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第八話 極上のワインに浮かれて

 スカーバラの街の門を超え、次の街へと向かう。

 その際に通った街の門では、昨晩起きた狂騒の話をしている人はそこかしこにいた。

 勿論、私達がその狂騒の犯人だとは、誰も気づいていないようだった。

 

 やはり私の小声を聞き取った人物はローレインだけのようだ。

 気を付けなければ私の身が破滅する。

 どんなに恥ずかしかろうと、今後あの恰好の時に名前を出さないようにしようと固く誓う。

 カノンは昨夜の疲れからか、馬車に乗るといつものクッションを抱きかかえて眠っている。


 しばらく街道を進んでいると寝ていたカノンが起きる。


「オクト」


「はい、お水を飲みますか?」


「違うわ……聖歌隊を倒すには音楽隊のメンバーを増やしていくのは避けられないわ。なら先ほどのローレインという方を……」


「駄目です」


 なんなのだろうか、聖歌隊を倒すという言葉は……

 意味も意図もわかないので、これ以上醜態をさらさないように主人を導くのも従者の仕事だ。

 毅然とした態度でカノンの行動を阻止しよう。


「なんでよ! まだ全部言ってないわよ!」


「私達は大旦那様がいる辺境へと向かっているのです。人を増やすと旅が遅れますよ」


「ん……」


 遅れるという事は、天下御免で歌える場所に着く日が遠のくという事だ。

 ローレインを取るか、カノンの欲求を取るかという天秤でもある。

 普通の事では我慢しにくいカノンには難問に違いない。


「それにお給金は何処から出てくるのでしょうか? 只で人を雇う事はできませんよ?」


「……私のお小遣いから」


「諦めてください」

 

 当然ながら私が了承する理由が無い。

 辺境につけば【あんな恰好】をせずとも歌えるはずだ。

 そもそもローレインの変装が無い以上、人を加える意味はないはずだ。


「そもそも音楽隊に入ったとして、変装用の服も無いでしょうし、音楽隊に入れる意味があるのですか?」


「こんなこともあろうかと、変装用の服は多めに作ってあるわ。せめてパート分はって事で六人分を用意したのよ」


 開いた口が塞がらないというのはこういう時に使うのだな、と思いしった。

 まさか人を増やす事すら既に考えて行動済みとは、考えてもいなかった。


「何てことを考えているんですか……」


 衝撃の事実すぎて頭がショートする。

 というか人を増やすとバレる可能性が高まってしまう、と考えが至らないのだろうか。


「だから……」


「だからじゃありません!」


 これ以上喋らせては自分の精神が摩耗していくので、すぐさま止める。

 話しの途中で止められたカノンが、口を尖らせながらそっぽを向く。

 罪悪感が少し生まれるが、それ以上にこちらの心が持たない。


「歌うのは了承しているのですから、そこを大切にして下さい。もしバレる様な事になれば歌う事も出来なくなりますよ?」


「……それは嫌」


「そうでしょう? ですので」


 姑息と言われようとも、これ以上カノンを自由にさせてはいけない。

 

 私がカノンに対して強く出る事は少ない。

 だからこそカノン専属護衛の三人の中で、一番傍にいるのが私だと言える。

 マチは基本受け身だし、メイは基本的にカノンに厳しい。


 カノンに一番好かれているという自覚があるが、今回の件で嫌われる可能性がある。

 だとしても【あんな恰好】をしなくてもいいなら、甘んじて受け入れても良いと思っている。


 私にこれ以上言っても無駄だと分かったのか、不貞腐れて眠ってしまった。

 

 少し頑なに拒否しすぎたかもしれない、と思うが了承する訳にもいかない。

 如何ともしがたい、と頭を悩ませていると、馬車が停まる。


 まだ街道真っただ中のはずだが、何故停まったかを調べる為に窓から外を見て見る。

 すると、近くに豪華な馬車が停まっていた。

 御者台の方にある小窓を見てマチに目線を向けると、何か言いたげに見てくるので腰を上げる。

 何故止まったのか調べる為に馬車から降りると、当然ながらマチが声をかけてくる。


「オクト、ウィンザー家」


 近くに止まっている豪華な馬車の側面にはウィンザー家の家紋の装飾がほどこされている。

 こちらはお忍びなので、無視して抜き去れば良かったのだが……


「止められた」


 状況を把握しようと周囲を確認していると、マチが追加情報を告げてくる。

 どうやら馬車の前からこちらに歩いてくる、執事らしい初老の男が原因のようだ。


「ウィンザー家執事のドルフと申します。申し訳ございません。この辺りは人の通りが少ないですので、少々強引な止め方をしてしまいました」

 

