第十二話 不思議な踊り
宿に戻りマチにエウテという踊り子に襲われた話をする。
その間、ローレインがカノンに歌に関しての知識などを話している。
屋敷でも講師が教えていたのだが、もともと音楽に興味が無かった。
歌う楽しさに目覚めてから色々と勉強しているが、付け焼刃と言わざるを得ない、なのでローレインの活躍に今後期待したい。
そんな二人を横目に見ながらマチと情報交換する。
「カノンが襲われたわけじゃないって事?」
「カノン様が目的ならば、私が離れた時に襲撃したと思いますし、それに陽動ならともかく、護衛である私に一番最初に姿を見せるのは悪手だと思います」
「オクト……もしかして何処か知らない場所で恨みでも買った?」
「……買ってないと思います。そもそも私はカノン様にべったり付き従ってますから、私よりもカノン様が恨みを買う構図しか想像できませんよ」
甘い私から見てもわがままに育ってしまっているカノンだ。
そんなカノンだとしても、誰かの思いを踏みにじる事は無かったと思う。
だが、被害者と加害者の心理は隔絶している。
加害者が覚えていない事を、被害者が根深く覚えているのはよくある事だ。
「まあ……そうだよね」
マチはそう言いながら首を捻る。
私が屋敷の外に出る場合は、ほぼカノンと一緒に行動している時しか無い。
そんな私が恨まれる要素は、主人であるカノン経由しか存在しないはずだ。
もし恨まれたとしても、従者である私より、カノンでありアンティフォナ家に恨みを持つほうが自然で、私が一番恨まれる、という点に疑問が残る。
そしてその疑問の答えをエウテの行動を見ていたローレインに言わせると、私に興味がある、という解にたどりつく、らしい。
「となると、やはりローレインの答えが有力という事に……」
あまりの答えにげんなりしながら独り言ちてしまった。
最後唇を奪われた部分だけは報告していないので、要らない事を口走ってしまった事にしまったと思う。
「その答えは何?」
「……教えたくありません」
「いやいや、どうせローレインに聞けばわかる事だと思うけど」
「後生ですから聞かないでください」
「ふ~ん、まあそこまで言うなら聞かない」
マチが興味ない事に好奇心をくすぐられない性質で助かった。
明日になればこの街から出るし、次の街に入る時に、エウテのような人物が街に入った場合、連絡が来るようにしていれば危機管理もできるだろう。
だが、それはそれとしてこの街でエウテを放って眠る事に少し抵抗がある。
「ではマチ、カノン様を頼みましたよ。わたしは心の平穏の為にあの女を探します」
「わかった」
私とマチの会話が終わったので、カノンに目線をやると、何故か講師役と生徒役が交替したのか、カノンがローレインに何かを教えている。
何を教えているのだろうと思い近づくと、私に気付いたカノンが立ち上がる。
「ねぇ、さっきの歌劇とオクトを見ていて思いついたのだけど、ちょっと見て」
そう言うと、カノンが子猿が両手を上げてわきゃわきゃしているかのような動きを見せつけてくる。
その動きを見ていると可愛らしいと思うが、率直に言うと酷い。
暫くカノンの動きを生暖かい目で見ていると、腰の動きが大げさなのでこれは踊りなのかな、と思い聞いてみる。
「……もしかしてさっき見た七つのヴェールの踊り……ですか?」
「そうよ! オクトが分かるなら踊りの才能もあるかも!」
どうやらカノンは音痴でもあるし、踊りの才能も無いようだ。
武道の型やダンスを習っているはずなので、それなりに踊れるはずなのだが、どうしてこうなったのだろうか……
カノンは私が踊りの内容を当てた事に気を良くしたのか、踊り続けている。
その奇妙な踊りを見せつけられたマチとローレインが、困惑した顔で私を見てくる。
私に押し付けるな! と言いたいところだが、これ以上カノンの醜態は見たくない。
「カノン様、【サロメ】は少々過激な内容ですから、あまりその踊りは……」
「分かってるわよ。ただ聖歌隊も軽い踊りを取り入れているのだから、私達の音楽隊にも踊りを取り入れたいの」
ようやく不思議な踊りを止め、その踊りについての理由を告げてくる。
やはりろくでも無い事を考えついていたようだ。
取りあえず生返事を返してしまう。
「あ~……はい……」
