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雲居藩妖怪抄  作者: 川端柳
第三幕――○○○(????)
88/280

21-(4)

 奉行所へ山に行くことを告げ、刀工の所へ向かう伊織の足取りは普段よりも明らかに遅い。




 奉行所では、既に与力たちを通じて申し送りがされていたのか、京からの来訪者の対応を伊織が一手に引き受けたことは周知のことだった。引き受けさせられたのだと、誰もが思ったが、口に出す者はいない。自分にお鉢が回ってくるなど、それこそ誰もが遠慮したいことだ。ただ、同情の視線を向けられるだけだった。


 広間にはほとんど怪我のなかった九曜が、いつものように勤めを行っていが、櫛松の姿は広間だけでなく建物のどこにもない。聞けば、昨夜家に戻ったまま、療養となったそうだ。


 目的を果たし奉行所を出る前、いつものように兵衛が呼び止めてきた。普段なら放っておく伊織だが、この時ばかりは足を止め、彼が来るのを待つ。


「聞いたぞ。なんだか大変そうだな。まぁ、なんだ、頑張れ」


 それだけ言うと、肩を叩き、兵衛は仕事へと戻っていった。普段と異なる彼の行動は、伊織に改めて自分が貧乏籤を引いたのだと思い知らせた。


 そういったことが彼の気を重くさせているのか。それとも、一時でも長く家から離れていたいと心の底で思っていたことが表に出たか。その両方か。


 ただ、重い足取りだけは、確かである。





 それでも歩けば着いてしまうのも道理で、伊織は鍛冶屋の前で足を止めた。立派な構え、とは言い難い建物からは鎚が鉄を打つ音が絶え間なく聞こえている。


「ごめん」


 意を決して戸を開ければ、塊のような熱気が伊織の全身を撫でていった。目の前で大きな音がしているからか、中にいた男に伊織の声は届いていないようだ。それでも、戸を開けたことで吹き込んだ風の冷たさに、男は伊織へ一瞬顔を向けた。手は止まることなく動き続けている。伊織は戸を閉めると、勝手知ったる様子で板間に腰をかけ、男の作業が終わるのを待った。



 同じ調子で繰り返される鎚の音に暫く耳を傾ける。半眼でぼんやりとしていたが、突然水の蒸発する音がする。ゆっくり目を開ければ、男は簡単な片付けを済ませ、板間へと上がっていた。


「用向きは?」


 男、吉蔵は置いてあった円座に腰を下ろすと、ぞんざいな口振りで伊織に問うた。およそ武士に対して使う口調ではない。しかし、伊織も慣れているのか、気にすることなく吉蔵の前に座り、持参した刀を渡した。


「久方振りと思えば。どうしたらこうなる」


「少しな。子細は話せん」


「構わん」


 吉蔵は刀を持って立ち上がると、家の奥から別の刀を持って戻ってきた。


「折るなよ」


「善処する」


 伊織は刀を受け取ると、わずかに抜いて刀身を見る。見分している伊織を他所に、吉蔵は隅に置いてきた先程の伊織の刀を見て、ため息をついた


「武士の魂が聞いて呆れる」


「刀匠のお前に言うのもあれだが、吉蔵、俺は別に刀を魂と思ってはいない。商人の算盤や農民の鍬のような、その人物の生業を表すものではあるが、所詮は道具だと思っている。使えもしないのに道具を持っているのも、使えない道具を持つのも、俺は御免だ」


「壊しといてよく言う」


「悪かったよ。また来る」


 刃を収め、刀を腰に差した伊織は草履をつっかける。同じく立ち上がった吉蔵は見送るように伊織の傍まで来た。後ろに立ち、腕を組んでいる。だが伊織は変わらず咎めようとはしない。


「親父殿の刀、使っているか?」


「いいや。親父の見栄と誇りの塊なんぞ、恐れ多くて使えんよ」

お読みいただきありがとうございます。


新キャラクターの刀工・吉蔵。今後出るかは、未定です。何かの拍子にひょっこり出てくるかもしれません。

作者後書らしいことを書きますと、吉蔵さんのコンセプトは「原稿用紙一行分しか喋らない」です。

とあるライトノベル原作のアニメにて、普段そういう奴、と形容されているヒューマノイド・インターフェースのキャラクターがいたのを思い出し、本当に20字しか喋らないキャラクターを作ろう、と生まれました。

昔は寡黙を美徳とする考えもありましたので、職人気質が滲み出る人物となりました。

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