし、振り向きざまに短剣を地面と平行にバッカスの右足の腱を狙う。


 だが、バッカスも僕の短剣に合わせて、体を思い切り前に倒して転回。先ほど拳を振るった際に残っていた右足のかかとが僕の短剣の腹を蹴り上げる。

 手に伝わるじんと広がる鈍い衝撃に僕は顔一瞬を(しか)め、短剣を素早く手放す。


 その巨体でここまで軽やか身のこなしができるのか…! 


 だが、転回で隙ができている。

 僕は右手で二本目の刀身が赤い短剣を、左手で刀身が錆びた古ぼけた短剣を抜くと、赤い短剣をバッカスに向かって投げる。


「【 役は加速 形は革靴 】」

「ッ…!!」


 それすらも加速魔術で体を強化して容易く避けて見せるバッカス。

 僕はたまらずバッカスの足を魔力の糸で縛り上げ、動きを止める。

 しかしそれも一瞬。十分に魔力を練る時間が無かった為、動きを止めるほど密度が無かった。


 バッカスの動きが止まっている一瞬、僕は下手に動かずに頭の中を整理する。

 

 軽い身のこなし、素早い判断力、魔術の発動も性格。

 確かに強い。だが、決め手に欠ける。拳に魔術を常時使っているせいで二つ目の魔術の持続時間は精々一秒。乱発はできない。まともに殴り合わなければ問題は無い。

 とにかく今は殴り合いを避けて手数で押すのみ…!


「おせぇ…!」


 短剣を防がれたのにもその場で関わらず、短剣を投げた姿勢で立ち尽くす僕との距離を一歩で詰め、魔術で強化された拳をコンパクトなスイングで突き出そうとする。


「…!!?」


 だがバッカスは後方から聞こえる風切音を捉えて慌てて大きく回避動作を取る。

 

 僕は先ほど投げた赤い短剣の柄に魔力の糸を巻き付け、右の中指と繋げていた。

 バッカスが立ち尽くす僕に意識を向けて投げた短剣から意識が外れた瞬間に中指を引き、短剣をバッカスの首元目掛けて戻したが、寸前のところで避けられた。

 あのままいけば、致命傷だったのに…。

 悔やんではいられない。この隙を絶対に逃さない。


 僕は左手に握った錆びた短剣を、大きく左に飛んで避けたバッカスの体目掛けて投擲。

 これは布石。あえて的の大きい体を狙って回避の選択肢を無くす。

 僕は先ほど引き戻した赤い短剣を右手で握り、姿勢を低く、鋭く、獣が獲物を狙う時のように僕はバッカスのただ一点を見据えて駆ける。


「ふっ…!!」


 バッカスは崩れた体勢で自分の初に投げた錆びた短剣を僕の狙い通り、拳で弾く。

 瞬間、部屋全体が光に包まれる。

 あの錆びた短剣は錆びているように見えているだけで錆びてはいない。【迷宮】の中層で採掘できる錆びている模様をしている特殊な金属だ。

 その金属はある特性を持っている。


 『衝撃を与えると強い光を放つ』


 この金属を刀身に混ぜた短剣を岩をも砕く拳で殴ればそれ相応の発光が起きる。

 この相手の姿を見る事さえ叶わない地下室で今まで目を慣らしていたバッカスには太陽を直で見つめた時よりも痛みが目を襲うだろう。

 この金属は特段珍しいものではなく、特性以外は脆く、加工しにくく、手間がかかる不人気なことで有名だが、薄暗い【迷宮】では地面に投げつけるだけで魔物の目くらましになるので僕はかなり重宝している。


