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第九話 ローレライの歌

 ふふふ……ここまでは平和でしたねぇ(遠い目)

 普通に過ごしていれば絶対に飲めないような、希少価値の高いワインが飲めるとうきうきでした。

 警戒はしてましたが、高揚感がそれを希薄させていた、と……


 飲んだことが無いワインというのも、違和感に気付けなかった一因と言えますね。


 ……最近の私、ちょっと不幸に会いすぎじゃないですかね? え? 自業自得?


 はい……そうですね……護衛の私が助けられてますし、そう言われても仕方が無いです……うっ……うう……






 で、では、ここからはわたしこと、ローレインが語っていきますね。

 オクトさんは少し情緒不安定……いえいえ、疲れていますので……そっとしてあげてください。


 では、朝にオクトさん達に会った後に何があったのか話していきます。


 私はオクトさんの迫力に負け、言いくるめられましたが諦めきれずに馬車を追うことにしました。

 そもそも赤の国と蒼の国が戦争中ですので、その隣接している辺境へと向かう貴族は少なく、馬車が向かった先が直ぐに分かってしまったからです。


 追いつけなくても、あの感じではまた次の街でも同じように騒ぎを起こすと思ったので、いつかは追いつく、という希望がありました……


 そんな希望を持って、馬車を追いかけた結果が……





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





「おい! その恰好からするとお前は吟遊詩人なんだろ? 何か歌え」


 横柄な態度で命令してくるのは、ふくよかな体格の若い男。

 仮設の机には、豪華な食事が用意され、無駄に豪華な椅子に座りふんぞり返っている。

 身なりの良い服装に、醜悪な顔をこちらに向け左手に持ったワインを飲みながら、値踏みするかのようにこちらをねめつけている。


 傍には初老の執事が能面のような顔でこちらを見据えている。

 そして若い男の視界に入らないように後ろに控えている屈強な男性が二人、獣欲に満ちた目でこちらを見ている。


「聞いているのか? 歌えと言っている!」


「は、はい……」


 なんとか声を絞りだし、いつもの調子でバイオリンを弾きながら歌を歌う。

 この後わたしがどうなるかなんて、考え込まなくてもわかる。

 ただ、この命令に従わなければなんの間も無く、覚悟も出来ないまま蹂躙されるのは必定な状況だった。


 なんとか精神を安定させる為に、歌いながら今置かれている状況を整理する。


 カノン達の後を追い、街道を進んでいるとカノン達が乗っていた馬車が道から外れた場所に佇んでいるのが見えた。

 なぜこんな場所にと思いながらも近づいていくと、すぐそばにカノン達が乗っていた馬車とは違う馬車が止められていた。

 その時に離れれば良かったのだが、好奇心に負けて近づいてしまった。

 するとこちらの気配に気づいた屈強な男に、赤子の手をひねるかのように捕まってしまった。

 体力には自信があったが、速さは足りなかったみたいだ。

 

