第六話 聖なる兎の音楽隊
……続きは話さなくても良いですよね?
駄目? 何故そんなにも聞きたいのですか?
私を辱めてそんなに楽しいのですか?
そもそも何で自分の痴態を他人に話さなきゃいけないんですか!
責任者出てきなさい! こんな痴態を語るなんて私は嫌です!
あいつをぶっ飛ばして私も死ぬ!
え~ごほん……オクトさんが確信部分に近づいてきたせいで、情緒不安定になってしまいましたので私が代わりを務めます。
私の名前はローレインです。
まだオクトさんの話しの中には出ていませんが、もうすぐカノン師匠と出会う事になります。
え? カノン師匠の【師匠】がどういう意味かですか?
当然歌の師匠に決まっているじゃないですか。
え? カノン師匠は音痴じゃないのか?
はぁ……歌には、音程やリズム感が必要ですが、カノン師匠の声には神の力が宿っているんです。
カノン師匠は神の声についてだけは、他を追従させない程上手いのです。
そうです。私の声にも神の力が宿っているのです。
ただ、私の場合はそこに問題があるのです。
その理由については、おいおい語っていきますね。
この日は歩き疲れて野宿していた時に、無意識に口ずさんでしまった鼻歌が原因なのか、アンデッドに囲まれ逃げている時の事でした。
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「なんで私ばっかりこんな目に会うのです!」
一人で歩くのに疲れ、野宿していたところでアンデッドが現れた。
王都に近い事もあり、比較的安全だと思っての行動だったが、楽観視しすぎていた。
それともこの王国は傾きかけているのかも、という疑念が浮かんでくる。
国が乱れれば民がそれを感じ取り、その不安が周囲に伝染し、負の感情が大きな渦のようになりそれに呼応するかのようにアンデッドが現れる。
そして不遇の死を遂げたものがアンデッドとなり、更に被害者が増えていく。
「もう! こっちにくるな!」
近づいてくるリビングデッドやゴーストに向けて叫ぶ。
私の声には神が宿っているが、こんな状況では心を平静に保てない。
心を平静に保たないと、私の場合は逆にアンデッドを呼び寄せてしまう。
私はこの特異体質のせいで家を出た。
当初は神の声が宿っていると商人の両親は大喜びしていたが、感情が落ち込んでいる時に歌うとアンデッドが活性化する事がわかり、異端と言われ爪弾きにされた。
小さな街だった事もあり、噂は簡単に広がり、居場所なんてどこにもなかった。
魔女裁判よろしく捕まって火あぶりにされなかっただけマシかもしれない。
だったら旅に出よう、とこうして一人旅をしているが、気分がどん底になれば歌わなくてもアンデッドが寄ってくる。
街に入り、特異体質なのがばれれば魔女裁判になりかねない、出来る限り夜に街にいないように、と考え野宿した結果がこれだ。
なんとか完全に囲まれる前に包囲を突破し、明日になったら向かおうと思っていたスカーバラの街へと全力で走る。
やがてかがり火が見え、街壁が月明かりに照らされて見えてくる。
もう限界だが、後ろからは恨めしい言葉を人では無いと思える声が聞こえ、気力を振り絞って走る。
火が動いている所からも、衛兵が街の外で活動しているのが分かる。
きっと辿り着けば助けてもらえる、と信じて重くなった足で大地を蹴り前へと進む。
体力と逃げ足には自信があったが、さすがに街まで遠すぎた。
「おい! アンデッドが来てるぞ!」
「武器に聖水を!」
「聖歌隊はどうした?」
「街の北側にアンデッドが出てそっちを周ってるぞ!」
どうやら私の後ろにいるアンデッド達に気付いてくれたようだ。
しかも街に入れないように、打って出るようで武器に聖水を掛けている。
もしアンデッドに追いつかれても助かるかもしれないと、希望が湧いてくる。
だが、そんな儚い希望を打ち砕くような事を衛兵が口にする。
「おい! 走っているリビングデッドがいるぞ!」
リビングデッドは、死体だ。
基本的には歩く、走る事は無いし、聞いたことも無い。
今、私を追って来ているのはおもにゴーストで、リビングデッドやスケルトンは移動速度はあまり速くないのではるか後方にいる。
このままだと薄暗い事もあり、聖水が掛けられた槍で殺されかねない。
「待って、私は、まだ、生きてます!」