 ウィンザー家といえば、私達が向かっている方向とは真逆方向に領を持つ子爵家だ。

 当主は代々商才に秀でており、かなりの資金力を持っている。

 政治の場でも発言力のある家と言っていい。


 だが、アンティフォナ家の方が家格は上だ。

 こちらの馬車を停めた理由が気になり近づいてきた初老の男に問いただす。


「それでウィンザー家の執事が、どうして私どもの馬車を停めたのですか? 家紋は掲げておりませんが、馬車を見れば貴族のお忍びとわかるでしょう?」


 同じ貴族の従者としてそのくらいの事は知っているはずだ。

 家紋を掲げているなら、挨拶の為に停める事があるが、わざわざお忍びで移動している貴族の馬車を街道のど真ん中で停めるなど、いままで聞いたことが無い。

 

「申し訳ございません。私どももそんな事はしたくなかったのですが、やむを得ない事情があるのです」


 どうも怪しい感じがするが、馬車はどう見てもウィンザー家の馬車だ。

 スカーバラの街で貴族を装った盗賊団が出たと言っていたが、さすがにウィンザー家の馬車を使ったならば、注意喚起がされるはずだ。

 だとすると、この馬車はウィンザー家と言える。

 それに貴族を装うぐらいなら大事にならないが、本物の貴族の名を語れば確実に国が動く。

 どう考えてもリスクに対してリターンが少なすぎる。


「馬車の車輪が壊れてしまいまして、予備もこの旅で使いきってしまいました。私の不徳の致す所です。もし予備があるのでしたらお譲りいただけないでしょうか? 当然ながらお礼は出来る限りさせていただきます」


