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救済の贈り物に親愛の花束を  作者: 草結
零章 始めるための物語
2/4

あなたを眠りの中に見た朝

 ちょっと遅めのバレンタインデーの第二話。

 固有名詞の設定や表現の調整で長らく空けてしまいました。猛省しております。

 ひとまず作者の方針について五点お伝えいたします。


・こちらは情の深い姉と愛しい妹が繰り広げるめくるめくおねロリの世界を志した小説です。


・一週間に一度、日曜日か月曜日零時に更新できればいいなぁ……、と考えております。


・成り上がりはあまりありません。


・このままのペースでは平成のうちに異世界に行けない(おねロリを始められない)おそれがあるので、転移後の話をメインに、合間に前日譚を投稿する予定です。


・作風が合わない、二箇月待つほど面白くない等感じられたら、速やかにページをお閉じになることをお勧めします。


 作者としても、一部分のボリュームを減らす等の手段をとってペースを上げることを目標にがんばります(四月一日は絶対何かあげたい)。

 以上のことにご留意された上で、引き続き本作品をお楽しみください。

 その朝は、浸み、蝕むような冷気も爽やかに感じられる、そんな朝だった。

 カーテンを透る淡い光にまぶたが小さく震えた。

 倦怠感に引き留められながら、微睡(まどろ)みの中うっすらと開いた目に映る光景に違和感を抱いて、おもむろに身を起こし首を巡らす。


 まず目の前に、今の状態で肩までの高さしかない箪笥とハンガーに掛けられた制服。部屋の端には、(あるじ)に不釣り合いな重厚感を醸し出す焦げ茶色の扉。そして右手に、小学校入学のお祝いに買ってもらった学習机と学校でもらった教材が分けて入れられた書棚。