後ろにはゴースト、前には槍を構えた衛兵達、走る速度を緩めずに叫ぶが、ここまで死に物狂いで走って来たせいで、声は出るが言葉にならない。
「何か喚いているぞ!」
「気を付けろ!」
頑張って発した声も、聞き取れないようで余計に警戒させてしまった。
そんな私の声に反応したのか、後ろにいるゴーストが元気よく人でない声で叫ぶ。
どうしようかと息も絶え絶えで、悲観にくれながら走っていると、街壁の上から信じられないほどでかい声が聞こえる。
『そのアンデッド、私の歌で浄化してあげるわ!』
街壁へと目を向けると、月明かりの中で奇怪な格好をした三人組が立っている。
衛兵達も面食らったのか、口をあんぐり開けてその三人組を見ている。
『私の名前は月兎!』
月兎と名乗った、まだ少女であろう人物は、金色の兎の耳を頭から生やし、長い金色の髪と金色のマントなびかせている。
あんまりな状況に、ゴーストから逃げている足が止まり、その三人組に見入ってしまう。
直ぐに逃げていたんだったと後ろを振り向くと、ゴースト達も何故かその三人組に惹かれているのか、こちらを襲ってこない。
ただただ、月兎の方を見ながら騒いでいるようだ。
「ほら! 早く名乗って!」
「カノン様、なんで名乗る必要があるんですか?」
「こういうのはお約束じゃない、折角偽名考えたんだから名乗るくらいいいじゃない」
「……いや、でも……」
白いうさ耳の人物が、小さな声で名乗る事を拒否しているが、静まり返ったこの場では、あまりにも声が響くので会話の内容が聞こえてくる。
私の耳が良いという事もあるが、不用心だと思う。
『……白兎……です』
『……スリーピングマウス』
白兎と名乗った人物が、恥ずかしさに耐えきれなかったのか、名乗った直後に蹲る。
スリーピングマウスと名乗った人物は、心ここにあらずという感じで、ただ立っているだけだ。
二人とも顔を隠しているが妙齢の女性に見える。
貴族の少女に言われて、仕方が無くやっている感が凄い。
「こらっ! 街壁の上に部外者が昇って遊ぶんじゃない! 歩哨はどうした!」
「あっ、ごめんなさい、気絶させちゃったわ」
月兎が軽い感じで答える。
「ええい! 何人かあいつ等を捕まえに行け! 残りはアンデッドの対応だ!」
「ハッ!」
何人かが隊長の指示に従って街壁に上れる階段へと向かう。
それを、待ってましたと言わんばかりにスリーピングマウスがそちらに向かっていく。
「ここは私が抑える」
「あっ! 逃げる気ですね、卑怯者!」
蹲っていた白兎が、素早く動いたスリーピングマウスに非難の声を上げる。
そんな白兎に月兎が手を出し言葉を止める。
納得できないようで白兎が肩を震わせているが、月兎が小さな声で言う。
「白兎、早く歌わないとアンデッドが動き出すわよ」
「……わかりました。では準備します」
白兎がしぶしぶという感じで、耳元をごそごそと動かしている。
何が始まるのかと、息を呑んで待っていると、月兎がこちらに向けて、信じられないほどの声のでかさで宣言する。
『おほん! 私達は聖なる兎の音楽隊! 私の歌を聴きなさい!』
その声のでかさにびっくりしたのか、動いていた衛兵達の動きが止まる。
一瞬の静寂の中、白兎が頭を抱えながら口を開く。
「なんなんですかその名称は……」
何故かまた耳元をごそごそしながら苦言を月兎に言う声が聞こえる。
「だって、メイも入れたら四人だし、音楽隊って名乗ってもいいんじゃない?」
「そう言う事では無くてですね……」
「いいじゃない、ゆくゆくは聖歌隊を追い落とすのが目標なのよ。だったら団体名を周知して有名にならないと」
「……勘弁してください」
白兎が視界から消えそんな言葉が微かに聞こえてくる。
もしかしたら土下座をしているのかもしれない。
「もう! そんな事はどうでもいいから早く歌うわよ!」
体が怠そうな感じで白兎がゆらりと起き上がり、またもや耳元をごそごそしてから深呼吸をしている。
やがて意を決したように歌い始める。
「ラ~ラララ~ラ~ララ~ラ~」
前奏部分を声で楽器を奏でるように歌い始める。
白兎のリズムにのる様に、月兎の体が揺れる。
やがて歌部分を白兎が歌い始めると、それを道しるべにするかのように月兎が一瞬遅れて歌い始める。
【スカボローフェア】
スカボローフェアに行くのかい?
