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伊織は山路を登りながら、こう考えた。
怪我をした翌日の登山は、やはり堪える、と。
病み上がりどころか完治もしていない伊織は、山の中腹にすら到達していないにも関わらず、既に肩で息をしていた。何度膝に手をつき、体力回復を試みたことか。下腹部の動く大きな息の吸い方をする度に脇腹の傷に動きが伝わり、痛みが走る。脂汗は額から月代にかけて滲みで出ていた。
「どうしたのですか? へたばるにはまだ早いですよ」
少し前方を行く土御門が振り返って彼に声をかけてくる。怒鳴り散らしてやりたいところだが、伊織は今やその気力すら湧かない。すゞが肩に手を添え、大丈夫ですか、と何度も尋ねてくるが、伊織が答えを返せたのも初めの数回のみ。返事などしなくとも分かるだろう、と言いたげだ。実際、すゞは伊織が大丈夫ではないことなど分かっている。それでも結局、そう声をかけるしかなかった。
前を行く土御門は楽々と山路を登っていく。そしてその先を鬼たちが警戒しながら歩いている。昨日の息切れが嘘のようだ。実に楽しそうに歩いている。
「旦那様、私に乗りますか?」
すゞがこう尋ねたのも何度目だろうか。心から心配しての言葉だと伊織も分かっている。人の姿をした彼女に背負われる訳ではないことも。猫の姿のすゞへ馬同様に乗るのだろうことは想像に難くない。それでも伊織には、なんだかそれは憚られた。
同じような問答、話を繰り返し、何度も休憩を重ねながらも、どうにか昨日土御門たちと出会った場所に辿り着いたのだった。
日は既に天辺から少し傾き始めている。
「一先ずお昼に致しましょう。私、お腹が空きました。その間、式たちには周囲を探らせます」
「後でこいつらも飯にさせるからな」
「ご自由に」
敵の領域内である以上、警戒は怠れない。腹が減っては戦が出来ぬ、とも言うのも事実。伊織は妥協案を示したが、土御門は興味がないらしい。反発されないのならば、と伊織はそれ以上は言わなかった。
すゞは二人の険悪な雰囲気を漂わせる会話に慣れ始めたのか、昼食の弁当を二人に手渡していく。伊織は一言礼を述べたが、土御門は無言で受け取り何も言わずに食べ始めた。すゞも鬼たちと同じく食事は後にしようとしたが、伊織に何度も食べるように言われ、結局一緒に弁当を広げた。
食事中会話が無いのは当然だが、目すら合わない重い空気の中、咀嚼音だけが静かな空間の中で良く聞こえた。
途中、鬼たちが入れ替わり土御門へ報告に現れた。土御門が二三言指示を出し、鬼は頭を下げ、森の中へと消えてゆく。会話を耳を傾けていると、鬼を赤や青と呼んでいるのが聞こえ、伊織は土御門に訊きたくなった。
「色で呼んでいるんだな」
「区別の為にそう名付けたのですよ。本当の名前は病鬼と犯鬼なんですけどね」
「本当の、名前」
伊織は、字や渾名のようなものかと思った。そう思えば存外、土御門は鬼たちと良い関係を築いているのではないかとすら思えてくる。自身と兵衛のような、互いを信頼し良い関係でいるからこそ、文句も言うし邪険にしたりもする。そういうことなのだろう。
「そういえば、その猫又の本当の名前は何ですか?」
お読みいただきありがとうございます。
明日は10月31日。ハロウィーンですね。
毎年渋谷のスクランブル交差点の様子をニュースで見ると、
ハロウィーンなんだ、と実感していましたが、今年は拝めないようですね。
当事者としてハロウィーンを満喫したことなど殆どないのですが、
祭りを外から眺めるのも嫌いではないので、これからも外野の予定です。




