恋は偽善者にすらさせてくれない
今までならこの季節は割りかし好きな方だった。
今年はどんなチョコにしようかなとか
彼氏は喜んでくれるかなとか
友チョコ作るのも彼氏への本命チョコも楽しんでいた。
もちろん友チョコは作るよ、料理は好きだし。
でも、彼氏がいるわけでもないしやる気がいまいち出ないってとこかな。
私がやる気が出ない理由はそれだけじゃないんだけどね。
「せんぱーいっ」
アイドルを見つけたかのような目の輝きで私に抱きついてくるこの子は、私の部活の後輩、鈴木 夏帆である。
あ、私は菊下 藍なんだけどね。
「先輩は今年のバレンタイン何にしますか?」
彼氏がいるからってまったくこの子は。
「決めてないけどチョコパイかな」
「頑張りますね、私は適当に作りますよ」
「彼氏いるんだから、ちゃんと作りなよ」
と返すとかったるそうに
「でも、そんなもう好きじゃないし、なんていうか面倒くさいんですよね」
彼氏がいる人の贅沢な悩みってやつか、まぁ仕方ない。
自分もいたから分かる、少し中だるみし始めるとそんなもんだ。
「あ、やばい。もう授業の時間だ。じゃあ今度渡しますね」
慕ってくれてる夏帆ちゃんは可愛くて、どこか憎めないけども、彼女とは少し距離を置きたいところなんだ。
女というのは、複雑で偽善者にすらなれない生き物なのだ。
「あぁあ、完全に気に入られてるね、藍」
「うるさいな、わかってるよ」
茶化すように後ろからやって来たのは大楽 佳乃子だった。
「いいの?本当は別れればいいとか思ってるんじゃないの?」
この佳乃子は偽善の"ぎ"の字もない女なのだ。
でも、私は違う。私は偽善者だ。
「そんなこと言わないで。人の不幸願って自分が幸せになれるわけないでしょ」
「そんなこと言ってるからいつまで経っても付き合えないんだよ」
「そこまでして付き合おうとなんてしてません」
佳乃子は呆れた顔をして先に次の教室へ行ってしまった。
「あ、こんにちは」
なんか今日は忙しいな。
なぜなら後ろから噂のぼくちんが現れてしまったからだ。
「あの、なんか疲れてますか?」
「ううん、大丈夫よ」
なによ、ちょっとの変化に気づいちゃう、みたいな?
そういう優しいところがさ、わかってる、勝手に自分が盛り上がってるだけ。
「あぁもう始まっちゃうね、バイバイ」
会話とともに侵食される自分の心のスペースを無くさないようにいつも適度に会話をぶったぎる。
佳乃子を急いで追いかけると彼女は話したことを知っていたのか、にんまりと笑みを浮かべていた。
「何か話した?」
「話してないよ、そんな大したこと」
「なんだ、つまんないの、バレンタインのチョコくらい渡すんでしょうね」
「まだ考え中」
と告げると
佳乃子は少しふてくされていた。
彼女はどこか私の話を面白がっているようにも思えた。
だから、今日はちゃんと話すと決めていた。
「渡しなさいよ」
と言われたのでこれがチャンスだと捉えた私は自分の想いを彼女に告げた。
「私はね、これ以上好きにならないようにしてるの。だって迷惑じゃない、学年2つも上の人から好きになられたって、変に避けれないし申し訳ないだろうし、そんな想いさせたくないの。佳乃子からしてみれば他人事かもしれないけど、これは私と彼の大事な話なの。フリーならまだしも彼女いるのに、そんな目立つアプローチなんて出来ないし、したくもない」
「だからこそ、渡すべきなんじゃないの」
「なんで?」
やっぱり呆れた顔をして佳乃子は私に語り始めた。
「ダラダラ好きでいられるよりもすぱっと告ってすぱっと振られた方が相手の子も楽だと思うけどね、だって言ってないだけで絶対バレてるし。そう考えれば隠しきれてない時点で告ってしまうべきなんだろうけどな。私が言いたいのは、いい人みたいに相手のためなんちゃらとか言いながら結局偽善者じゃん。自分がいいタイミング見計らって付き合いたいだけじゃん。そんな偽善者なら真っ向からいったほうが、よっぽどいいね」
ごもっともというやつだった。
「だから、渡しなよ、チョコ」
彼、米倉 大輔は、私の後輩で私の好きな人。
最近は気持ちも少し落ち着いたはずだった。
この季節が落ち着いていた私の気持ちを思い出させ、再燃させているが、盛り上がって調子に乗るわけにもいかないんだ。
これは私の片思いイベントでもあると同時に恋人同士のラブラブイベントでもあるのだから。
「ごめん、でもチョコはやっぱり考える」
「後は藍に任せるよ」
それから講義中も帰りの電車も自分の部屋でも必死に考えた。
渡すべきか、やめるべきか。
それでも答えの出なかった私は作れば答えが出るじゃないか、など浅はかな考えの元、友チョコを作っていた。
思い出すのは彼の笑顔と優しい仕草と優しい言葉たち。
なんだ、渡すべきかとかやめるべきかとかじゃなくてさ、ほんとは
美味しいって笑ってほしいんじゃん。
自分に向かって、美味しいってさ、ただそれだけなんだよ。
どんなにかっこいいこと言ったって、
いい人のふりしたって
結局はそれだけ。
バレンタインの1日だけは自分のわがまま通してもいいかな。
数日後
「ごめんね、友チョコ配ってたらこんな時間になっちゃってさ、はい、これ大輔の分」
「あ、ありがとうございます、作ったんですか?」
「うん、でも、これは写真で言ってたのと違うやつですよね」
そう、私が写真で作ったのをなんとなくメールで送ったのはチョコパイで、私が大輔に渡したのはマカロンだった。
ストロベリー味のピンクのマカロン。
「そうだよ、これは大輔用」
私が仕掛ける最後の勝負だった。
でも、本当は受け取ってくれただけで満足だよ。
たとえ彼女がいたって
たとえ友チョコだって思われたって
たとえ私のことが好きじゃなくたって
たとえ私の気持ちにすら気付いてなくたって
君が笑顔で受け取ってくれた。
私はそれだけで満足だよ。
なんてね。
「藍さん」
そして、願わくば