 そうしてその後、場を仕切っている貴族に歌を歌わせられている、という状況だ。

 逃げ出したいが、逃げられないだろうし逃げようにも、そもそも目的の人物がここにいる、放って逃げる選択肢を選べない。



 辺りは夕闇に包まれている、薄暗くなりつつあるが周囲の景色を歌いながら目だけで見て回る。

 小高い丘から見える湖が夕日に煌めき、鳥が湖面から飛び立つ姿は幻想的だ。

 近くには切り立った崖があり、その下には川が流れ、湖に繋がっている。


 そんな中で、スヤスヤと眠っている女性が三人。

 その三人は、芝生の上に敷かれたふくよかな敷布団の上に、足首と手首を縄で結ばれ転がされている。

 勿論、その三人というのはカノン達だ。


 どうやって眠らせたのだろう、そんな事が頭に思い浮かぶが、何も考えつかない。

 そんな事より、この後起きるであろう身の毛もよだつ凶事が頭の中を飛来するが、想像したくもないので頭の片隅に無理やりにでも追いやる。


 やがて歌が終わってしまい、いまだにどうするか決まらず泣きそうになっていると声をかけられる。


「なかなか歌が上手いな、聖歌隊なみじゃないか」


 満足そうに貴族のボンボンが褒めてくれるが、全く嬉しくない。


「ギル様、いい加減このお遊びをお辞めになりませんか? さすがにアンティフォナ家を敵に回しては……」


 神妙な面持ちで執事がそう進言する。


「いまさらお前が言うのか? アンティフォナ家の馬車を止めたのも、睡眠薬入りのワインを渡したのも、お前だろ。本気で止めたきゃその時に言え」


「馬車を止めて従者を見るまで、アンティフォナ家と知りませんでしたので……それに……いえ、なんでもありません」


 若干悔しそうに顔を歪ませた初老の執事が、言葉を飲み込む。

 そんな執事の態度が気に喰わなかったのか、ギルと呼ばれた貴族が執事に向かって叫ぶ。


「急になんだというのだ!? アンティフォナ家ならこんな事に引っかからなかったとでも言うのか?」


 そうだと言いたげに執事が俯く。

 執事の態度にむかついたのか、持っていたワイングラスを地面に投げつける。

 だが執事は微動だにせず、俯いたままだ。


 そんな執事の態度に更に苛ついてきたのか、顔を真っ赤にさせて立ち上がり執事の頬を叩く。

 その手には指輪を複数嵌めており、装飾部分が頬にあたり血が流れる。


「ふん! 興が反れたわ! あいつらが起きるまでお前で楽しもうと思っていたが、そんな気分じゃなくなってしまった、が……」


 私を舐めるように見ながらそんな事を言い放つ。

 ギルと呼ばれている貴族の目線に耐えられずに、体が震えてくる。


「ふむ……やはり怯えた表情はいいな……」


 舌なめずりをしながら、獣欲が籠った目で見られ、立っている事に耐えられなくなり、ペタンと腰を落としてしまう。

 そんな私の態度が更にギルの嗜虐心を煽ってしまったのか、嬉しそうに命令してくる。


「ほら、歌って見せろよ。その恐怖に打ち震えながら歌う歌声はどんな音色なのか興味がでてきた」


 この時の私は恐怖心からか、感情が不安定な状態で歌うとアンデッドを呼び寄せてしまう事を忘れていた。

 だから子供の頃に好きで何時も歌っていた、「ローレライ」を無意識に歌ってしまった。


 今となってはその歌を歌うと、感情も関係なくアンデッドを呼び寄せてしまう。

 悲しみに彩られた歌だからかもしれない。


 でも最初はそんな事は無かったのだ。成長していく内に、ローレライに共感してしまうようになり、この曲を歌うだけでアンデッドを呼び寄せるようになってしまった。

 好きな歌だったが、アンデッドを呼ぶとなれば、歌えるはずもなかった。

 

 不実な恋人に裏切られ岩山からライン川に身を投げた乙女ローレライ。

 水の精となり漁師を誘惑して舟を遭難させたという。


 そんな私にとっては呪われてしまった歌を、声を震わせながら歌う。





 【ローレライ(Die Lorelei)】


 私には分からない

 どうしてこんなに悲しいのか

 遠い昔の物語が

 心から離れない


 風は冷たく 辺りは暗い

 静かに流れるライン川

 山の頂は夕日に輝く


 美しい乙女が座っている

 金の飾りは輝き 金色の髪を梳いている


 金色の櫛で髪を梳かし

 乙女は歌を口ずさむ

 その歌は不思議で

 力強いメロディ


 小舟に乗った舟人は

 その歌に心を奪われて

 岩礁は目に入らず

 上を仰ぎみるばかり


 舟人は波に飲まれるだろう

 彼女の歌声によって

 それはローレライの仕業






 震えて歌になってない、だが歌い終わってしまうと、きっと始まってしまう。

 だから出来る限りゆっくりと歌う。

 私にとっての不幸が訪れるのを遠ざけるように……


 ギルはそんな私を見て、ニヤニヤと笑っている。

 護衛の屈強な男達も薄っすらと笑っている。


 執事だけが、憐憫の目をこちらに向けている気がするが、助けてくれる気はなさそうだ。


 ならば歌の元になったローレライの様に、そばにある川に身を投げるのもいいかもしれない。

 事が終わればただの吟遊詩人の小娘として殺される可能性もある。

 既に辺りは暗くなり、設置されている照明があるとはいえ少し離れれば見辛いはずだ。

 本気で走れば、護衛が捕まえようとするだろうが、崖に向かって走れば向こうは墜ちると躊躇するはず、こちらが躊躇しなければいけるはずだ。


 そんな覚悟を決め、歌が終わりに近づくともう声では無く、衝撃波と言っても過言では無い叫びがどこからか放たれる。


「うっるさい!!!!」

 

