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「ご用意ができているのでしたら、すぐにでも向かいたいところなのですが。よろしいですか?」
「よろしくない。お前、昨日俺の刀が駄目になったところ見ただろう。あれで行けると本当に思っているのか? それに、山に向かうなら、奉行所に一言言わねばならんし」
「鷹匠さんから普段の仕事はしなくて良いと言われたではないですか。それに刀だって、代えくらいあるでしょう? 武士なのですし」
「お前は武士を誤解してないか。腰に提げるものとして有しているのは一振りだけだ。駄目になれば直してもらう。その間は借り物で代用する。俺のような下の者なら尚のことだ」
「では、早く直しに出して、代わりの物を用意しなければなりませんね。代わりの物はまだ借りていないのですか?」
「昨日、お前がお前のところの鬼に俺を尾けさせたからそれどころじゃなくなったんだろうが」
「気にしなければ良かったのに」
「できるか!」
声を荒げ、肩で息をする伊織。彼の怒りをものともしない土御門。
普段好きにして周囲を呆れさせる伊織が振り回されている姿は、佐吉にとって驚きしかなかった。変わっていると言われる伊織が常識人に見えるという錯覚すら起こしてしまう。
「困りました。今日、山に行くつもりでしたのに」
「日延べすればいいだろう」
「いえ、そのつもりはありません。どうにか刀を急ぎ用立ててください」
「しかしだな」
「また、死人が増えても良い、と?」
その言葉に伊織は出かかっていた反論を呑み込む。土御門は笑顔だが、声や言葉には威圧が感じられた。奉行所としても連続遭難事件、つまりは大蜘蛛の対処は急務である。これ以上の被害を出さない為にも、土御門の言う通り早い方が良いのだろう。
「分かった。取り急ぎ用意する」
「ありがとうございます。では早速、山に向かいがてら刀を調達しましょう」
立ち上がる土御門に伊織は頭を抱え、だから、とため息交じりに零す。土御門は自分にとって大事なことしか聞く気がない。昨夜から多少は分かっていたつもりだったが、甘かったかと、鬼たちに同情の視線を向ける。
いつも付き合わされて大変だな、と。
向けて気付く。鬼たちは未だ、食事に手をつけていないのだ。既に冷めきり、米などに至っては表面が少し乾いている。
伊織は心の中で、よし、と勢いをつけ、土御門を睨み上げた。
「山に行くことを奉行所に伝えなければ、いざという時探して貰えない。俺はそんなこと御免だ。だから一度奉行所に行く。それは変えん。そもそも上に者に報告するのは下の者の義務だ。その帰りに刀工の所に寄ってくる。山に行くのはその後だ。それまではここで大人しく待っていろ。鬼たちも戻るまでに飯、食っておけよ。残すなど許さんからな」
土御門に言葉を返す暇を与えず、一息に言い切った伊織は、その勢いのまま自分の部屋に戻る。いつもより手早く支度を済ませ、佐吉に、後は頼む、と一言残して早足で家を出ていった。
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台風近づく土日となりました。
世間はGoto政策によってか、これまでの日常に近い状況になりつつあります。
外食産業や観光産業には少しずつではありますが、人が戻ってきているようです。
これまで思い立ったら一人旅行、のようなことをしていましたが、自分は未だ踏ん切りがついていません。
外食が極端に減り、反比例するように宅呑みが増え、家には酒の空き缶が残っています。
ビールの増税は、少し辛いです。