パセリ、セージ、ローズマリーにタイム
そこに住んでいるあの人に伝えてほしい
かつて私が真の愛を捧げたあの人に
薄い布地のシャツを作ってくれるようあの人に伝えてほしい
パセリ、セージ、ローズマリーにタイム
縫い目も無く細かな針仕事もしてないシャツをね
そうすれば再び、真の愛を捧げることができるだろう
1エーカーの土地を見つけてくれるようあの人に伝えてほしい
パセリ、セージ、ローズマリーにタイム
海と海岸との間にね
そうすれば再び、真の愛を捧げることができるだろう
革を鎌の形にして刈り取りをするようあの人に伝えてほしい
パセリ、セージ、ローズマリーにタイム
そして、短いヒースの束の中に全部入れるようにと
そうすれば再び、真の愛を捧げることができるだろう
スカボローフェアに行くのかい?
パセリ、セージ、ローズマリーにタイム
そこに住んでいるあのひとに伝えてほしい
かつて私が真の愛を捧げたあの人に
月兎の歌声はすさまじく、あまりの大きさに脳が揺さぶられる。
だが、その歌声はお世辞にも上手いとは言えない。
音程が合っていない部分が多いが、必至に白兎の音程を真似ようとしているのがこちらに伝わってくる。
しかも二人の歌は微かにずれている。
白兎の歌声を聞いた月兎が、ほんの少しだけ遅れて、まるで追いかけるかのように歌っている。
月兎の目標は白兎の歌声なんだと想像できる。
歌としても酷いし、聖歌でもないが、追って来ていたアンデッド達を見ると光の粒子になって浄化されていく。
聖歌で無くても浄化できると言う事は、月兎の神の声は、歌唱力とは裏腹に完璧にコントロールされていると言う事だ。
声に神が宿っていても、聖歌でなければ浄化の力が弱くなる。
年配の聖歌隊の人には、普通の歌で浄化できる人もいるらしいが、月兎はどう見ても少女だ。
熟達の聖歌隊ではないというなら、一体どうやってここまでの浄化の力を引き出しているのだろうか。
その浄化の力を引き出す方法を教えてもらえば、私のアンデッドを呼び寄せてしまう体質をどうにかできるかもしれない……
月兎と白兎の歌が終わる。
拙い歌ではあったが、心に響く歌だった事だけは確かだ。いろんな意味で……
アンデッドは全て浄化され、何処にも存在しない。
人を圧倒する声量に、神の声をコントロールする力。
ふざけた服装でふざけた登場の仕方だったが、この出会いに運命を感じた……気がする。
「逃げますよ!」
歌の余韻に浸っていた月兎を、強引に小脇に抱えて、白兎が闇に消える。
放心していた衛兵達が、どう動けばいいのか混乱しだす。
「隊長、追った方が良いのですか?」
「う~む……なにやら貴族っぽいし、アンデッドを浄化してくれたんだ。ここは見なかったことにするか」
「報告はどうします?」
「事実を書けば、きっと上も同じように判断するだろう。まあ気にするな責任は俺が持つ」
隊長が皆にそう告げて安心させる。
「しかし、音痴でしたね。声量は半端なかったですけど……」
「そうだな、音程が微妙な部分が多かったが、心に来るものはあった」
「そういえば聖歌じゃなく、この街にちなんだ歌でしたね」
「あ~だから心に響いたのかもしれんな」
「……でもあの恰好はどうかと」
「いや、あれはあれで……」
衛兵達が思い思いの意見を言い合い、場が和んでいく。
先ほどまでアンデッドの襲撃だと騒いでいたのが嘘のようだ。
「あの~、私、アンデッドに追われてここまで逃げて来たんですけど……街に入れて貰えます?」
「ん? ああ……走っていたのはあんたか、こんな時間に街に入った所で泊る場所もないだろうから、詰所で朝まで待ちなさい」
「ありがとうございます!」
散々な夜だったが、衛兵達は良い人達で助かった。
詰所では聖なる兎の音楽隊の話でもちきりで、なんだかんだで話に参加してしまった。
