episode10 師弟④
〇《 迷宮 四階層 小鬼の巣 》レオ=アルブス
「……」
『ソノまマ、ウごかナケレば、ラクにころシテヤル』
《大鬼》は奥から出てきた《中鬼》二体に僕を殺すように顎で命令する。
じわりじわりと僕の恐怖心を煽るように一歩ずつ僕との距離を詰める《中鬼》。
『ワタシはウゴクナトいっタ、オンな、ムコうヲツカッテもマリょクノウゴキはワカルぞ』
「っ…!!」
僕を助けようとしたのか、マルナが『無口』で魔術を発動させようとするが、相手が悪い。
《大鬼》は魔力の流れを読める。ある程度の実力のある者なら珍しい芸当でもない。
『ツギは、ナイゾ』
《大鬼》は人質の女性の首筋に爪を突き立てると、女性の首筋から鮮血がちらりと顔を覗かせる。
マルナは《大鬼》の言葉に従い、大きく頷くと抵抗の意思が無いことを示すために両手を挙げる。
僕としても、マルナに下手に動かけるとイレギュラーが発生する可能性もある。動かない方が凄く助かる。
「なあ、僕は殺してもいい。この女の子は見逃してくれないか?」
『ダメだ。ソノオンなハ、ホウビにつカウ』
「どうしたら見逃してくれる?」
あと少し…あと少し…。
僕はあと数秒、時間を稼ごうと《大鬼》に話しかける。
《大鬼》が話している間、《中鬼》は一定の距離を保って近づいてこない。よく出来た下僕だ。
『ダめだ、ミノガサなイ、オマエはコろス』
「そうか…残念だ」
僕はその瞬間、小さく笑みを浮かべた。
『ヤケにナッたカ?』
僕の不可解な行動に《大鬼》は不思議そうに首を傾げる。
だが、すぐにその顔は驚愕に染まる。
『ナニヲ…しタ…ナニをシタ、ニンげンッッ!!』
《大鬼》の右手が音もなく地面に落下する。
そこから人と変わらぬ赤い血が吹き出し、地面を一瞬で赤く染める。
僕は魔力制御に関しては自分でも【迷宮都市】で一番繊細だと豪語出来る。
形を、量を、密度を、あらゆるものを自分の思い通りに制御できる僕にとって、魔力の動きを感知出来る相手など怖くない。
魔力の動きを感知出来る者は、簡単に言えば魔力の流れを見ている。
魔力は風に乗り、雲のように一定の流れにそって動く。
魔術を発動すれば、魔力の動きは不規則なものに変わり、その流れが変わる。
《大鬼》も含め、魔力の動きを感知できる者は魔力の流れを見ている。
だが、魔力の流れが同じ魔力には一切気づかない。
右に流れる雲の中に左に流れる雲があれば違和感を覚えるが、大きな雲の中に小さな雲が混じっても違和感が無いのと同じだ。
僕はこの部屋の魔力の流れに沿って、糸のように細く、鋼のように硬く、形と密度を調整した魔力の塊を《大鬼》の腕にブレスレットのように巻き付けた。
後はこのブレスレット状の魔力を一気に圧縮する。《大鬼》の肌や骨よりも硬い僕の魔力は圧力によって《大鬼》の手に食い込み、一瞬で切り離す。
この部屋の中の魔力の流れが、マルナという魔力を消費した者がいた為、複雑な流れになっていて時間がかかったが、時間さえあれば難しくは無い。
「フッ…!!」
僕は《大鬼》の問いかけに答えることなく、次の行動に移る。
まずは近くにいる《中鬼》二体を排除するため、主人である《大鬼》の方に意識が向いている《中鬼》に向かって真っ直ぐと駆ける。
僕は両手に魔力の塊を排出する。
形は三角錐。側面に螺旋状の溝を作る。イメージは大工が使うネジやビス。
硬さは鉄に近く、大きさは人の頭ほど。
三角錐の頂点を《中鬼》に向け、中心を基点に高速で回転させる。
こちらに気づき、振り向く《中鬼》。
僕の手に合わせて持っていた木の盾で防ごうとするが、遅い。
手に合わせているようじゃ、不可視の僕の一撃は受け止められない。
僕は《中鬼》の腹に形状を変化させた魔力の塊を叩き込む。
瞬間、《中鬼》の体には大きな風穴があき、息絶える。
『ッぅ…!?』
一瞬で《中鬼》二体をやられたことで動揺を隠せていない《大鬼》。
だが、僕は止まらない。
