第五話 スカーバラの街
皆さま、お久しぶりです。
初めての方の為に自己紹介いたします。
辺境伯令嬢カノン様の護衛兼教育係のオクトと申します。
もし今回が初めて、という方がいらっしゃるのであれば、前回のお話しを聞いてからお越しください。
え? 嫌だと言われるのですか……そうですか……
では帰っていただいてもかまいません。
……申し訳ありません、つい本音が出てしまいました。
しかたありませんね。
前回のあらすじを簡単にご説明いたしましょう。
信じられないほどの声量を持ったカノン様が、音痴なのに歌が好きになってしまった。
はい、そうです、これだけです。
今から語る事は、私自身の……精神、を、抉るような内容になっております。
出来れば語りたくはないのですが、すでに国にはばれておりますので、いずれ公になるかもしれません。
はぁ……大変気が進みませんが、お話しをいたしましょう。
あれは前回の天の声事件の後の事です。
カノン様の歌う場所をご両親と協議していたのですが、なかなかいい場所が決まりませんでした。
どうしたものかと頭を抱えていた時に、カノン様が歌う場所を探していると聞いた、辺境にいるカノン様のおじい様である大旦那様のヴァイス様から手紙が来ました。
【わしの領地に来れば、いくらでも歌える場所を提供するから、カノンを連れてくるんじゃ!】
はい……そうです、ヴァイス様はカノン様を目の中に入れても大丈夫なほど、カノン様の事を大切にしております。
そんなヴァイス様の提案に、ご両親がカノン様と少しの間離れ離れになる事を嫌がって渋っておりましたが、それしかないか、と折れるのです。
こうしてカノン様が歌っても問題無い場所を求めて辺境へと旅にでるのです。
え? 壮大すぎじゃないか? ……いえいえ、こんな事たいしたことじゃありません。
この旅で起きる問題は、別の所にあるのです。
辺境への旅を聡明なカノン様が予見し、事前準備をしていなければ、私はあんな事に巻き込まれなかった……かもしれないような気がしないでも無いのです。
何を言っているのか、とお思いでしょう、私も何を言っているのかと頭を抱えて蹲り耳を塞ぎたいほどです。
え? 愚痴が長い? ではもうお帰りになりますか? え? 嫌だ? 帰っても良いのですよ? 駄目? 早く聞かせろ?
……はぁ……わかりました……では、これ以上引き延ばせないようなので……覚悟、を決めてお話ししましょう。
ではご両親に嫉妬の目を向けられながら王都を旅だった所からお話していきましょう。
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お忍び用の馬車を用意し、大旦那様がいる領地へとカノンと御者兼護衛のマチ、それに私の相棒の馬のオーバと共に街道を進む。
王都より一番距離のある大旦那様の辺境までは、他の領地を複数越えなければならない。
その道中には危険な領も多少あるのだが、致し方が無い。
カノンが通っている学院の長期休みもまだまだあるので、二~三週間くらいなら旅に出ても問題は無い。
「オクト、街道のど真ん中で歌っても良いの?」
「駄目です。馬車からばれる事はありませんが、街に入る場合、名を告げる事になりますし……」
それに馬が怯える、と付け足そうとしたのをぐっと飲みこむ。
「告げなければいいじゃない」
「そういうわけにもいかないのです……」
大旦那様が辺境に引きこもっているのには理由がある。
赤の国と青の国の二国と隣接しているからだ。
赤の国とは良好な関係なのだが、青の国とはあまりいい関係にない。
むしろ赤の国と良好だからこそ、その煽りを受けて青の国と拗れていると言える。
二つの国の対応を王都経由だと滞ってしまうので、国王から二つの国に対しての全対応を任されているのが大旦那様だ。
ある意味、大旦那様は一国と考えてもいいほどの権力を持っていると言ってもいい。
そんな辺境伯の令嬢が他領をお忍びで通るのは、何かあった時に色々と問題になるかもしれない。
そもそもカノンの顔を知っている者が多すぎる。
大旦那様や旦那様が有名すぎるのも考えものだ。
「大旦那様の領地に着くまでは我慢してください」
「むー」
カノンが頬を膨らませる。
見た目はかわいいが、ここで屈すれば大変な事になりかねない。
しかしカノンのストレスを緩和する為なら、ばれない事を条件に歌ってもいいという結論に達しているが、だからと言ってそれをカノンに伝えれば我慢できなくなる可能性がある。
だからこそ、出来る限り抑えて大旦那様の所へ着かなければならない。
「アンデッドが出てきたら歌っても良いよね?」
「……そうですね。そんな事があれば仕方がありませんね」
王都周辺はカノンの歌で浄化されている。
アンデッドなんて出ないだろうと考え、安請け合いをしてしまった。
そしてこの約束は、私を苦しめる事になる。
しかもこの時、カノンが陰でほくそ笑んでいたのだが、まったく気づかなかった。
馬車は進み、日が傾いてきた所で今日泊る予定である街が見えてくる。
「カノン様、街が見えてきましたよ」