 いつもと同じ自分の――日本の高校生・姫上(ひめかみ)舞愛(まいあ)の部屋。


 ――そっか。夢、だったんだ。


 さっきまで見ていた景色も、聞いていた会話も、(うつつ)と見紛うばかりの、しかしそれだけの幻にすぎないということをようやく悟り、布団を()けて大きく体を伸ばす。

 時計が示す時刻は六時。

 その不思議な夢の意味を漫然と考えながら、舞愛(まいあ)は学校の支度に取り掛かる。


 二月七日。

 今日は、彼女の、高校の卒業式であった。




 その後朝ごはんの調理中に起きてきた父親の準備を待ち、一緒に学校に向かった。

 校門で分かれて自らの教室に入ると、廊下に比べ幾分温かい室内にはすでに幾人か先客がいた。

 クラスメートを横目に、舞愛(まいあ)は静かに自席に座り、鞄から取り出した古文の単語帳の適当なページを開いて回想に耽る。

 夢はおよそ三時間経った今でも鮮明に思い出せた。


 白に金の縁取りが施された調度品の数々で飾られた部屋、(にじ)み出る高級感を照明が煌々と照らし出す。

 優麗な佇まいで候う人たちは、その彫りの深くない、親しみやすい(かんばせ)によく調和のとれた明るい色の髪を頂いている。

 めくるめく空間の中、言葉数少なく座る白金(プラチナ)の髪の少女に舞愛(まいあ)は目を引かれた。

 年の頃は十歳くらい。その小さい体に綺羅の(あいだ)においても一際光輝を放つドレスを纏っていた。

 しかし、それ以上に印象に残ったのが、彼女の儚げな面差し。

 貴く。

 美しく。

 何より。

 覚えはない、はずなのに。

 どこか懐かしい感じがした――


「おはよう、(まい)ー。相変わらず早いねー」


 沈思の最中(さなか)、不意に自らを呼ぶ声が聞こえてきて顔を上げた。

「おはよう、宥璃(ゆうり)。今日もいい天気ね」

 すぐ傍、机に右手をついて舞愛(まいあ)の顔を覗き込んでいたのは、肩まで伸ばした髪を後頭部でくくった少女。

 小学校からの友人・宥璃(ゆうり)こと編河(あみかわ)宥璃(ゆうり)である。

「そうだなー。誰かが『空も皆さんの門出をお祝いしています』って言うかも」

「中学校の時も聞いた気がするなぁそのフレーズ」

 いつも通りの、小学校から幾度となく繰り返されてきた軽口の応酬。

 こんなたわいのないやり取りも、これからは稀になるだろう。

 心なしかちょっとたどたどしい二人の卒業式の予習・復習は担任の教師の点呼まで続いた。




 そして卒業式が始まった。

 舞愛(まいあ)はというと、校長・理事長・同窓会長による祝辞、現生徒会長による送辞、前生徒会長による答辞の全てを聞き流して今朝の夢に思いを馳せていた。


 かくして卒業式が終わった。

 生徒は教室に帰され、めいめいに思い思いの放課後を過ごし始める。

 舞愛(まいあ)は友人一家への挨拶に行こうと鞄に賞状入れを仕舞って席を立つ。

 すると、まさに話し掛けようとしていた相手からお呼びが掛かった。

「舞ー、この後、空いてる?」

「うん。……もしかして私にお誘い?」

「うん、ちょっと食事付き合ってよ」

 続く名前に舞愛(まいあ)はなるほど、と喜色を隠さない苦笑を浮かべた。




「ねえ、舞愛(まいあ)お姉ちゃん。……高校卒業して、どこか遠くに()ったりしない?」

「うん。家から通えるところに行くつもりよ」

「良かったぁ。じゃあ、また一緒にお話できるね! はい、あーん」

「あーん。……あ、おいしい」


 高校生たちの談笑の声のさざめくファミリーレストランの一隅に、黙々と食事を口に運ぶ一人と、その向かいと横で藹々と会話に花を咲かせる二人、あわせて三人の少女の姿があった。

 後者、周りの生徒たちと同じ制服に身を包んだ長い髪の少女は、短い髪を一房頭の右側でくくった年下の少女――宥璃(ゆうり)の妹・思玻(しいは)のおこぼれに(あずか)っていた。