 たぶんそう聞こえたと思う。

 衝撃波を体全身で受け止め軽く後方に吹き飛ぶ。

 あまりにもでかい声で頭がくらくらして意識を失いかけるが、なんとか踏みとどまる。

 もろにその声を当てられていたら気絶していたに違いない。

 その声の主が寝ころんだ状態で、空に向けて叫んだお陰で助かったのかもしれない。

 

 屈強な護衛達も尻もちをつき、ギルは椅子から転び墜ちていた。


「私が眠っている時は静かにしなさい! それに何この不快な歌は!」


 ぶちぶちという音が周囲に響く。

 カノンが両手と両足首を縛っていた縄を、何の抵抗も無いかのように引きちぎり、身を起こす。

 その光景を見ていた皆が唖然として見つめている。

 ここにいる皆が、でかい声で三半規管がやられているのか、誰も立ち上がらないし反応もしない。


 そんな事をまったく気にしないカノンは眠そうな目で傍で寝ているオクトを見つける。


「ちょっとオクト、何寝てるの」


 バシバシと傍で寝ているオクトの腰辺りを叩く。

 薬が切れたのか、はたまたカノンの叩いた部分が痛いのかオクトが目を覚まし、一瞬顔だけを起こし状況を確認すると、手をごそごそとするだけで縄が切れ、足首の縄も手を添えるだけで縄が切れ、すくっと立ち上がる。


「これは一体……」


 そう言いながら、更に状況を把握しようと周りを見て回っている。

 そして一切目を向けず、近くでまだ眠っている女性を足で蹴ると、その女性も目を覚ましカノンと同様に拘束されている両手を見てから、力を籠め縄を引きちぎり呟く。


「む……これは……もしかして盛られた?」


「みたいですね……マチも起きた事ですし……この返礼はどういたしましょう?」


 オクトがまだ眠そうにしているカノンに向けて言い、たぶん首謀者だと思われるギルを睨みながら答えを待っている。

 その目には怒りが灯っている気がする。

 そんなオクトの感情に何も気づかないのか、いまだに眠そうで心ここにあらずという感じで首を傾げる。

 もしかしたら襲われそうになったことに気づいて無いのかもしれない。


 静寂がその場を支配して数秒立つと、ギルの護衛の屈強な男が取り押さえようとしたのか立ち上がる。

 だが初老の執事に手で制され動きを止める。


「貴方達では敵いませんよ……やはり武のアンティフォナ家の従者もまた武人という事なのですね」


「お、おいドルフ! なんとかしろ!」


 ようやく意識が現実を受け止めたのか、ギルが執事に今となっては無茶としか言えないような命令を出す。


「無理です。勝てません」


「ふざけるな!」


「ふざけておりません。ギル様……アンティフォナ家を知らない訳では無いでしょう。からめ手でも拘束出来なかったのならもう無理です。せめて頑丈な鉄の手錠でも用意すればあるいは……いや、無理でしょうな」