「あれがスカーバラの街ね」
「知っているのですか?」
「……少しね」
意味深な事を言うカノンの言葉に、悪寒からなのか背筋に冷や汗が出る。
きっと歌に関しての事だと直感で感じるが、しょせん勘でしかないのでどうしようもない。
カノンの歌の練習については、歌う場所の選定協議や場所の確認など忙しかったのもあり、あまり付き添っていない。
一抹の不安を抱えながらもスカーバラの街の門へと向かう。
街は壁に囲まれているのだが、なにやら多くの衛兵達が武装して待機しており、壁の上には歩哨も立っている。
もしかしたら何かあったのかもしれない。
王都に近い街で、大事件が起こる事は少ないはずだが、例外は何処にでもある。
気になりながらも貴族用の門へと向かい、衛兵に書状を見せる。
それをここを管理しているであろう人物が読み、こちらの馬車をちらちらと見ながら吟味している。
私達はこの旅をスムーズに行う為に先触れしてある。
その役は同僚であるメイが、私達より一足先に泊る場所の手配や、この街の領主に連絡してある。
なので、辺に引き留められる事も無いはずなのだが、かなり警戒しているようで貴族の馬車であるのに長く引き留めている。
こんな事もあるのか、という疑問が浮かんでくるので聞いてみる。
「なにやら警戒されていますが、どうされたのですか?」
「申し訳ありません……不快に思われますかと存じますが、理由があるのです」
「その理由をお聞きしてもよろしいですか?」
カノンの護衛として何か事件があったのであれば、警戒する為に聞いておいて損は無いだろうと思い聞く。
「……一週間ほど前なのですが、貴族を装った盗賊団に街を荒らされまして……」
「盗賊団ですか?」
「はい、これが凄く統制の取れた盗賊団でして、街の商人を惨殺して金目の物をまんまと持ち出されてしまいまして……」
「それでこの対応ですか……」
思わず本音が出てしまった。
その言葉を聞いた衛兵たちが、一斉に顔を青くする。
「申し訳ございません!」
どうやら言い方が悪かったようで、この対応について遺憾の意を示すような形になってしまった。
それに気づいて頭を下げてくるので、弁解する。
「いえ、つい口が滑ってしまっただけで、責めているわけではありません」
変な空気が広がっていくので、会話を続けずに待つ。
やがて詰所から管理者が一つの書状持ってくる。
「……遅れまして申し訳ございません。どうぞメイ様からの書状です」
若干震える手で書状を出してきたので、素早く手に取り、御者のマチに目を向けて街の中に入って貰う。
ばつが悪すぎる、この場から早く逃げたい。
「……オクトでもミスするんだ」
街の中に入り、衛兵から離れた所でマチが眠そうな目をこちらに向けながら、ぽろっと呟く。
「私だって人間ですから、ミスもあります」
適当な場所で馬車を止めて、メイからの書状を読む。
「マチ、ここの宿に向かってください」
マチが眠い目でスカーバラの街の地図を見ながら頷く。
普段から眠そうに目蓋が落ちかけている点を除けば、優秀な人物と言える。
そんなメイが御する馬に揺られ、今日泊る宿に着き、マチに馬車を任せ受付に向かう。
「メイの名前で予約してあるのですが……」
「はい、承っています」
高級な宿なので、貴族御用達と言ってもいい。
宿の者も馴れているのかスムーズに部屋に案内される。
部屋の内装は豪華で、貴族が泊まるのになんの問題もなさそうだ。
そう思いながら、部屋の中を確認していると、案内してくれた宿の者が恐る恐る口を開く。
「あのですね……夜は外を出歩かないようにと戒厳令が出ていますので、ご了承ください」
「どうしてですか?」
もしかして衛兵の言っていた、盗賊団に関係しているのかも、と思ったが聞いた方が確実なので理由を聞く。
「……この街は盗賊団に襲われたのですが、その盗賊団がこの街から逃げる時に会った者を全て殺しながら逃げたのです。そのせいなのか悲観にくれ、嘆くものが多くでたのが原因なのかアンデッドが街中に出るように、むごっ!」
咄嗟に危険を感じ、宿の者の口を塞ぐが遅すぎた。
内容を聞いていたカノンの口角が上がっていくのが見える。
「ぷはっ! 何をなさるのですか!」
「……申し訳ございません」
これはまずい事になったと肩を落としながら、口を塞いだことについて謝罪する。
宿の者が部屋から出ていき、カノンと二人きりになった時に満面の笑みのカノンが口を開く。
「これは私が歌っても良いって事よね?」
「カノン様、さすがに街中で歌うのは……」
「ふっふっふ、ばれなきゃ良いんでしょ? こんな事もあろうかと色々と準備ていたの」
そう言いながら、にやりと笑う。
やがて、戻って来たマチに命令して馬車から荷物を取って来てもらう。
カノンが頬を紅潮させながら荷物を開けると、そこには服がはいっていた。
「……それは何の為の服でしょうか?」
「これはね、変装の為の衣装よ。きっと私とばれないようにって言うと思って頼んでおいたの」
私が歌う場所の選定をしている間に、歌える状況を作る為に色々と画策していたようだ。