あの恰好に、踊りが組み込まれる。
考えただけで恐ろしい。
いや、だが踊りを歌に組み込むには一朝一夕で出来る事では無い。
いまは賛同しつつ、「あ~、やっぱり私達には無理ですね」という形で回避しようと頭に浮かぶ。
「カノン様、私はいまから先ほどの女性を調べてきますので、ここで体を休めておいて下さい」
「ああ、あのオクトにキスした人ね」
カノンが何気なく放った言葉を聞いたマチが、驚いた顔で見てくる。
本当に勘弁して欲しい。
「……はい、私がこの街で眠るには彼女を処理しないと気が済みませんので」
怒りがふつふつと込み上げてくる。
そもそもあいつが原因でこんな事になっているのだ。
絶対に潰す。
そんな私の怒りがこもった顔を見た三人は、我関せずと言いたげにあさっての方に顔を向けた。
足早に部屋から出ると、宿周辺の気配を探りながらエウテを探す。
私に執着しているなら、こちらの動向を伺っている可能性が高い。
人気のない路地を歩いていると、チリン という鈴の音が聞こえる。
やはり予想通りこちらを見張っていたようだ。
「わざと鈴を鳴らしたのですか? エウテ」
鈴の音が鳴った方へと声をかける。
感覚的にはそちらに人の気配は無い、が居るのは確実だ。
「ふふふ、貴女が自ら会いに来てくれるなんて嬉しくて、つい、ね」
そこには不適に笑みを浮かべ答えるエウテの姿が当然のごとく存在していた。
「意味がわかりませんね……いや、わかりたくもありません!」
先手必勝、有無を言わさず攻撃に転ずる。
会話中に用意していた針を投げつける。
エウテがこちらの動きを予想していたのか、ヴェールを盾の様に前にかざして針を受ける。
普通のヴェールなら間違いなく貫通するはずだが、貫通せずに受け止められる。
針が刺さった瞬間にヴェールを動かし、運動エネルギーを別方向に受け流したようだ。
こちらもそれで終わると思っていないので、間合いを詰めて手刀を繰り出す。
だが踊る様に動くエウテの動きに翻弄されて、攻撃が当たらない。
避けられているというよりも、こちらが的外れな場所を攻撃しているので簡単に避けられている感じだ。
独特な歩法と、鈴の音の存在感と、エウテの希薄な気配のせいで見えている姿と、本当に居る場所に差異が生じているようだ。
厄介としか言いようがない。
ならば、と攻撃の予備動作で自分のベルトを引き抜き、鞭のようにエウテに向けて攻撃する。
さすがに広がった攻撃範囲に対応できずに、ベルトがエウテの腕に巻きつく。
捕まえたが、色々と意図が分からないので攻撃せずに疑問をぶつける。
「何故攻撃してこないのです?」
前回とは違い、エウテから攻撃してこない。
「それはもちろん、貴女の肌を傷つけないためよ」
「理由になってません! それに先ほどは攻撃していたでしょう!」
「貴女の事が……好きになったからよ」
先ほどまでこちらを煽る様に笑みを浮かべいたが、打って変わって真剣な目になる。
私の今の服装は執事服だ、男に見えなくもない。
髪は後ろに束ねてあるし、胸もあまりない、もしかしたら男と勘違いしているかもしれない、いや、勘違いであってほしい。
「……私、女ですよ?」
「そこがいいんじゃない」
本物だ、そう思った瞬間悪寒が走る。
私の隙を狙って抱きついてきた。
あまりにも無防備に手を広げ近づいてきたので、一瞬戸惑ってしまった。
その流れで尻を撫でられる。
「だぁ!」
渾身の力で突き飛ばす。
きっとこの時の私の力は、カノンと同等の力が込められていたと思う。
抱きついていたとはいえ、こちらの尻を触っていたので難なく吹き飛ぶエウテ。
だがしかし、エウテの腕には私が巻きつけたベルトがあり、手を繋いだまま男女が離れるかのような形になる。まるでタンゴのようだ。
その反動をエウテに使われ、今度は私を引き寄せ、まるで女性を支えるかのように受け止められる。完全にタンゴだ。
「これはこれでなかなか……」
「くっ! ベルトを放しなさい!」
この場合、私がベルトを放し脱兎のごとく逃げればこの状況から解放されるのだが、この変態に私の持っていたベルトを渡すという選択肢を選べなかった。
そのベルトがどう使われるか想像するだけで気持ちが悪いからだ。
エウテに支えられた状態から脱する為に、エウテに肘打ちをしながら回転して離れる。