右手で《小鬼》から拝借した短めの剣を抜剣し、《大鬼》の懐へ飛び込む。
それと同時に僕は左手を《大鬼》の腹へと真っ直ぐと伸ばす。
『【 ヤクはシュゴ カタちはタテ 】』
《大鬼》は先程、《中鬼》を一瞬にして屠った不可視の一撃を警戒してか、まだ余裕があるにも関わらず僕の伸ばした左手の手前に魔術を使って盾を出現させる。
だが、僕の左手はブラフ。
僕は、思い切り伸ばしていた左手を自分の体に引き付け、その勢いで右手の剣を地面に突き刺す。
突き刺した剣を支柱に僕は跳躍する。
《大鬼》の頭上を越え、くるりと縦に一回転した僕は膝を柔らかく使って着地。
振り向きざまにバスタードソードを抜剣して《大鬼》の首に横薙ぎ。
『あッ……』
僕の行動を目で追っていた《大鬼》と僕の目が合う。
その目に浮かぶのは『恐怖』。
死にたくないという明確な意思。
────僕の脳裏に一人の少女の姿が過ぎる。
下層で出会った美しい歌声を持つ《人魚姫》の姿が。
僕のバスタードソードは《大鬼》の首筋の薄皮一枚のところで止まっていた。
どうしても振り切れなかった。
「…分かってて僕に情報を流したな…」
この《大鬼》は変異種だ。
魔物に死への恐怖は無い。それはどれだけ人に近づき、真似たところで、それは魔物としての本能だ。
だが、この《大鬼》は明確な死にたくないという意志を持っている。
僕は今までにこの《大鬼》と同じ変異種の魔物と下層で数人と出会い、保護している。
変異種の特徴は限りなく人に近いこと。
人に近づいた魔物は人の言葉を話すが、必要以上の対話を望まない。
魔物にとって『冒険者』は天敵だ。憎むべき相手であり、心を許していい存在ではない。
だが、変異種の魔物は理性が存在し、好奇心に溢れ、日常的な無意味な会話を行う。
僕は変異種の魔物を殺すことが出来なかった。いや、僕達と言った方が正確だろうか。
"七星輪廻"を始め、《GU》のメンバーも誰一人、彼女達を殺めることが出来なかった。
ノインがいたからだ。
ノインは正確には動物ではない、遥か昔に【迷宮】から連れ出された魔物の一種、《魔狐》が独自の進化を遂げた種族だ。
正確に分類するなら魔物。だが、彼女は僕達のパーティーメンバーであり、ギルドの仲間だ。
ノインの生い立ちを知り、ノインの自身の事を知る僕達にはどうしても彼女達は殺せなかった。
彼女達の存在は少なからず冒険者の中で話題になっている。
『面白い魔物』がいると。売れば高く値がつくと。
そんな彼女達を放っておけなかった僕達は変異種の彼女達を保護し、守ることを二年前から始めた。
「いつも僕に押し付けて…」
そして、この事は冒険者組合の組合長も知っている。僕達が彼女達を保護していることも。
組合長も僕達と同じく彼女達を殺せなかった保護派の一人。
それらしい魔物の目撃情報を見つけると毎回、遠回しに僕に情報を流す。
最初の違和感で気づくべきだった。金等級の僕浅い四階層の珍しくもない《小鬼》の巣が発見されたことを伝えたことに。
「君…名前は」
『な、ナイ』
「生きたいか?」
『…イキたイ』
「僕の言うことを聞けば助ける。まずはその腕の傷を治さないとな…回復は姉さんに。取り敢えず止血をする…そして頭の角を隠してもらうよ、この布で額を隠してくれ」
ここまで来た以上は他の人と同じで保護しないわけにはいかない。
僕は腰のポーチから止血剤と、布を数枚取り出して簡単に処置を行う。
「マルナ。ごめん、説明は全部ギルドに帰ったらするから、今は黙って着いてきてくれないかな?」
「…分かりました」
「きちんと…全部話すから」
その後、ギルドに帰るまで僕とマルナの間に会話は無かった。
レオの本気です。戦い方に癖はあり、大技は無いものの工夫で戦うタイプです。
パーティーを組む時は中距離から形や密度を変えた魔力の塊を飛ばしたりすることが多いです。
それと、次話でようやく久しぶりの『よいしょ』が…。