 しばらくすると、二人のやり取りをよそにしめやかに食事に(いそ)しんでいたポニーテールの少女が加わった。

本当(ほんと)(しい)、舞のこと大好きだよね。なんというか……マイ()コン?」

「うん、お姉ちゃんと違って大人っぽくて優しいもん」

「言ってくれるじゃないの、不肖の妹のくせに」

 さらっと言った妹のこめかみを中指の第二関節で圧迫する友人――被害者に余裕がある様子を鑑みるに手加減はしているらしい――。

 そんな姉妹を目を細めて眺める。


 彼女たちとの交わりは忘れもしないあの日からだった。

 二人とも自分を気の置けない友達として付き合ってくれて、特に(思玻)は逢った経緯からよく懐いている。

 自分に親しく接してくれる彼女たちとの日常は今の舞愛(まいあ)にとっての一番の癒しであった。


 傷付けたくない。

 その思いで、舞愛まいあは()()()()()にも気付かないふりをしていた。


 そうしていつも通りに彼女たちとの時間を楽しんでいるうちに時刻は四時にさしかかり、食事会はお開きの流れとなった。

(しい)、トイレ行ってくるね」

「んー、いってらっしゃーい」

 (思玻)がお花を摘みに行く旨を宣告し、それに(宥璃)がおざなりに返事する。

 小さな身体が見えなくなると、宥璃(ゆうり)舞愛(まいあ)に目を向け、問い掛けた。

「ねえ、舞」

「ん、(なぁに)?」

 何げない問い掛けに舞愛(まいあ)も何げなく返した。

 その顔には、(くも)りのない、それでいて落ち着きを湛えた、(さや)かな月を思わせる微笑み。

 本当に幸せそうなその表情は、彼女に最も似合う表情で。

 九年間の付き合いで見慣れているはずなのに、思わず腰が引けてしまう。

 宥璃(ゆうり)は続きを口に出すのをためらい、しかし覚悟を決めて問い掛ける。

「朝、単語帳の同じページずっと見てたみたいだけど何か考えごとでもしてた?」

「えっと、そうね……たしか晩ごはんの献立を考えていた、かな」

 本当は夢のことを考えていた。

 でも、あの少女は記憶の整理の過程で生み出された幻影だいう結論に、貴重なお話という犠牲を払って辿り着いたのだ。

 それもあって、この件について大切な友人に気遣ってもらうつもりはなかった。

 しかし、友人(舞愛)の性格をよく知っている宥璃(ゆうり)は彼女への追及を続ける。

「ふーん……。じゃあ卒業式の間は?考えごとしてるみたいだったらしいけど」

「熱心に聞き入っていたのがそう見えたんじゃない?」

「じゃあ問題。『空も皆さんの門出をお祝いしています』と言ったのは誰でしょう。 一番、校長。二番、理事長。三番、同窓会長」

「……一番」

「いや、誰も言ってなかったよ」

 小声で解答する舞愛(まいあ)であったが、正解は非情にも存在しなかった。

 嘘をつけない友人に宥璃(ゆうり)ははぁ、と溜息をつく。

「悩みがあるなら教えてほしい。舞の力になりたいから」

 彼女が自分のことを心から気に掛けてくれているのが、舞愛(まいあ)にはよく伝わった。

 嬉しい反面、情けなかった。

 舞愛(まいあ)は友人の心配を拭い去るように話し掛ける。

「ありがとう。でも、もう大丈夫だから、ね?」

 宥璃(ゆうり)としてはそれで納得がいく訳はなかったが、パフェのクリームをスプーンで口に突っ込まれて、否応なく黙らされる。

 目の前の舞愛(まいあ)はにこにこと笑っていた。


 やっぱり、この不必要に思慮深い友人は魔性の女だ。

 宥璃(ゆうり)はもう一度歎息して、友人の悪いところ、そして自分が彼女をかけがえなく思う所以(ゆえん)を再確認した。




「ばいばい、舞愛(まいあ)お姉ちゃん!」

 思玻(しいは)の元気な声が住宅街に響く。

「それじゃ。また試験後にでも」

 続いて宥璃(ゆうり)が再会への展望を伝える。

「ばいばい、宥璃(ゆうり)(しい)ちゃん。また二週間後ね」

 最後に舞愛(まいあ)がより具体的に約束を取り付けた。

 小さく手を振って姉妹を見送り、自らも帰路に就く。


 朱く暮れなずむ空に黒く染まる街。

 和やかな空間の余韻に、黄昏の世界で空気が一層冷涼になる。


 九年のうちにも少しずつ変わっていった街並みに思い出を重ねる。

 赤信号を前に足を止めて考えた。


 私は今、幸せだ。


 家族にも友人にも恵まれて。

 家族(お父さん)とは学校での近況について語ったり、洗濯や掃除を手伝ってもらったり。

 友人(宥璃と思ちゃん)とは学校で宥璃(ゆうり)本人や編河(あみかわ)家の話を聞いたり、校外で色々な店を巡ったり。

 緩やかな日常を、毎日穏やかに過ごしている。

 自分が幸せだと思えること。一度あの日になくしたもの。

 それが今ここに、ちゃんとある。


 だから、私は今、幸せだ。


 でも、だったら、どうして私は今になってそんな当たり前のことを確かめているんだろう――


 そこまで考えて色の変わった信号に気付き、足を前に動かす。

 足を動かしながらも考えた。


 どうそて今日はこんなに頭の中がぐちゃぐちゃなんだろう。

 これからは友達とあまり会えなくなるから?

 それとも――あの夢がずっと引っかかっているから?


 体が覚えている帰り道を足がただ辿る。

 視界の端で足が小石を蹴飛ばした。


 違う。もう夢のことなんて考えていない。あれは全部脳が作り出した幻影だったんだ。

 ――じゃあ、あの女の子の姿がしきりに心を(よぎ)るのは? 誰かを思い出すから、でしょ?