その反動を使い、力を乗せて引っ張るが、それでもエウテはベルトを放さない。
「いやよ。むしろもっとこの時間が続けばいいのに……」
「怖い事を言わないでください!」
当然断られた、しかも気持ち悪い発言のおまけ付き、ならば力尽くでベルトを放させるしかない。
ベルトを持ったまま蹴りを繰り出し、突き飛ばすが、引き寄せられる。
それはまるで、私が逃げるのをエウテが引き留めるかのような演劇のシーンのようだ。
完全に遊ばれている、それは戦闘技術というよりも、私の心理を読み意のままに動かしているようだ。
私に好意があり、女性であり、同郷の者でもある、これは勘でしかないが血も繋がっている気もする。
憎めない、嫌いになれない、本気で殺しにいけない、そんな心理を突かれて行動を操られている。
そんな自分にある、良く分からないリミットに苛つくが、自分の心を制するのは難しい、悔しい。
私の思いとは裏腹に、つかず離れずに攻防になり、膠着状態に陥っていると……
「オクト!」
ベルトを介してエウテと踊って……いや、戦っていたが、私を呼ぶ声が聞こえる。
その瞬間、エウテから全力で離れる。
残念ながらエウテも同じように私から離れ、私とエウテの中央にナイフが飛んでくる。
そのナイフがベルトを切断して、ようやく綱引きに終幕が訪れる。
「ううっ……やはり愛する二人は引き裂かれる運命なのね」
エウテはそう呟き、鈴の音を鳴らしながら、マチとは逆方向に逃げていく。
追撃しようか一瞬悩んだが、もうエウテと関わり合いたくなかったので、そのまま見送る。
「……助かりました」
思わずため息が出る。
そんな私を見て、首を傾げながらマチが尋ねてくる。
「カノンが声が聞えたって言うから来てみた、でも何故追わなかった?」
「どうやら刺客でも何でもないようです。ですからあの方とはもう関わり合いにならない方が私的には良いみたいですから」
「オクトがそう判断するなら……」
マチがそう言いながら宿の方向へ向き直る。
少し不満のようだ。
マチには悪いが、宿に帰り全てを忘れて眠りたい。
ここ数日の出来事を思い出し、そんな事しか頭に浮かばない自分に苦笑いが浮かんでくる。
宿に戻ると、カノンとローレインが踊っていた。
いや、カノンに関しては踊りというか、奇妙な動きとしか形容しがたいが、まあ踊っていると言えなくもない。
だが、そんな奇妙な踊りのリズムを取る為に、ローレインが小さな声で歌を歌っている。
さすが旅をしながら歌っていただけあって、軽く歌っているがその歌声は素晴らしい旋律が部屋中を包んでいる。
私が帰ってきたことに気付いたカノンが踊りながら声をかけてくる。
「オクト、この踊り、どう思う?」
そう言いながら、不思議な踊りを見せつけてくる。
嫌でもエウテを思い出す。
「……もう踊りはこりごりです!」
私の心の底からの叫びが宿中に木霊する。
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はい、私の不幸な話はこれで終わりです。
この後は、宿に帰り眠りにつきました。
そうですね、ふて寝と言わると思います。
しかも時々妙な気配がするので、襲われても撃退できるようにと途中からマチと一緒に寝ましたね、ええ。
次の日は何事も無く街を発つ事が出来て少し安心しましたが、きっと追ってくるという妙な確信が私を憂鬱にしていました。
エウテの正体も分からず、本気なのか遊びなのかもわからない存在は、警戒するしか対処がありませんからね。
……そうですよね。これ、カノン様の話を語るはずですよね? いつの間にか私の不幸な話になってますよね?
どういうことなんですか? それとも話しにかこつけて私を笑いものにするのが狙いですか?
……申し訳ございません、少々感情的になってしまいました。
今回は全てエウテが悪いです。はい、そうです、あの女が全ての元凶です。
カノン様がわけのわからない踊りを始めたのも全部、ぜーんぶあの女が悪い!
誰かあの雌猫をどこか帰ってこられないくらい遠くに捨てて来てください!
え? 言い過ぎ? わ、わたしの気持ちは……?
はぁ……なんなんですかね、私の人生って……
では、また会う日までお元気で……