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6話

 さて、今のこの時点において、俺が真っ先に考えなければいけないことはなんだろうか。少し考えただけでも、考えるべきことはいくつかあるだろう。

 まず、昼飯は何にするか。

 それから、晩飯は何にするか。

 今月の光熱費や家賃などを考えると、今月使える金はあといくらくらいか。

 ズボンに穴が開いたが、直すべきか新しいのを買うべきか。

 遠くに住む妹は元気か。

 ……とまあ、列挙すればきりが無いことは確かだ。

 だが、どれだけ並べ立てて現実逃避と洒落込もうとも、結局、元の場所に思考は戻って来ざるを得なくなる。

 すなわち、あの日以来、なぜかこの部屋に居つこうとしている異邦人をどうするか、ということだ。







 謎の女を拾い、謎の女に襲われ、そして何とか助かったその翌日。朝、目を覚ました俺は、すぐ横で寝息を立てる金髪を見つけて大いに慌てた。

 昨日はなんだか良く分からないうちに部屋に戻り、横になったという自覚も無いほど直に寝入ってしまったのだが、どうやらそのとき、クロエもさも当然のようについて来ていたようだ。

 しかし、朝起きたら女が隣で寝ていたというこの状況。経験が全く無いとはいわないが、それでも限りなく白に近い無垢なシャイボーイであるところの俺だ。無論、心臓が止まるかと思うほどに驚いた。

 だが、そんな驚きなどただの序章であったことに、俺はそのとき気付いていなかったのだ。


「うん、ここに住まわせてもらえないか」


 目を覚ましたクロエに対し、何でここで寝てるんだという質問を浴びせたところ、クロエは眠そうに目を擦りながらそうのたまった。

 当然、意味が分からない。

 どこの世界に会って三日、実際に顔をあわせたのが一日で同棲に発展する男女がいるというのだ。……いやまあ、探せばいるかもしれないが、常識的に考えれば有り得ない。

 だが結局、押し切られた。

 名誉のために言っておくと、俺はしっかりと断った。断ったのだが……俺はどうやら押しに弱かったらしい。頼み込んでくるクロエの真摯な目を見ているうちに、なんだか抵抗する意思を削がれてしまった。

 だが俺にもプライドがある。だから、クロエの滞在に条件をつけた。



 ――『俺かクロエのどちらかが、この生活に嫌気が差すまで』



 ……俺は、本当に押しに弱かったらしい。







 開け放った窓から、乾いた風が吹き込んでくる。雲の無い空に太陽は明るく、そろそろセミが鳴き出しそうないい天気だ。


「それじゃあ、お前がここに住むにあたって必要になるものについてだが……」

「うん、なんだ?」


 向かい合う俺とクロエ。

 平日の昼間に俺は何をやってるんだと思わなくも無いが、クロエがここに住む以上は、それなりのことを考えてやらねばなるまい。面倒だからといって、放任するわけには行かないのだ。昔の人は言った「動物を飼うなら、責任を持って世話をしろ」と。


「とりあえず、大家さんに同居人ができたって言わないとな。契約違反で追い出されたら目も当てられん」


 まあ、大家さんは優しそうな爺さんだから、そんなに急がなくてもいいかもしれない。


「オオヤサン?」

「……大家ってのはな、簡単に言えばこの部屋を貸してくれてる人のことだ」

「うん? ここは正成の家じゃないのか?」

「ああ、家賃……金を払う代わりに貸してもらってるんだ」


 そうだったのか、となぜか神妙な顔で頷くクロエ。

 首を動かすたびにサラサラと流れる金の髪がなんとも色っぽ……ああいや、なんでもない。


「さて、じゃあ大家について分かったところで、本題だ」

「そうか」

「そうだ、お前の服についてだ」

「服? 着てるぞ?」

「ああそうだな、ちゃんと着てるな。だけどな、そいつは俺のシャツとズボンだ。それずっと着てるわけにはいかないだろ」

「そうなのか?」


 見た感じ二十歳前後の外人が、まるで子供のように首を傾げる姿はなんともシュールだが、そもそもこいつは俺の話を理解しているんだろうか。どうにも、さっきからの反応を見るにこちらの常識が通用してないんじゃないかと思いたくなる。こんな六畳一間の狭い部屋で二人向かい合って話していると、俺の方が間違ってるんじゃないかと勘違いしてしまいそうだ。


「そうなの。普通はな、服は何着か持ってるもんだ」


 俺がそう言うと、クロエの肩がぴくりと小さく跳ねる。


「うん、分かった。じゃあどうすればいい?」


 俺の言葉のどこが琴線に触れたのか、要領を得ないといった表情が、がらりと興味津々へと変わる。


「ああ、そうだな……じゃあ駅前にでも買いに出るか」


 駅前ならば、大小様々な店が並んでいる。若者向けから婦人服まで幅広い。

 早速出かけようと立ち上がったそのとき、重要なことを思い出した。


「ん、どうした?」


 俺に習って立ち上がったクロエが、動かない俺を見て首を傾げる。


「そういや、下着も無いんだったな」


 最初に倒れてたときの服はボロボロの血まみれで、元の色が分からないほどだったから、できるだけ見ないように、触らないように着替えさせたのは俺だ。下着が無いことは分かっている。

 しかし、これはなかなかの難題だ。

 服は勝手に選ばせとけば良いが、下着はそうもいかない。なにより、俺が売り場に入りたくないし、レジで金を出すのもなんか嫌だ。だが、買わないわけにはいかない。

 なんというジレンマ。


「おお、小さな箱の中に小さな人が……いや、これは遠くの映像を映してるのか? 魔力による擬似神経回路の構築とその遠隔操作、か? ……おお、なんという高等技術!」


 我慢して買う、恥をかくくらいなら買わない、そこらの家の軒先にぶら下ってるのを拾う……選択肢としてはこんなもんか。あ、あと根気よく落ちているのを探す、とかもあるな。


「おお、箱の中が冷たい。食料庫か。いやしかし、この壁の厚さと周囲の気温を考えれば常時冷気を発生させなければならないはず……そんな膨大な魔力をどうやって……」


 ……いや、真面目に考えよう。どうやら、俺が黙ってるのをいいことに家捜しと洒落込んでいるクロエが、俺の集中力を乱しているようだ。


「ん、なんでこんなところに隠すように……おお、裸の女がたくさん」

「うおおっ、その引き出しを開けるな!! 見るな!! 仕舞え!! そして俺に謝れ!!」

「ご、ごめんなさい……」


 と、いきなり怒鳴られて驚きながらも謝るクロエを見ていたら、あまり思い浮かべたくない顔が頭に浮かんだ。いや、意図的に忘れていたというべきか。

 クロエと同じように家捜しをして、いろいろあった挙句に同じ引き出しを開けたやつ。唯一違っているのは、俺が怒鳴ってもやつはニヤニヤしながら反省など欠片もしなかったというところだ。


「……この際、背に腹は変えられんか」


 今のところ、やつ以外に今の状況で頼れるやつはいなさそうだ。俺は少しばかり躊躇しながら、携帯のアドレス帳を開いた。

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