 足下がおぼつかなくなる。これ以上の深読みを潜在的な自分が拒んでいるかのように。

 それでも、これが今求められている気がして、考えることを自分で止められなかった。


 ――自分の幸せが信じられないのは、()()()()()()()()()()()と何が違うから?


 程なくして足が止まる。

 答えが、分かった。


 ああ。そっか。

 気付いていないとごまかしていただけで、すでに気付いていたんだ。 

 そうでもしないと、もう叶わないことを願ってしまうから。


 私は、あの子に――


「――()()()に、会いたい」

 溢れ出たのは、ずっと抑えつけて閉じ込めてきた、彼女の、姫上舞愛の本心だった。


 もっとぎゅっと抱きしめたかった。一緒にお父さんにありがとうを言いたかった。彼女たちと友達になってほしかった。

 会話、勉強、料理、旅行……。

 やり残したことはいっぱいあるけど、一番は。

 幸せを、あげたかった。

 私はたくさんの幸せをもらったのに。

 全然彼女に返せていなかったから。


 もう自分を騙すことはできなかった。

 溜め続けてきた悔いと憂いで心が塗り潰され、それ以外何も考えられなくなる。


 あの頃に、戻りたい……。

 会いたい……。会いたいよ……。

 せめてあと一度だけでも……。

 どうして……? どうしてこんなに遠いの……?

 あなたがいないと壊れてしまいそう……。

 ねえ、お願い……。もう一度私を呼んでよ……。

 あなたの隣にいたいの……。しぇり……――


 その時。

「にゃあ」

 足下から鳴き声が聞こえた。

 肩をびくっと飛び跳ねさせつつ目を下にやる。

 黄玉さながらの光彩を帯びたつぶらな目が神秘的な黒猫だった。

 その猫は舞愛(まいあ)の足にすり寄ってきて、ごろごろと喉を鳴らしている。

 舞愛(まいあ)はゆっくりとしゃがんで猫を撫でた。

 撫でること十数秒。心が落ち着いた、ような気がする。


 ふとその首筋に目をやると、青い首輪とそこに挟み込まれた紙切れを見つけた。

 紙切れを取り出して開く。書かれていたのは数字の列。多分飼い主の電話番号だろう。


 そこで猫が動き出し、茂みを(くぐ)っていった。

「あっ……」

 茂みの向こうに向かおうと辺りを見回し、知る。

 そこは、昔(しぇり)と一緒に毎日のように遊んだ思い出の公園、その前であった。

 しばし感傷に囚われる。

 頭の中で、あの日々の光景がその時々の感情と一緒になって駆け巡った。

 叶わないその願いがどうしようもなく膨らんでゆく。

 しかし、道の真ん中で立ち尽くしている状況を口実に、それに目をつぶって、猫を追い敷地に足を踏み入れた。


 猫はベンチから舞愛(まいあ)を見つめていた。

 舞愛(まいあ)がその横に腰を下ろすと、猫はその膝の上に飛び乗った。

 猫に微笑みかけて電話を掛ける。

 相手はすぐに電話に出た。

『もしもし』

「もしもし、あの、青い首輪の黒猫を見つけたのですが、飼い主の方ですか?」

『ああ、ありがとうございます。ずっと探していたんですよ』

 意外に冷静な口調。

 舞愛(まいあ)の耳朶を撫でたのは、神さびた存在感の中にも包容力がある、荘厳かつ柔和な声だった。

『こちらからもお伺いしたいことがあるのですがよろしいでしょうか』

「はい、どうぞ」

『単刀直入にお聞きします。


 あなたは、姫上舞愛様ですね?』


 一瞬、息が詰まり、声が出なくなった。

 それにも関わらず通話を切らずにいられたのは、それがただ恐怖だけではなく、憂慮と()()が混ざりあった一種の予感に()るものだったからだろう。


 そして、次の刹那、彼女の人生を大きく狂わ(ただ)すことになる、その言葉が紡がれた。


『私、舞愛様のご令妹・姫上しぇり様の縁の者でございます』

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