「グァァァ!!」


 突如襲う痛みに声をあげるバッカス。

 いくら体が頑丈でも目を鍛えるには限界がある。目は生物共通の弱点だ。


 これを見越して僕は既にバッカスとの距離を詰めている。

 だが、ここで部屋の隅で息を殺して潜んでいた三つの気配が動く。


 僕をここに連れてきたルユート、オコイ、ワエテールだ。

 そうやら先ほどの僕の攻撃で目を焼かれたものの、バッカスを守るために音を頼りに突撃してきたようだ。


 だが、三人が潜んでいたことは元から知っている。


 僕は開いている左手で宙を舞う魔力の糸を引っ張り、大きく頭の上で円を描く。

 すると、先ほど手放して床に転がっていた刀身の黒い短剣が宙を舞い、僕の左手の動きに一拍遅れて同じ軌道を描く。


「グッ…!」

「…ガァッ!?」

「グァッ!!」


 宙を駆けた黒の短剣は三人の喉を切り裂く。直接握っているわけではないので致命傷とまではいかないが、遠心力を利用しているため浅くは無い傷が刻まれる。

 これでしばらくは動けない。


 僕が魔力の糸を絡めていたのは赤い短剣だけだは無い。最初に手放した黒い短剣を含め、僕は持ち物に全てに同じように魔力の糸を絡ませている。

 維持の難しい魔術ではなく、純粋な魔力操作だからこそできる芸当だ。


 これでもう邪魔者はいない。


 僕は外に向けていた意識半分をバッカスに戻し、そこにいるであろうバッカスを見据える。


「レオォォォォォォ!!」


 先ほどのやり取りの間に体勢を整えたバッカスは、空気が震えたと錯覚するほど僕の名前を叫ぶ。

 一瞬、その圧に足が止まりそうになるが、僕は足を前に踏み出し、床を強く踏みしめる。


 そして僕とバッカスとの距離が二メートルを切ったとき、僕は横に飛ぶ。

 このまま距離を詰めて短剣を振るっても音と魔力で僕の位置を掴んでいるバッカス相手に決定打は入らない。


 決定打に持ち込むためにもう五手、僕は手を打つ。


 僕が横に飛んだと同時に先ほど三人の喉を切った短剣が、僕を縛っていた椅子とぶつかり、大きな音を立てて椅子を破壊する。


 これで一手。バッカスは椅子が壊れた音によって僕を見失った。


 僕は続いて着ていたローブを強引に首から引きはがし、僕とバッカスの間に仕切りになるように放る。

 このローブは魔力を流すことで魔力の流れを搔き乱す役割を持っている。

 その分必要とする魔力が多く、僕でも持続は二秒が限界だ。


 これで二手。バッカスは魔力で僕の位置を捉えられなくなった。


 バッカスは魔力の異常な流れに驚き、次に音での感知を試みる。

 

 だがこれも予想通り。

 僕の二つ名は”無音”。これは魔術の使えない僕が必死に敵から身を隠すために身に着けた移動方法から来ている。

 抜き足と忍び足を応用した音もなく高速移動を可能とする僕だけの技。


 『 静歩 』


 これで三手。バッカスは僕の足音を捉えられなくなった。


 そして僕は壊れた椅子の破片を魔力の糸で縛り上げ、四方八方に放り投げていく。

 これまで静かだった地下室にあちこちから音鳴り響く。

 生憎と僕は音の聞き分けだけは得意だからね。この程度でバッカスを見失ったりはしない。


 これで四手。バッカスは魔力でも音でも僕を察知でいなくなった。


 僕とバッカスの距離は既に手を伸ばせば届く距離まで詰まっている。

 僕は右手に握られた赤い短剣をバッカスの首元目掛けて振るう。


「そこだぁぁぁ!!」


 だが、バッカスは僕の攻撃に気づく。

 どれだけ魔力と音を搔き消しても、気配は残る。こちらが気配を殺そうと思っても、これだけ近ければ当然気づかれる。


 だがそれも…。


















        「知ってる」



















 僕はバッカスの首元に迫った短剣を手放す。あのまま振り下ろしていても、刃が首にあたる直前で止められていた。


「次に目を覚ました時は、牢屋の中だよ」


 僕の手放した短剣の刃を握りしめたバッカスを横目に、僕はバッカスの首に後ろから手を回し、的確に頸動脈を絞めあげる。


「あ…あぁ………ぁ…」


 最初は首に回した僕の腕を引きはがすために抵抗したバッカス。

 だが、完全に絞めた状態では抵抗空しく、すぐに力が抜けて意識を飛ばす。


 バッカスの手に握られていた短剣が地面に落ちると共に、バッカスの体も地に伏せる。


 地に落ちた短剣が甲高い音を数回鳴らして跳ねた後、静止する。



 ────その音はまるで戦いの終わりを告げる合図のようだった。 



次回で終わると思います。

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