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雲居藩妖怪抄  作者: 川端柳
第三幕――○○○(????)
96/267

23-(4)

 昨日と変わらぬ威圧感が、伊織の体に上からの重みを誤認させ、足を竦ませる。地に足のついていない気すら起こさせるが、それでも身動きが取れない訳ではない。目の前で大蜘蛛に対して怯むことなく威嚇を続けるすゞの姿が、少なからず伊織の心に余裕を持たせていた。


 妖怪同士の睨み合いのまま、これといった動きはない。




 その均衡を破ったのは、伊織だった。


 すゞの後ろに庇われるように立っていた彼は、すゞの背に手を添え、おい、と大蜘蛛に声をかけた。自然、視線は彼へと集まる。一度視線を落とした伊織は一つ深呼吸すると、改めて大蜘蛛を見上げた。


「今一度、交渉の余地はないのか?」


 伊織の問いかけに、大蜘蛛は訝し気に顔を歪める。逆光で表情が見えない伊織は、大蜘蛛から答えのないまま言葉を続けた。


「わが藩としては、この山が安全であればそれで良いのだ。お前がこの地を去ってくれさえすれば、こちらとしても争う理由はなくなる。正直、これ以上怪我をしたくもないしな。それに、あの時の陰陽師が未だにお前を祓おう、と躍起だ。今ならまだ間に合う筈だ。異世、に引き上げてはくれないか? あの陰陽師、下手をすればどこまでも追ってくるぞ」


 言いながら、馴染みのない単語に何度も首を傾げる。伊織にとって、妖怪や陰陽師といったことは、やはり縁の遠いものなのだ。それでもなんとか言葉を繋いで説得を試みた。


 だが、伊織の言葉を大蜘蛛は一笑に付した。


「長々と下らぬ話をしにわざわざ戻ってくるとは。ご苦労なことだ」


 眼下にいる一人と一匹に聞こえるか聞こえないか位の声で独りごちた大蜘蛛は、自ら糸を切って彼らの前に降り立った。見た目の大きさ通りの重みを感じさせる着地音に、伊織とすゞは身構える。木々の後ろから僅かに差し込む夕日に照らされた鋭い牙は赤い光に彩られ、血に濡れているようにも見えた。


「たかが数十年しか生きておらぬ小童が偉そうにほざくな。交渉は強き者から齎されるものだ。食われることしかできぬ人間風情が、申し立てなどできるものか。お前たちは食ろうている畜生の言葉に耳を貸すのか? 獲物をどうするのか決めるのは、いつだって食らう側だ。それが嫌なら逃げおおせれば良いだけではないか。早々にこの地を去っただけ、この山におった獣どもの方が幾分か賢いのではないか?」


 金属のあたるような音の後、ゆっくりと口元が開かれた様は、嘲笑しているように映った。伊織の背筋を寒気が走り、すゞは毛並みを更に逆立てる。


「潔く諦めよ。獲物どもが」


 そう言葉を吐き捨てたかと思うと次の瞬間、大蜘蛛が勢いよく伊織に向かって迫ってきた。伊織は慌てて刀に手をかけたが、鞘から抜くの前にすゞが間に立ちはだかる。威嚇する時の、歯の間から息が抜けていくような鳴き声を発し、大蜘蛛に向かって前足を繰り出す。大蜘蛛が数歩後退し、鋭い爪は空を切った。


「旦那様、今のうちに土御門様と合流を」


「分かった」


 すゞを残してその場を離れることに抵抗を感じながらも、元来た道へ足を進める。後ろを気にしながら走る為、足は自然と遅くなる。走りながら伊織の頭に浮かんだのは、あの姿でもすゞは喋ることができたのか、ということだった。


 場違いな考えをしているなど夢にも思っていないすゞは、後退しながらも大蜘蛛を牽制する。伊織から少し遅れ、土御門たちと別れた場所に辿り着いたが、そこに土御門の姿はない。伊織も刀を抜きすゞの隣に立つが、二人がかりでも勝てるのか、正直すゞにも確信が得られない。






 それは突然、上空から降ってきた。

お読みいただきありがとうございます。


新年明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願い申し上げます。


今回、大蜘蛛が随分語っていましたが、悪役は言葉が多ければ多い程、雑魚感増すのは何故なのでしょうか。

書いている時はあまり思いませんでしたが、読み返すと面白くなってきてしまいました。

その一方で語り過ぎるラスボスというのが生まれ続けるのは、これまた何故なのでしょうか。

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