episode15 金狩り④
〇《 王国 迷宮都市 》レオ=アルブス
ルユートに連行された僕は、”荒れ狂う雄熊”のパーティーホームに着くなり手足を椅子に固定されて地下室で尋問を受けていた。
地下室は薄暗く、じめっとしていて、灯りはロウソクだけ。
石畳にはべっとりと乾いた血がこべりついている。悪臭に鼻がやられそうになるが、今はそれどころでは無い。
尋問といっても冒険者流の殴って叩いて罪を認めさせるもの。簡単に言えばただの拷問だ。
周囲に気を気張っている余裕など無いくらいに僕は痛めつけられている。
「さっさと吐いたらどうだ?」
「ごほっ…さっきから…言って、いる…通り、僕はやって、ない…ですよ」
飲み込んでも次々と血が口の中を満たす。
痛みをごまかすために大きく息を吸うが上手く呼吸ができない。肺が圧迫され、胃の中に押し込んだ血が胃液とともに喉をせり上がろうとする。
全身が悲鳴をあげている。今すぐ止めると脳が警報を鳴らす。
「流石金等級冒険者だな、もう死んでもおかしくないぞ」
「褒め、言葉とし、て…受け取って、おきま…す」
慣れてるな…。
『死』という言葉を口にすることでこちらの恐怖を煽る。
心と体、双方の限界のギリギリを見極めて痛めつけてくる。
こういうことには慣れてるつもりだったけど、強がっていないと心が折れそうだ。
面倒ごとを避けるためにココネ達に黙って来たけど、これなら暴れてもらった方が楽だったかもなぁ…。
もう少ししたらバダクかココネああたりが助けに来てくれるかな。そう信じよう。
「あんまり横着すんなよ、ルユート」
「バッカスさん…!」
「よぉ、久しぶりだな”無音”のレオ」
「どうも…一か月、ぶりで、すね…」
地下室の階段を荒々しく降りてきた男。
”荒れ狂う雄熊”のリーダー、”鉄拳”のバッカス。
冒険者歴が長く、顔も広い。その拳は岩をも砕くといわれるほど。
そして、一か月前にココネにプライドをズタズタに引き裂か荒れた御仁。
アギリのランキングでも堂々の百七十一位。
他にも色々と言いたいことはあるが、今はこれだけ伝えておこう。
「そして…こんにちは…『金狩り』のバッカス、さん」
☆
〇《 王国 迷宮都市 》アギリ=カエルレウム
英雄が姿を消した。
ボクとカナミさん、バダクの三人がキョウくんの見舞いに行き、アーク、ココネ、ノインちゃんが【迷宮都市】の徘徊、他のギルドメンバーが『金狩り』の情報を集めて出払っていた。
誰もギルドにいなかった。
偶然か、いや意図的だろう。
誰が、英雄自身が。
何のために…。
「どうする?」
会議室に集まった”七星輪廻”の六人。いつも小さな笑顔を浮かべ、一歩引いてボク達を見守る彼がいない。
全員が神妙な面持ちで顔を突き合わせている。
「残された道は二つだ。ボクたちはどちらかを決めなければならない」
「殴るか…蹴るか…俺たちに残された選択肢はこれだけか…」
「私は第三の選択肢を選ぶよ。殺そう」
「賛成です」
「満場一致ですね」
「お姉ちゃんも頑張ろうかな…」
とは言ったものの、誰も心配はしていない。
「レオくんがいなくなったのならそれなりの理由があるとおもうし」
ココネ。
「怪我が無ければいいんだけど…レオちゃん、よく無理しちゃうから…」
カナミさん。
「レオ相手に雑魚が群れたところで意味がない。あいつを倒せる奴がいるなら会ってみたいくらいだ」
アーク。
「神は全てを見通している。御方が私たちを遠ざけたのなら、それが最善の一手なのでしょう。信じて待つのが、一番です」
バダク。
「夕食に間に合えばいいのですが…」
ノインちゃん。
多種多様な意見があるが、結論は一つ。全員等しく馬鹿である。
確かに英雄は強い。ただ一つの簡単な条件さえ満たせば白金等級とも渡り合える。
だけど、ボクとしては少し心配かな…。案外、英雄も抜けているところがあるし…。
「ノインちゃん、今日の晩御飯はなにかな?」
「メインは《白大蛇》の煮込みスープです」
「それは楽しみだ」
だがまぁ、それも夕飯のメニューと比べれば些細なことだろうか。
《白大蛇》の煮込みスープはボクの数少ない好物だ。自然と頬が緩む。
ボクの知らない所で英雄が活躍しているのは癪だが、今に始まったことではない。
なんだかんだで英雄はボクたちの知らない所でいろいろとやっているそうだし…。
さぁ、夕飯までお腹を空かせることにしよう。