 さきほどカノンが縄を何の阻害も感じずに処理した事を思い出したのか、自分で出した意見を自ら否定する。

 たとえ両手両足を塞げたとしてそれが何になるのだろうか、きっと軽く暴れられるだけでぶっ飛ばされて終わるのは想像に難くない。


「お前らも高い金を払っているのだ! なんとかしろ!」


「ご勘弁を……」


 ギルが護衛の二人の男に向けてそう言い放つが、執事の言葉で敵わないと理解してしまったのか頭を下げて動かない。

 顔を真っ赤にしながら地団太を踏んでいると、オクトが目に止まらない速度でギルの目の前に移動してぶん殴る。


 吹き飛ばされたギルは地面で何が起きたかわらずに、殴られた頬を触りながらキョロキョロとして何が起きたか確認しようとしている。

 やがて理解したのか、殴ったオクトに怒声を浴びせる。


「ふ、ふざけるな! 貴族を殴る従者がどこにいる!」


「ああ、申し訳ございません。どうにかしろ、どうにかしろと煩かったのでつい殴ってしまいました」


「客観的に私に非があろうが、一介の従者が貴族に手を出したらどうなるか思い知らせてやる!」


 ギルがオクトに殴られた頬に手を当てながらそう叫ぶが、オクトは気にせず蔑む目でギルを見据えている。


「じゃあそうならないように処理しちゃって」


 カノンが半目で何の感情も無くそう言い放つ。

 いまだに完全に覚醒していないのか、ちょっと眠そうだった。


 その言葉を聞いた執事と護衛が顔面を蒼白にさせて茫然としている。


「さすがにそれは……」


「だってこいつよりオクトの方が大切だし、問題が起きるなら起きる前に摘み取って」


「カノン様……」


 オクトがカノンの言葉に感動している。

 二人以外はあまりの状況に凍りついていると、マチと呼ばれている女性がオクトに声をかける。


「オクト……感動している所悪いけど、お客さん」


「え?」


 そう言って周囲を見ると月明かりに照らされ、浮かび上がっているシルエットが蠢いている。

 よく見て見るとアンデッドが押し寄せてきていた。

 何処にこれだけ居たんだというほど、多種多様なアンデッドがこちらに向かって来る。

 当然私の歌が原因だと分かっているのだが、接敵するにはまだ距離がある、慌てるにはまだ早い。


「こんな大群見た事ない」


「そうですね私も見た事が……あ!」


 オクトがマチの意見に同意していると、何かに気が付いたかのようにカノンを見る。

 薬が完璧に抜けたのか、カノンの顔は満面の笑みになっていた。


「歌っても良いわよね?」


「……はい」


 渋々といった顔でオクトが了承すると、カノンが喜ぶ。

 アンデッドに囲まれているというのに、二人はまったく心配していないようだ。

 やがて歌う準備をする為なのか、カノンがマチに何かを準備させている隙にオクトが私に近づいてくる。


「貴女は今朝会ったローレインさんですね。よければ私達が眠らされている間に何が起きたのかお教え願えませんか?」


「あ……はい……」


 三人のやり取りを見ている内に、震えは止まり恐怖が薄れていたので、今までの経緯を話す。

 話し終わると、オクトが目を瞑りながら息を大きく吐く。


「ありがとうございます。さすがに寝ている間にあれやこれやとされると、色々と鍛えてきた私達でも抵抗できませんから助かりました」


「いえ……偶々ですから……こちらこそ本当に、もうダメかと……」


 話している内に安全だと心の底から感じたのか、目から自然と涙が溢れてくる。

 涙を流している私を労わる様に私に抱き背中をポンポンと叩いて


 そんなやり取りをしていると、ウィンザー家の馬車がこの場所から離れていく。

 走り去る馬車を何も気にしていないかのように見ているオクトに、ことの成否が気になり聞いてみる。


「い、いいのですか?」


「はい、次の街に着いたら旦那様に手紙を書きますので、国が対応するでしょう。それにここであの方達を処罰するのは後々と面倒ですからね」


 それだけなんだと思い、不満が顔に出てしまったのか、オクトが付け足してくる。


「大丈夫ですよ。アンティフォナ家は甘くありませんから」


「あ、はい……すみません」


「ちょっとオクト! まだなの?」


 カノンの呼ぶ声が聞こえ、オクトが肩をびくっとさせ、ゆっくりとカノンの方へと顔を向ける。


「やはり見逃してはくれないのですね……」


 オクトがぼそりと独り言を言うと、トボトボとカノンとマチが居る方へと向かって歩いていく。

 私も同じようにオクトの後ろをついて行く。


「はい、貴女にはこれね」


 そうカノンに言われ手渡されたのは、イヤーマフが取り付けてある帽子だった。


「ローレインだったわね。貴女にはマッドハッターの称号をあげるわ」


「あはは……」


 カノンの言葉を聞いたオクトが渇いた声で笑う、それは全てを諦めたかのような笑い声だった。


「カノン様の歌声は近くで聞くと、鼓膜が破れる可能性がありますから……」


 抑揚の無い言葉でオクトがそう説明しながら耳栓を渡してくる。

