第四話 天の歌声事件
【もう一回歌いたい】
感動に打ち震えていると、カノンが紙を見せてくる。
なんとなくこちらの感情も高ぶって来たので、自分も歌いたくなり声で伴奏しようと考えつく。
「カノン様、練習していないと思いますが、私の声で伴奏いたします」
カノンがびっくりした顔をするが、頭をぶんぶんと縦に振る。
どうやら一緒に歌うという事が嬉しいようで、そんなカノンを見ているとこちらも嬉しくなる。
「ではいきますね」
そしてカノンの歌を導くための歌を歌う。
さきほどはピアノに向かっていたが、今回は自分も大空に向けて言葉ではない、声で演奏するように歌う。
青い空に向けて声を出す、それはそれは気持ちが良く、更に全力で声を張り上げる。
カノンの声量に比べればかなり小さい声だとしてもそんな事は今はどうでも良い。
今はただただ声を張り上げ全力で声を出す。
そうしなければカノンの歌声を導けない。
カノンに目を向けると目が笑っているので、きっと導けているはずだと思いながら青い青い空に向けてさらに声を振り絞る。
声は大気に溶けるように吸い込まれていく、カノンが言っている通りに気持ちがいい。
自分の声はほとんど聞こえないし、カノンの歌もあまり上手くない。
だからどうした。という言葉を心の中で叫びながらカノンと共に歌を紡ぐ。
歌い終わった後に、深い深呼吸をする。
カノンもこちらを真似るように深呼吸をする。
全てを出し切ったからか体が上手く動かずに、後ろに倒れてしまう。
「オクト!」
カノンの心配する声が耳栓越しでも普通に聞こえる。
どうやら本気で心配だったのだろう、覗き込むカノンの頬に手を添えて首を振る。
「全力で歌いすぎただけですよ」
カノンがほっとした顔を見せ、同じように横に倒れる。
「歌って凄い」
ちょうど耳栓を取った時に、カノンが隣でそう呟いた声が聞えた。
「そうですね、大空に向けて歌うだけでこんなにも気分が良くなるものなんですね」
「今までは聞くだけで良いと思ってたけど、これからはもっと歌いたい」
「……そうですね」
若干答えに迷う事をカノンが言うので、返事をするのに躊躇してしまった。
歌うにしても、毎回ここでやると噂になる可能性は高い、また協議か……と心の中で呟く。
かなりのエネルギーを使ったのか、持ってきた軽食を全部食べてしまった。
カノンと共にまったり御者を待っていると、急にカノンが呟く。
「聖歌隊はもういいかもしれない」
「本当ですか?」
「こんな大きな声じゃ入れたとしても、聖歌隊と一緒に歌うなんて無理だよね」
「……そうかもしれませんね」
答えにくい事を聞いてくる、と思いながらも事実なので肯定する。
だが、心配をよそにカノンの顔に影は無く、逆に何か覚悟を決めたような顔だった。
御者が馬を連れて戻って来たので、馬を馬車に繋ぐ。
机や椅子を片付けて、出発しようとマチに声をかける。
「聞こえました?」
「はい……かなり、大きく……」
「そうですか……」
マチの言葉に一抹の不安を抱えながら王都へと戻る。
行きに通った森に差し掛かると、何やら木々が光り輝いている気がする。
陰鬱とした森だったが、浄化されたのか何やら雰囲気が明るくなっている。
これはもうカノンに神の声が宿っているのは確かだろう。
そんな事を考えていると、王都が見えてくる。
隣には歌い疲れたのか、カノンが軽い吐息を漏らしながら静かに眠っている。
大きな門に近づくにつれ、人が騒いでいる姿が見える。
なんとなく嫌な予感で背中がぞわぞわするが、貴族用の通路へと向かう。
家紋を見せ、何事も無く王都に入れることになったが、何を騒いでいるのか気になり衛兵に聞いてみる。
「何かあったのですか?」
疑問を持って聞いたことに衛兵が一瞬驚きながら聞き返してくる。
「あのぅ……歌……聞こえませんでした?」
「ああ……ここまで響いていたのですか?」
大分離れていたはずだが、王都にまで聞こえていたようだ。
だとしても、軽く響いたくらいならまだ挽回できるはずだ。