この街に聖なる兎の音楽隊がいるはずだ。
白兎がカノン様と言っていた、貴族用の宿屋の前で張っていれば見つける事が出来るだろう。
そしてあわよくば音楽隊に入れてもらい、このアンデッドを呼び寄せる体質を打破できる技術を手に居る事が出来るかもしれない。
昨日まで未来は暗かったが、急に未来に光が灯り道が照らされていく気分だ。
きっとカノンという貴族を見つけてみせると、心の中で覚悟を決める。
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これがカノン師匠との出会いです。
歌の技術に関して教わる事は何も無いですが、それ以外については教わる事しかないです。
それにアンデッドを呼び寄せても、カノン師匠がいれば何の問題もありませんから、気兼ねなく街に入れるので助かります。
いや~街に入ってアンデッドを呼び寄せる体質なんてばれたら、確実にリンチですから。
大きな街ならいいんですけど、小さな街だとどうしても街に入る事に抵抗があって、良く外で野宿していたんですよ。
勿論保身からですが、呼び寄せて人が死んだらと思うと、どうしても……ね。
え? カノン師匠の声でスカーバラの街はどうなったかですか?
それはですね……私はあの後詰所で衛兵達と語った後に寝ていたので知らないのです。
朝には貴族専用宿の前で張っていましたから、この先はオクトさんに……
オクトさん! オクトさん! って耳塞いでないで! ほら、もう終わりましたよ!
……え? 私の痴態部分は終わったのですか?
ごほん……では続きは私がお話ししましょう。
街の中は、当然大騒ぎでした。
それも当然です、馬鹿でかい音痴な歌が街中に響いたのですから……
あの時は運よく月が隠れてくれていたので、暗闇に乗じて宿に向かいました。
私とマチも、カノン様の身体能力にはかないませんが、それなりに動けますので、屋根をつたって戻りました。
もしかしたら宿の者に怪しまれた可能性はありますが、カノン様が貴族という事を嫌というほど知っていますので、追求してくることはありませんでした。
その後聞いた話しですが、街とその周辺全てが浄化されていたそうです。
さすがカノン様と言いたい所ですが、もう少し考えて行動して欲しいです……。
はっきり言って、マントの裏地が黒くなければ確実に見つかっていたと思います。
そういう部分には凄く頭が回るな、と感心したほどです。
まあ、あんな恰好を考えるほど子供なんですけどね……
え? 白兎姿がかわいかった?
……そう言っていただけると嬉しいという感情は確かにありますが、それ以上に羞恥心で死にたい気分になりますので、白兎の名をここでは出さないでください。
お願いします。本当にお願いします!
ごほん……話しが反れてしまいましたね、元に戻しましょう。
こうして【聖なる兎の音楽隊】の名が世に出るのです。
勿論この噂は王都に届き、【天の声事件】の犯人が、【聖なる兎の音楽隊】だと噂される事になります。
まだ噂の段階ですから、国も本腰を上げて私達を追う事はせずに、事実関係を調べるだけでした。
ただ……国が調べている事を知っている、ご両親が頭を抱えていたであろうことは間違いありません。
カノン様が暴走した件については、お諫め出来なかった私達の不徳の致す所です。
え? なんですかマチ……達じゃなく私のせい? いやいや貴方も教育係の一人でしょう? 全部私に押し付けないでください!
申し訳ありません、取り乱してしまいました……ではまた会う日までお元気で……
「Scarborough Fair」
イギリスの伝統的な民謡みたいです。
サイモン&ガーファンクルの「スカボロー・フェア/詠唱」が有名です。
近年だと「終末なにしてますか? 忙しいですか? 救ってもらっていいですか?」のアニメの第一話のOP曲になっています。