第七話 ローレインとの出会い
皆さま、オクトです。
今回はローレインさんとの出会いをお話ししていきましょう。
覚えていますか? 前回に私の代わりに語ってくれた方です。
ええ……私達の、痴態、を、語ったあの方です。
当初は怪しい人物と思い警戒していましたが、なんだかんだと色々あり結局……
これ以上の事は本編で語っていきましょう。
ではあの悪夢の夜が終わりを告げる所から話していきます。
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カノンの声が街や街の周囲に響きわたり、暗く寝静まっていた街に灯がともり喧騒が戻って来る。
そんな中をカノンを小脇に抱え、黒いマントで姿を隠しながら宿に戻る。
息を荒げながら、抱えていたカノンを降ろそうと見てみると、目を瞑ってぐったりと体をこちらに預けたままだ。
夜更かししたからなのか、歌いつかれたのか、はたまた抱えて逃げていた揺れが心地よかったのか、理由は分からない。
だが、確実に神経が図太い事だけは確かだと思う。
溜息を吐きながら、カノンを二人で寝間着に着せ替えてベッドに寝かせる。
「……酷い夜だった」
げんなりしたマチの呟く声が聞こえる。
「マチは逃げたでしょ! 私なんてね……」
「声が大きい、カノンが起きる」
スヤスヤと眠っているカノンを見て肩を落とす。
「……分かっています。でも、次はマチが歌いなさいよ」
「……勘弁して」
「それは私の先ほどの心情です。まさか裏切られるとは……」
「裏切って無い」
「では次があればマチが歌う事で決定ね。邪魔が入れば私が対処します」
「……むぅ、でも次があるの?」
「カノン様はきっと歌う場を探すでしょうから、少なくとも辺境領に着くまではもう一回はあると思いますよ。特にリアの街を通りますから……」
「そういえば、その街の有名な歌を練習してた」
「でしょう……」
私達の気分はどん底だった。
これから起きるであろう事が、簡単に想像できるからだ。
隙あらばカノンが歌うと言い出す事は必至だ。
ならばそういう状況にならないように、気を付けるしかない。
でもきっとそれを越えて、カノンは歌うのだろうな、という諦めの心もわずかながら存在するのも確かだ。
不満を抱えていて悩んでいるカノンだが、周りの状況を一変させるだけの力があるからだ。
「オクト、さっさと着替えたら?」
マチを見ると既に着替え終わっていた。
この部屋にいる場違いな格好をしているのは私だけになる。
猛烈に恥ずかしくなり、そそくさと着替える。
早く大旦那様の所に行きたいが、先行しているメイの事を考えると、そうも言ってられない。
行程には予定があり、それより早く進めばメイが先行している意味が無くなってしまう。
結局は行程を前倒しできずに、予定通りの日数をかけて進むしかない。
そんな事を考えながら、今日の出来事は夢だったと自己暗示をかける。
こうして悪夢の夜が更けっていく。
朝日は眩しくいつも通り輝いている。
空は快晴で、予定通りの行程をこなせそうだ。
カノンを見てみると若干眠り足りないのか、目を細くさせ眠たそうに見える。
「カノン様、馬車で眠ってもいいので、人目がある所ではしゃっきりとしてください」
「……ん」
「しっかりと返事をしてください。辺境伯令嬢なのですから、気を緩ませている所をシンフォニア様に見られたら……」
「わかったわ」
カノンをコントロールする場合にシンフォニアを出すと、素直に従う事が多い。
だからと言って何度も何度もシンフォニアの名前を出すのは、カノンの機嫌を損なうし、なにより人を引き合いにして注意するのは本意では無い。
効く効かないでは無く、良いか悪いかの問題だ。
だが、今日だけは楽をしたいという気持ちが出てしまい、ついつい禁じ手を使ってしまった。
カノンとそんなやりとりをしながら宿を出ると、マチがすでに馬車を表に回していた。
頑張って自分を律しているカノンが、馬車の中に入ろうとしていた所で声がかかる。
「あ、あのカノン様ですよね?」
声のする方を向いてみると、帽子をかぶり楽器の鞄を背負った女性がそこにいた。
ここまで近づかれても気づかなかった自分に愕然としながらも対応する。
「どなたでしょう?」
カノンの名前を知っていると言う事は、学院の知り合いか……しかし名前は全て覚えていなくても顔は覚えている。
こんな女性はいないはずだが、一体誰なのか……悩んでいると、こちらの困惑に気付いて自己紹介をしてくる。
「急にすみません。私はトマス商会代表ダニーの娘のローレインと申します」
「ああ、あのトマス商会ですか……」
名前だけは聞いたことがある、しかしそのトマス商会のお子さんがカノンに何の様だろうか。
