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陰陽頭が部屋に入った時には既に菓子の影も形もなく、ぬらりひょんが茶を飲んでいるところだったそうだ。あまりに自然にいるものだから、陰陽頭も何の疑念も抱かなかったらしい。
「馳走になった」
そう言い残し、ぬらりひょんは堂々と陰陽頭の横を通り過ぎ、部屋を出ていった。空になった皿と湯飲みを見つめ、陰陽頭はようやく事態を把握した。だが時既に遅く、陰陽寮中を探し回ったが、ぬらりひょんの姿はどこにもなくなっていたそうだ。
そしてその日のうちに、ぬらりひょんの捜索が全陰陽師に言い渡されたのだった。
「つまるところ、陰陽頭の尻拭いをしに来たわけか」
「まぁ、そうなりますね」
「そんな陰陽師の恥みたいな話、俺にしてよかったのか?」
「確かに。良くないかもしれませんね」
ははは、と軽く笑う土御門に、伊織は呆れて笑う気もおこらなかった。陰陽寮のお偉方はきっとこの男を持て余しているだろうことは、容易に想像がつく。
「今のは聞かなかったことにしてください」
「分かったよ」
呑気な口調で頼まれ頷きはしたが、本当に隠す気があるのか、甚だ疑問なところではある。
だが伊織の本心は、正直それどころではない。
この家にはぬらりひょんがいる。しかも翁は京にいたと言っていた。どう考えても先程の話にいたぬらりひょんは、翁のことだろう。となれば、絶対に見つかる訳にはいかない。幸いにも未だ翁のことは気づかれてはいないようだ。
このまま帰るまで見つからなければ。
そう思ったとき、ふと目端で何かが動いたのが見えた気がした。伊織は気のせいだろうと思いつつも、部屋の隅に視線をやる。
それを認めた時、息が止まるかと思った。
いつからいたのか。鬼の座っているのと同じ壁の廊下側の部屋の隅に、事も無げに翁が座っていた。
「どうかなさいましたか?」
「いや」
伊織は慌てて翁から目を逸らす。明らかに何かあった様子に土御門も振り返って、彼の見ていたところを見てみるが、誰もいない。首をかしげながら、伊織へ向かい直した。
土御門が向かい直したので、翁は出ていったのか、と安心し、伊織は顔を正面に向け、再び表情が強張る。翁は変わらず部屋の隅に座っていた。出ていくつもりはないらしい。冷や汗をかきつつも、伊織は見えないふりをする他なかった。
「とりあえず、この藩に来た訳は分かっていただけましたでしょうか?」
「とりあえず、な」
「もし、ぬらりひょんを見かけましたら、教えてください」
「見かけたら、な」
伊織の鸚鵡返しともとれる返事に、土御門は満足そうに頷いた。しかし、伊織はその後ろに堂々と座っている翁をちらりと見やりながら、内心ため息をついた。
お読みいただきありがとうございます。
あと数日のちに連休がありますね。
本来はオリンピックがあり、その開会式のための休みだったのですが、ただの連休になってしまいました。
この連休を有効に利用して何か書くなり、この作品の書き溜めなりできればいいのですが。
惰眠を貪って終わりそうな気が今からしています。
こうも外出が少ないと、元の生活に戻れるのか、ということの方がもっと不安です。




