episode1 よいしょ①
新作投稿です。
〇《 王国 迷宮都市 》レオ=アルブス。
人口八万人。
王国で王都に次ぐ大都市【迷宮都市】。
僕、レオ=アルブスは冒険者として【迷宮】に日々潜り、【迷宮】に現れる魔物を倒して生計を立てている。
「おい、あれって…」
「あの白髪、間違いない。"七星輪廻"の…」
「歴史上最強の魔術師にして冒険者。一度も魔術を使わずに下層まで降りたって話だぞ……」
突き刺さる視線。ひそひそと聞こえる噂話。
あぁ、胃が痛む…。
僕はキリキリと悲鳴をあげる胃を手で抑え、足早に商業区を抜けて目的地を目指す。
「はぁ……」
これから今以上に胃が痛くなるというのに、好奇の目を全身に浴びれば溜息の一つも吐きたくなる。
むしろ、ため息を吐かずにやっていられない。
「あ、レオくん。どうしたの?こんな所で会うなんて偶然だね…私、ちょっと嬉しいかも」
「ココネ、君を探してここに来たんだよ…」
「ココネを…!?ちょっとじゃない、すごーく嬉しい!」
目的の場所に辿り着くと、その場にいた誰よりも早く僕を見つけた少女が駆け寄ってくる。
黒い柳のような綺麗に流れるポニーテール揺らし、宝石のような青色の瞳に僕の顔が映るほどの新近距離で頬を染めながら、ニコリと笑う彼女は美少女と言って間違いない。
彼女の名はココネ=アーテル。僕と同郷であり、【迷宮】に潜る時のパーティーメンバーの一人。
「ははっ…僕も目の前の光景が無ければそれなりに楽しめたかもね」
僕はココネから目を外し、その奥に広がる殺伐とした景色を見つめる。
半壊した酒場。
助けを呼ぶ多くの野太い声。
地面の血溜まり。
あ、胃が凄く痛い。キリキリじゃなくてゴリゴリって感じで痛い。今すぐ帰りたい。
まるで戦場のような殺伐とした光景に僕は現実から目を逸らしたくなる。
「ココネ、ここで何があったの?」
「ん?ココネが酒場でお酒を飲んでたら、レオくんの悪口を言ってる人たちがいたからかるーく粛清しただけだよ?」
こてんと小首を傾げて可愛らしい仕草を見せるココネだが、僕には悪魔にしか見えない。
いや、悪魔の方が幾分かマシかもしれない。
「ただでやられると思うなよッッ!!」
僕が現実逃避をしていると、一人の大柄の男が立ち上がり、怒鳴り散らす。
熊のような大きな体躯に、袖の短い服から除く筋肉と傷は強者の証。
顔が赤いのは酒に酔っているからか、怒り狂っているからか…多分両方だろうな。
「あれって"荒れ狂う雄熊"の…バッカスさん?」
「知ってるの?」
「うん、金等級の有名な冒険者だよ。ねぇ、ココネ。金等級って下層に潜れるぐらい強くて、その体は鋼の如しって言われてるんだけど……なんで彼の右腕は変な方向を向いてるの?」
冒険者には等級が存在する。下から屑、銅、銀、金、白銀、白金。
屑等級が全体の三十五パーセント。銅等級が全体の四十五パーセント。銀等級が全体の十六パーセント。金等級が全体の三パーセント。
その上の白銀等級や白金等級にもなると全体の一パーセントしかいない。まさに一握りの天才たちの地位だ。
【迷宮都市】の冒険者は五千人ほど。バッカスさんは、金等級でもかなり上位の実力者だ。
確実にこの【迷宮都市】の冒険者で上位百人のうちに入るほど強いだろう。
「私が折ったから?」
「うん、だろうね…はぁ、土下座したら許して……くれないよなぁ……」
この騒ぎの中心がココネだと言うことは分かっている。
恐らく、"いつものあれ"が原因だろう。
「お前らみたいな新参者が、俺と同じ金等級だなんて俺は許さネェぞッッ!どうせ魔物との戦闘を避けただけの臆病者野郎だろッッ!」
「ねぇ、レオくん。あの人、私に手酷くやられたのになんであんなことが言えるの?」
「ココネ、煽るのはやめてくれ…火に油を注いだ後に団扇で扇いでるようなものだから」
「おい、そこのお前!!お前があの"無音"のレオだろ!!俺はお前みたいな小細工ばっかり使う野郎が嫌いなんだよ!!見た目もなよっちぃ、どうせそこの女に媚び売って等級を上げただけの雑魚だろうがッッッッ!!」
バッカスさんは、ココネの横で現実から逃げていた僕を標的に切り替え、口汚く罵る。
バッカスさんは、この【迷宮都市】で三十年近く冒険者をやっている熟練者だ。
危険が多く、毎年死者が三桁近く出ている冒険者家業で生き残っているの彼は素直に尊敬できるし、腕っ節だけではないのだということが分かる。
彼にとって冒険者としての力が人生のほとんどを構築し、積み上げてきた誇りだろう。一部の異常者(白銀等級や白金等級)を除けば、彼はこの【迷宮都市】で最強に近い存在だ。
その彼が【迷宮都市】に来て五年と少しの僕達に酒場で酔っていたとはいえ、無傷でボコボコにされたとしたら、彼の積み上げてきたものは総崩れ。
彼がこうして僕に罵倒を浴びせたのも、八つ当たりだろうが、ココネのしたことを考えると同情する部分が多い。怒るに怒れないかな…。