「響いていたというか……空から聞こえてくるので、何事かと皆が騒いでいるのです。天啓と言う人もいるのですがあまりにも音痴でしたので否定されていますが……」
衛兵も、わけのわからない歌声にびびっているのか、話していると段々と顔が青くなっていくので、途中で止める。
「そうですか……ありがとうございました」
どうやらがっつり聞こえていたようだった。
その後眠っているカノンを起こさないように素早く屋敷に帰り、ご両親と今後どうするかの協議を行った。
当然、今回使った丘はもう使わない事が決定した。
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これが【天の歌声事件】の全貌です。
そうです、この事件の犯人はカノン様と私です。
国が本格的に犯人捜しをするまで、色々な憶測が飛んでいました。
さすがにこれは隠しきれいないと、旦那様が国に真実を告げたのはその時です。
ですが、この時はまだ国もあまり犯人探しに力を入れていませんでした。
それは何故かと言うと、先にも書いていた通り、カノン様に神の声が宿っていた事と、何故か擁護する方々がいらしたからです。
調べて見た所、ほぼ王都とその周辺全域にわたり聞こえていたという報告を貰いました。
しかも不可思議な事に、ピアノの伴奏と私の声まで聞こえていたと聞き、カノン様の神の声の力の凄さを、まざまざと見せつけられたと言えます。
そうです、私の歌声も王都中に聞かれてしまいました……ふぅ……申し訳ございません、私の事は棚に置いておきましょう。
歌が聞えた時の王都内は、誰の歌なのか、何故音痴なのか、一体何が始まるのかと恐慌状態になっていたらしいです。
しかも歌の前に【私の歌を聴きなさい】という声も、はっきりと聞こえたらしく、その言葉が物議を醸す事になりました。
その言葉の意味を考えると、あの歌声は神の声である、という一部の方が熱狂的に主張していました。
当然反論される人達もいました、それはカノン様の歌があまりにも音痴だったからです、この歌声が神の声であるわけがない、と。
更に、歌声を増幅させる装置を開発した人が、試験的に歌ったのでは、という主張をされる方もいましたね。
ですがその後王都周辺全てが浄化されている事に気づく人が増え、王都の人達は音痴な歌声を普通に受け入れだしたのです。
そしてこれが一番不思議だったのですが、聖歌隊の一部の方達が、カノン様の歌声に感銘を受けたらしく、熱狂的なファンが出来てしまいました。
正直に言いますと、カノン様の歌は音程もめちゃくちゃで、一生懸命さは感じるのですが、まあ……酷いです。
ご両親と私であれば、愛情も込みで評価は上がりかねませんが、赤の他人が良い歌だと評価する意味がわかりません。
いえ、カノン様の歌が駄目と言いたいのではありません、かわいらしい声なんです、いじらしいというか……
……ごほん……この話は止めましょう。
この後カノン様が微妙な顔をしながら、王都内で噂されているご自身の歌声の評価を聞いていました。
ですが、他人の評価など気にしない、という教育方針もありましたので、あまりふさぎ込んでいませんでした。
カノン様は頭の中には次は何時歌えるのか、という点のみが気になっていたようです。
そして長期の休みという事もあり、歌う場所を求めてアンティフォナ領がある辺境へと向かう旅が始まるのです。
その旅の中で巻き起こる事件もまた、国を揺るがす事態へと発展するのですが、それはまた次の機会に語りましょう。
長時間お話にお付き合いしていただき、ありがとうございます。
これにてカノン様の王都でのお話は終わりになります。
次回のお話は……出来れば語りたくないのですが……
え? 何故かですか?
そ、それは、私の……ち、痴態、を晒す事になるからです……
細かい事は聞かないでください。
まだ私に語る覚悟がありませんので……ではまた会う日までお元気で……