 確かに昨晩の歌声は信じられないほど大きな歌声だった。

 耳栓とイヤーマフで凌げという事なのだろう。


 手のひらに乗っている耳栓を見つめていると、カノンが聞いてくる。


「さきほどローレインが歌っていたのは、【ローレライ】ね? 私も歌えるから一緒に歌ってアンデッドを浄化するわよ!」


「あ~あの聖歌では無いのですか? その方が効果ありますし……」


 アンデッドの大群を見ると、やはり確実に効果のある聖歌を、と思い口出ししてしまう。


「今は【ローレライ】って気分なのよ!」


 カノンが腰に手を当ててそう言いきる。

 アンデッドを浄化すのに聖歌を選ばず、普通の歌を気分で歌うと決めてしまった。

 神の声を持っていたとしても、聖歌じゃないとアンデッドに効果が薄いと言う事を知らないのかもしれない。

 だが、昨晩は聖歌じゃなくても絶大な効果があった。

 アンデッドを浄化する為の技術は持っているが、知識と歌の技術は伴っていないようだ。


 なんとちぐはぐな人なんだろう。


 そうこうしている間に、月に照らされた丘の上での演奏会が始まる。

 どこからともなく用意されたピアノに私のバイオリンが合わさりメロディを奏で、歌が始まる。


 カノンの歌声が周囲に木霊し、この地にいざなわれたアンデッド達が全て浄化されていく。

 私がこの歌を歌えば、問答無用でアンデッドを呼び寄せる、しかしどうだろう呼ぶ呼ばない以前にカノンの微妙な歌声とはいえ、全てのアンデッドが浄化されて消えていく。


 その光景を見ながら、久しぶりにアンデッドを呼び寄せる事に怯えることなく、大好きな歌を思いっきり歌えている事に心が躍る。

 ただそれだけで妙な高揚感に包まれ、歌う事が楽しくて仕方が無い。



 非業の死を遂げ未練を残し、この世を徘徊するアンデッド。

 私がもしアンデッドになってしまったとしたら、最後くらいは歌で見送られるのも悪くない、なんて事を考えてしまう。

 人の心に訴えかけるその美しい音色を聴くと、未練、恨み、怒り、憎悪、悲しみ、そんな思いを断ち切れるかもしれない……



 宗教は人の心を救うためにあるのだと私は思う。

 人の心に根付いた信仰があるゆえに、聖歌により失った心を揺さぶられ浄化されるのかも、そんな事を漠然と考えていた。

 だったら聖歌じゃなくても、アンデッドの失った心を揺さぶれるならば、聖歌と同じように普通の歌で浄化する事ができるのかもしれない。


 だとしたら、カノンの歌はたとえ下手だとしても、人の心を揺さぶるだけの力があると言える。


 だからこそ一緒に歌っていて楽しく感じるのかもしれない。


 私はそれを学ぶためにこの人について行こう、そう覚悟を決めた。





※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※





 はい、これが私が初めてカノン師匠と歌を歌った日の出来事です。


 本当に色んな事がピンチで、身を投げる覚悟すらした日でした。

 きっとあのまま崖下の川に身を投げていれば、私はアンデッドになって、この世を彷徨っていたと思います。

 

 しかし世界は広いです。


 武門のアンティフォナ家の事は知識として知っていましたが、まさかこれほどとは思っていもいませんでした。

 普通の縄での拘束なんて、無いようなものみたいです。

 せめて簀巻きにするか木枠の拘束具くらいじゃないと、意味がないらしいですよ。

 オクトさんは服のいろんな場所に、暗器を隠しているらしいですから、腕が動けば脱出できるそうです。

 カノン師匠とマチさんは、普通の縄程度なら問題無く千切るそうです。


 色々と怖いですね。


 まあ自分の事を棚に上げて何を語ってるんだ、という意見はあるでしょうが、そんな事は放り投げます。

 悩んでも仕方が無い事をウジウジ考え込まない、そうカノン師匠に言われたからですけどね。



 この後アンデッドを浄化して、街に向かいました。

 門は閉まっていましたが、無理やり開けて中に入り、夜中でしたが強引に宿に泊まりました。

 勿論私も一緒です。


 結局、御者が出来るという事で従者として雇ってもらいました。

 お礼を、と言われたので必至に頼み込んだ結果です。

 勿論、感情が落ち込んだ状態で歌うとアンデッドを呼び寄せてしまう体質の事も話したのですが、「好都合だわ!」と言われましたね、はい……世界は広いって思いしりました。


 いまとなってはこの日の事も笑い話として語る事が出来ます、幸せな事です。

 ですがオクトさんは、人生最悪の二日間だと項垂れていましたけどね……


 では、また会う日までお元気で!

「Die Lorelei」

ドイツの作曲家フリードリヒ・ジルヒャー(Friedrich Silcher)による1838年作曲のドイツ歌曲。

魅惑の美声で人々を惑わす妖精ローレライ伝説の曲です。


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