「アーク、久しぶりに模擬戦しようか」
☆
〇《 王国 迷宮都市 》レオ=アルブス
バッカスは僕の言葉を聞いた後、ルユートを連れて地下から出て行った。
「ごほっ…ごほっ…はぁ…はぁ……」
バッカスがここを去ってから二時間。そろそろ夕暮れ時だろうか。
体の痛みはすこしは薄れたものの、少し動いただけで顔を顰めたくなるほどはまだ痛む。
攻略前で排泄のリズムを作っておいて良かった。下手に時期がズレていたら僕は恥ずかしい思いをしていた。
それよりも…助けが遅い。
僕が連れ去られたとしたら、姉さんが鬼と化して建物ごと吹き飛ばしてくれると思うんだけどな…。ああ見えてココネに次いで被害額が多いの姉さんだし…。
もしかしたら、まだキョウの見舞いが終わってないのかもしれない。
けど、夕食の準備があるからノインが気づくような…。
僕の予定では、犯人探しが佳境に入って容疑者が絞られたころで犯人が偽の犯人を作り上げるために僕を連れていく。僕に無理やり犯人だと認めさせるために拷問をしてる時に、僕が連れ去られたことに気づいた皆が乱入。助け出された僕は衛兵に犯人の悪事を赤裸々に語り、解決という筋書だった。
「おかしいな…みんなの身に、も何か…」
僕を人質に脅されている可能性もある。そこまで頭が回っていなかった…。
皆のことだから万が一は無いとはいえ、確かに僕が人質なら下手に抵抗できないか…。
この時、僕は知らなかった。
─────いや、知る由もなかった。
誰一人、僕を心配せずに夕食を囲んで談笑していることに。
☆
結局誰も助けに来ず、夜更け。
地下室に窓は無く、月明かりすら差し込まない。いや、地下室に窓があっても見えるのはお月様どころか、お土様だ。
朝晩どころか、年中同じ色で塗りつぶされてる窓とか嫌だな。
体の痛みも治まり、ようやく周りを見渡す余裕ができた。
住んでも無ければ、都でも無い。喉も乾いたし、お腹も減った。あるのは不自由さだけあだが、昔に比べたら幾分かマシ…というか変わらないな。
懐かしいと思えるのは、今が幸せだからか…胃に穴が開くどころか、穴だらけになりそうだけど楽しことには変わりない。
昔からは想像できないな。
「ココネたちにも動けない理由があるんだろう…」
僕はそう理由付けて次の行動に移す。
誰も助けに来てくれないのなら自分でなんとかしよう。
僕は手足を縛る縄を魔力で切断。手錠も魔力操作で鍵の形を作って開錠。
一定範囲内の魔術を封じる札が椅子に張られていいたが、僕は魔術が使えないので無視。
いや、拝借しておこう。
僕が寝ているときに気配遮断の魔術を使って夜這いをかけようとする姉さんやアギリの少なからずの時間稼ぎになるだろう。
たしか、これを買おうと思うとゼロが八個くらいいるんだよな…。
こんな汚れた地下室の古ぼけた椅子に意味もなく張ってあったんだ。貰っても問題ない。
「痛い…魔術が使えないと本当に不便だ」
口の中に溜まった血を吐き出し、僕は階段の向こうにいる気配に意識を向ける。
ダダ漏れの殺気が隠せていない。いくら察知能力が他に比べて低いとは言え、肌を刺すような殺気を向けられて気づかない程低くはない。これでも現役の金等級冒険者だ。
「いつから気づいていた?」
「一週間前、アギリのランキングを見たときかな…容疑者が絞られた時点で確信したよ」
部屋の中に響く足音。その足音は軽快とはとても言えないほど重い。
ロウソクはとっくに燃え尽き、足音の主の顔は見えない。だが、顔を見ずとも声主の名はよく知っている。
”鉄拳”のバッカス。
今回の『金狩り』の主犯。
「確信か…」
アギリのランキングでバッカスは百七十一位。
最初の被害者は百七十位。
二人目の被害者は百六十位。
三人目のルミは百五十位。
四人目のキョウは百位。
そしてアギリのランキングは冒険者の実力であって、一対一の最強ランキングではない。
バッカスは冒険者歴三十年以上のベテラン。縦と横の繋がりは冒険者の中でも一、二を誇るほど長い。
ベテランは一か月前にココネにボコボコにされ、アギリのランキングを出したのは一か月前、最初の被害者も一か月前。
バッカスの二つ名は─── ” 鉄拳 ”
ここまで偶然が重なって犯人が分からない人はいない。
「こう見えて前の『金狩り』を捕まえたのは僕なんだ。今度も僕が捕まえることにするよ」