その前向きな姿勢に対しての試行錯誤は嬉しく思うが、内容についてはなんてことを考えているのだと頭を抱えたくなる。
「勿論オクトとマチの服もあるわよ」
マチが眠い目をカッ! っと見開き驚く。
まるで「私も参加するのですか?」という声が聞こえてくるかのような仕草をしながら、マチが私を見つめてくる。
「マチはいつも眠そうだから、スリーピングマウスね」
そう言いながらマチ用であろう変装用の服を取り出す。
グレーのマントに白い服、極めつけはイヤーマフにねずみの耳がついている。
それを見たマチが、あんぐりとしながら動きを止める。
「これはオクト用ね。オクトは黒髪だから、逆に白兎にしたわ」
そう言いながらわたし用の服を取り出しベッドに並べる。
白いマントに白い服、イヤーマフには白いウィッグがついており更に兎の耳があしらってある。
耳を覆ている部分にも一工夫されており、兎の尻尾の様にもふもふになっている。
「これは私用の、月兎ね」
そういいながら取り出したのは、金色のマントに白い服、おそろいのイヤーマフには金髪のウィッグがついており、そこには金色の兎の耳が取り付けてある。
マチがいまだに目を見開きながらカノンと私を交互に見ている。
困惑したい気持ちは凄くわかる。
「これで変装すれば、私達ってばれないでしょ?」
「……ばれなくても、心が死ぬ」
マチが真面目な顔でカノンに言う、当然私も同じ思いだとマチに続く。
「そうですね。私達の年齢では少々きついかと……」
「まだ二人ともそんな歳じゃないじゃない!」
「カノン様……二十歳超えたら出来ない恰好というものがあるのです。きっと聖歌隊に依頼が行っていると思いますから今回は堪えてください」
「やだ! それにアンデッドが出たらばれなきゃ歌って良いって言ったもん!」
そういえばそんな約束をしてしまったかもしれない。
マチから無言で非難する目が向けられる。
「……勘弁してください」
マチが恥も外聞も捨ててカノンに土下座をする。
「やだ、それにオクトは歌うなら何時でも付き合うって言ったもん!」
マチが頭を上げ、「お前もやれ!」という目で見つめてくる。
「カノン様、どうか……どうか抑えてください」
マチの横に並んで同じように土下座する、少しだけカノンの顔が暗くなるが、もうやると決めているのかまったく引かない。
「じゃあ一人で行く! それなら文句ないでしょ!」
頬を膨らませながら、そっぽをむいてしまう。
こうなってしまえば、カノンは絶対に引かない。
悪い事であれば諫めるられるが、これはある意味良い事でもある。
それに人前で本気で歌えない、歌わせない主な理由は、カノンが奇異な目で見られない事なのだ。
本人が良いというのであれば問題無いかもしれないが、私達はカノンが珍獣扱いされるのを見たくない。
マチと目を合わせながら、目だけで語る……覚悟を決めろ、と……
「わかりました……ですからお一人で行くのだけはおやめください」
マチが目を細めながら天を仰ぐ。
そんな行動をしり目にはしゃぐカノン。
天国と地獄、そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
こうして後悔と羞恥の夜が始まる。
覚悟を決め、どう考えても目立つ派手な服に着替える。
白兎……全身が白く、うさ耳完備だ。
自分の姿を考えると悶絶しそうになるが、なんとか落ち着こうと、大丈夫大丈夫と自分に言い聞かせる。
そんな自己暗示をかけていると着替え終わったマチの姿が目に入る。
マチの変装した姿を見ると何とも言えない気持ちが込み上げてくる。
「これは酷い」
「それは私に向けた感想なの?」
マチが開口一番に酷いなんて言うので、つい喧嘩腰で返してしまった。
ツボに入ってしまったのか、マチが腹を抱え口元を抑えながら蹲り肩を震わせている。
こちらもテンションがおかしいのか、段々と笑えてくる。
二人で静かに笑っていると、満を持したカノンが腕を組みながらやってくる。
「ふふふ、準備が出来たようね」
金色の長い髪に金色のうさ耳、金色のマント、控えめに言っても目立ちすぎだ。
年齢が十四歳のカノンには似合っていると思うが、しのぶ気はあるのかと小一時間説教したい気分になる。
「……本当にこの目立つ格好で行くのですか?」
「どうせ目立つんだから関係ないでしょ? それに、マントは裏地を黒にしてあるから、それで忍んで行動して、目立つ場所にきたら表の色で登場するのよ」
あまりにも奇異な格好をさせられているせいで、マントの裏地で忍ぶことに気付かなかった。
マチも同様で二人で目を合わせる。
「あとはこの顔隠しマスクを付けてね」
色はそれぞれの色に合わせて作られているので白いマスクを受け取る。
何故こんな事になったのだろうか、何故こんな奇異な姿を晒さなければならないのだろうか、と頭の中でぐるぐると思考が巡る。
「じゃあ行くわよ!」
そう言いながらカノンが開けていた窓から躊躇なく飛び降りる。
マチと顔を見合わせ、どちらが先に行くか牽制しあう。
「オクトが先」
「……わかったわよ」
そして運命の歯車が回り出す。