 そう言うので、ウィンザー家の馬車を見ると、反対側の車輪が壊れている。

 まだ街から出てそう遠くないので、街まで馬でひとっ走りして修理を頼めばいいが、予定は狂う事になるだろう。


「それは難儀でしたね……マチ」


「一枚くらいならいいかな」


 こちらの意を汲んで答えてくれる。

 保険で二輪は必ず載せているはずだが、馬車の整備等の管理はマチがやっている。

 こちらの会話を聞いていた執事のドルフがニヤリと笑い、口を開く。


「さすがアンティフォナ家の従者ですね」


「……何故わかったのですか?」


 お忍びだと分かっているはずなのに、名を態々言う理由がわからない。


「申し訳ございません。私どもも……スカーバラの街の宿に泊まっていたのです……」


「そ、そうですか」


 あまり深く追求されたくない日に見られていたようだ。

 もしかして、という気持ちが湧いてくる、この場は早く終わらせた方が良いかもしれない。

 執事のドルフはそれ以上会話をしてこないので、にっこり笑ってお茶を濁す。


 マチも同じ思いなのか、素早く馬車の天井に置いてある予備の車輪を降ろし執事のドルフに前に置く。


「ありがとうございます。お礼にですが昼食でも一緒に取りませんか? ギル様がお礼も兼ねてご挨拶したいと申しておりますので……」


 そろそろ昼時だが、こちらの予定より早いので断る。


「主人の体調があまりよくありませんので……」


 いまだに馬車で眠りについているカノンを思い断る。

 そもそもウィンザー家のギルといえば、あまり評判が良くない、会わせる理由が無い。


「そうですか……ではお礼にワインを数点持っていきませんか? かなり良い銘柄をお持ちしますよ」


 ドルフのその言葉にマチが反応する。

 直接お金を貰うのは抵抗があったので、ある意味ここで妥協する方がいいのかもしれない。

 それに良い銘柄のワインに興味がある。


「では申し訳ないですがワインだけ頂きます」


「いえいえ、こちらこそ助かりました」


 執事のドルフが深々と頭を下げる。

 マチがにやりと笑う、飲む気満々のようだが、これはアンティフォナ家のものだ、対応はしたが私達のものでは無い。

 それでも強引にカノンに頼み込んで飲む気なのだろう、欲求に直球なマチが少し羨ましくなる。


 ドルフから籠に入った二本のワインをもらい受け、こちらの予備の車輪を渡しその場を後にする。

 結局最後まで執事ドルフの主人ギルは馬車から降りずに、その姿を見る事も無く終わった。


 馬車に揺られながら、車輪と交換したワインを手に抱え、先ほどの件を反芻する。


 普通は他の貴族に借りが出来てしまい、政治としては悪手だと言える行為だったと思う。

 それを気にせずこちらを頼り、顔も見せなかった。

 意図が読めない相手は突拍子の無い事をしでかすので、警戒の為にも顔を見ておきたかった、というのが今回の件についての私の意見だ。


 人の顔や仕草には色々な物が隠されている。

 会話と反応で何を考えているのかが少なからず分かってしまうものだ。

 身体つきだけでも、自分に甘いのか厳しいのかが分かる。

 それに女性をものの様に扱っているなら、どうしても女性を軽視してしまい、下卑た目を向けてくる。


 それを踏まえて執事ドルフの振る舞いは、感情を表に出しているが、どうも演技臭く本心は読めないようにしている風だった。

 その感じが気持ち悪くて警戒はしていたが、何事も無く終わってしまった。


 貰った籠に入ったワインを見つめながら考え込んでいると、カノンが声をかけてくる。


「オクト、それは何?」


「ああ、お起きになったのですね。これはですね……」


 先ほど起きた事を細かくカノンに告げる。

 ウィンザー家のギルの評判があまり良くない件についても報告する。


「それでお礼にそのワインを貰ったのね……」


 カノンがそう言いながら、私の手元にあるワイン見つめる。


「はい、カノン様のお顔をお見せする訳にはいきませんから、私どもで判断いたしました」


「それって限定のワインよね……特にそれはウィンザー領の隣にあるブルゴ領がごくわずかしか作らないと言われているワインじゃないの」


「そうなんですよ。お酒全般に目がないマチが目の色かえてこれを見てましたね」


「ならマチも飲みたいと言うでしょうね」


 も、という部分にきっと私が入っている気がする。

 何を隠そう私はワインに目が無い。


 そんなワイン通の私が、このワインについて語りましょう。

 このワインはお金を出せば買えるという代物ではなく、ほぼ貴族がコネで手に入れるものだ。

 ブルゴ領は、この希少価値のあるワインのほとんどを、周辺の有力貴族に便宜を図ってもらう為に上納していると言っていい。

 いくらかは市場にも出るのだが、一般人では高すぎて手が出ない。


 いつかは飲んでみたいと思っていたワインがこの手にある。

 だが、これはアンティフォナ家、カノンのものである。


 だから飲みたいなどと言えるはずがない、いや、マチなら言う……うらやましい。


 そんな事を考えていると、ジト目のカノンがこちらを見つめていた。

 どうやら物欲しそうな目でワインを見つめていたようだ。

 体裁を繕う為に、ゴホンと咳をすると、カノンが溜息を吐いてから提案を口にする。


「今日は天気も良いから、どこか良い場所でお昼にしましょ。そこでこのワインを開けるわよ」


「え?」


「どうせオクトも飲みたいのでしょ?」


「良いのですか?」


「……あんな恰好って言っちゃったから、その……罪滅ぼしよ」


 ぷいっと顔を背けながらそんな事を言う。

 もしかしたらローレインとの会話中に、私達がいかに珍妙な格好をしていたかと言う事に気付いたのかもしれない。

 そして自ら「あんな恰好」という言葉が出てしまい、私達に罪悪感を感じてしまったと……


 そんなカノンに感謝の意を向け、御者側にある小窓を開けてマチに声をかける。


「どこかお昼を取るのに良い場所が見つけてください。そこで貰ったワインでも飲みながら昼食を取りたいそうですよ」


「ほんと?」


 このワインを私達も飲んでよいというのを行間でくみ取ったマチが、目をキラキラさせながら尋ね返してくる。


「本当ですよ」


 私の返しにニヤリと笑うと、左手で手綱を操作しながら右手で地図を出して周囲を確認している。

 あとはマチに任せれば、青空の下で眺めが良く、昼食を取るには素晴らしい場所を見つけてくれるだろう。


 そんな場所でいつか飲みたいと思っていたワインが飲めるのだ。

 昨日のあの悪夢を忘れるには最高のシチュエーションだと、心の中で小躍りしていた。

 私は……いえ、私達はこの時、完全に気を緩めてしまっていた。

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