年の頃は十代半ばくらいに見えるし、旅装からみると家を出ているように思える。
「あのですね……私を……聖なる兎の音楽隊に入れてください!」
そう言うと共に頭を下げている。
ローレインという少女の言葉と行動を理解できずに止まっていると、カノンがどもりながら言う。
「わ、私達は違うよ!? あんな恰好とかしてないし!」
カノンの言葉を聞き、やっと意味が分かり、現実に引き戻される。
あの時変装していたが、この少女にはばれていると言う事だ。
何故ばれたのか、それともあの変装は元々ばればれだったのか、一体どうしてこんな事になったのかと頭の中でぐるぐると思考が巡り出す。
それにしてもカノンの「あんな恰好」というのはどういう事か後で聞きださないといけない。
「あんな恰好」を考えたのはカノン自身だ。
どういう了見で「あんな恰好」という言葉が出たのかと小一時間聞きたい気分だ。
そもそも「あんな恰好」を知っている理由を追求されたらどうする気なのか。
ぐるぐると巡りだす嫌な思考を棚に上げ、現実逃避をしていると少女が追撃してくる。
「え~でも……カノン様なんですよね?」
ローレインという少女が、明らかにカノンを見ながら言う。
カノンの髪は赤い、対して月兎時は金色だった。
見た目からバレる事は無い、はずだったが……もしかしたら私の視点は少々甘く見積もりすぎているのかもしれない。
だからといって認めてしまえば、「あんな恰好」で衆目の場に出た変人になってしまう。
ここは強引にでも突破するしかない。
「ん~、貴女は何を言っているのかしら?」
「隠していると思いますが、カノン様と言う言葉が聞えましたので……」
カノンがこちらを睨んでくる。
不可抗力だと言いたい気持ちもあるが、私の不用意な発言が事の発端なのは事実だ。
だとしても認められない事は変わらない。
「あんな恰好」をして歌を歌っていたと、絶対に認められない。
「聞き間違いでしょう」
ローレインという少女に笑顔を見せながら、薄目で圧力をかける。
「え?」
こちらの意図に気付かずに首を傾げる。
「聞き間違いです」
更に顔を近づけて圧力をかける。
ここで負けるわけにはいかない。
これは私のプライドに関わる問題だからだ。
細めていた目を見開き、ローレインの目を直視する、これ以上言うな、と……
「あ……はい……」
そしてやっと気づいてくれたのか、聞き間違いと言う事を認めてくれる。
これで何とかなったと、顔を上げると御者台に乗っているマチと目が合う。
若干呆れた顔をしているが、なりふり構っていられない。
「はいはい、カノン様は馬車に入ってください」
手をパンパン、と叩きながらカノンを馬車に誘導する。
カノンは少し残念そうな顔をしながら馬車に乗る。
もしかしたら音楽隊に入れたいとか考えているのかもしれない。
絶対にそんな事は許さない。
「あ、あのう……」
「こちらには予定がありますので失礼させていただきますね」
ローレインという少女に頭を下げ、カノンの後に続く。
少しだけ罪悪感があるが、仕方が無い事だ。
こちらを見つめるローレインを一瞥して、心の中で謝罪する。
「オクト、これは私が悪いわけじゃないわよね?」
「……はい、不用意に名を出した私が悪いのです。しかしかなり小声で話したのにあの少女には聞こえたみたいです、申し訳ございません」
「もしかしたら私と同じくらい耳がいいのかも」
「なるほど……」
あのローレインという少女もどこか異質な感じがしたのも確かだ。
気配が無いというか、少し人から外れている気配……あえて言うならばカノンに近い気がする。
まあだからといって、そんなただの勘を吹聴するような事はしない。
そんな事をすれば、きっとカノンが共感してしまい収拾が取れなくなる。
ここは私の平穏を優先して、静かに流すに限る。
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ええ、私の不用意な発言をローレインさんに聞かれてしまいました。
はいはい、私はドジっ子ですよ。
え? 子じゃない? はい、そうですね……良い歳した女が使う言葉では無かったですね……申し訳ございません。
はぁ……ここら辺は本当に碌な事しかなかったです。
そもそもあの夜の件が想像以上に心を抉ったのか、私の思考は少々おかしな方向に向かっていたと思います。
だからなのか、あんなしょうもない罠に引っかかってしまったのです。
え? 言い訳? わ、私だって辛い事があるんです! 忘れたい事があるんです! お酒に逃げたっていいじゃないですか!
うう……そうです。私は……私達はお酒に逃げたのです……