僕は……だけど。
「アァ!?テメェ、今、レオくんの事を雑魚って言ったかッ!?いつまでたっても金等級なんてクソみてぇな場所にぶんぶんぶん、汚ぇ羽音鳴らして群がってるハエ野郎が、自分の縄張り荒らされたからって調子乗ってんじゃねぇゾ!!」
美しく端正な顔は何処へやら。ココネは、鬼の形相を浮かべて叫ぶ。
彼の名誉のために言っておくと、金等級は決してクソみてぇな場所ではない。冒険者の憧れの的であり、それはもう煌びやかに輝く王座のような場所だ。
「テメェみたいなハエ野郎が、レオくんを馬鹿に出来ると思ってんのか、アァン!?レオくんは至高の存在にして絶対なんだよ!!そもそも、レオくんを前にしてなんでそんなに図が高ぇんだよ!」
ココネは怒鳴り散らしながらバッカスさんに近づくと、すらりとしたココネの右足が空へと伸ばされる。
ココネは怒りに身を任せ、バッカスさんの肩にかかと落としを放つ。細身の体から放たれたとは思えない重い一撃に、バッカスさんは地に伏せる。
「あぁ……」
この光景も見慣れたものだ。だが、目を手で覆わずにはいられない。
僕も案外、慣れすぎて反応が鈍くなっているのかもしれない。相変わらず胃は痛むが…。
「ほら、地に還れよッ!!クズッ!!」
バッカスの顔をめり込むほど地面にグリグリと足で押さえつけるココネ。
あ、胃が死にそう。出来ることなら今すぐバッカスさんに死んで詫びたい。
「何回死にてぇ!?望むだけ殺してやるよ!!ほら、言えよ、テメェの罪がレオくんに許されるまで手伝ってやるからよォ!そのちいせぇ命で償えよ!雑魚ッ!!」
「あの…ココネ、バッカスさんもう意識ないから離してあげてくれないかなー…なんて…駄目かな?」
「こんな屑を許してあげるなんてレオくんはやっぱり優しいね…レオくんが言うなら、ココネは従うよ。けど、無理してるなら言ってね?二度と逆らえないようにココネが調教しておくから」
恐る恐る僕が止めに入ると、ココネは鬼の形相を止め、僕に笑顔を向ける。
若干、言葉に鬼が残っているが、もう大丈夫かな…。
ココネは『狂信者』だ。
誰のと問われたら、僕のとしか答えられない。
別に僕は神でも無いし、特別な能力は何一つ持っていない。むしろ人よりも努力で賄わなければ冒険者をつづけられないような凡人だ。
だが、彼女はそんな僕を神に近い存在だと崇め、絶対の存在だと信じている。
普段は物腰柔らかい彼女だが、僕の悪口を一言でも呟けば修羅と化してそれはもう地獄が生ぬるく感じるような光景を一瞬で作りあげる。本人曰く粛清らしいが、僕的に神様に真っ先に粛清されそうなのはココネだ。
幸いなのは今まで死者がいないことだろうか。荒くれ者の多い【迷宮都市】では、死者が出なければ大事にはならないし、冒険者同士の喧嘩ならば大抵のことは「またか…」で終わる。
当然、半壊した酒場の店主に頭を下げ、それなりのお金を用意し、迷惑かけた人達に一人一人謝りにいかないといけない。怪我をした人たちの治療費も必要だ。
一、十、百、千……九桁越えそうだなぁ…この間稼いだばっかりなのに…。
「あ、ありがとう。でも、必要ない、かな…?」
「レオくんの優しさは天井知らずだね。流石、ココネたちのリーダーだよ」
「あはは…」
口から乾いた笑いが出る。
本当なら今頃、僕は新発売の胃薬を買ってその効果を試していたのだ。
僕の唯一の癒しとも言える胃薬が遠のいていく…。
彼女は僕の胃痛の原因の一つ。
そう、彼女の他に原因はまだ五つもある。
僕のパーティーメンバーは彼女のように僕をそれぞれの形で特別視し、何かと僕を担ぎあげて『よいしょ』をする。
しかも彼女たちは、この【迷宮都市】でも飛び抜けて才能がある。僕を除いた六人全員が何百年に一度といった天才だ。
恵まれた才能に、若手パーティーで全員が金等級の彼女たちはいい意味でならいいが、悪い意味で注目を集める。
その彼女たちが【迷宮都市】の色々なところで声を大にして僕を『よいしょ』するのだ。
更に困ったことにパーティーメンバーの大半が口より先に手が出る人ばかり。僕が絡んだ日には全員が殺意丸出しで相手を粛清していく。
更に更に困ったことに、彼女たちは天才が故にこの【迷宮都市】でも酔っ払ったバッカスさんを鼻歌交じりに倒せる程強い。一番ではないにしても、ココネなんて下手したら上から三十番くらいに入ってるんじゃないだろうか。
そのお陰で変な噂が飛び交い、建物の破壊から、人的被害までかなり迷惑しているのだが、理性やブレーキといった言葉を知らない彼女たちの暴走を止めるのは不可能だ。
僕に出来るのは謝ることだけ。日々、色々な場所で面倒事を起こす彼女たちの尻拭いをしないといけないのだ。
はぁ……胃が痛い。お願いだから大人しくしていてくれ…。
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