17-(4)
「本当に、撒いたのか?」
「おそらくは。然しもの鬼も異世との間に知らぬ地で入ることはしないかと」
「異世との、間」
伊織は、以前すゞとその幼馴染が『異世』に帰る、と話していたことを唐突に思い出した。その時、すゞは帰ったら話すと言っていたが、翁のこともあり、聞く機会のないまま話は流れてしまっていた。
聞くなら今か?
「ところで、花菱様」
「んぁ? 何だ?」
思考を他所に飛ばしていた時に声をかけられ、思わず鼻にかかったような変な声が出た。慌てて取り繕うも、聞き返した声はいつもよりも高く出てしまう。くすくすと豆助が含み笑うものだから、伊織は咳払いをしてなんとかその場の雰囲気を切り替えようとする。
「いえ、あの鬼とどのような関わりがあったのか、お聞きしたく」
「何、大したことではない。あの鬼どもを連れている奴がしつこいだけだ」
「連れている奴。人間ですか?」
「そうだ。京から来た、確か、土御門と言ったか」
「土御門、ですか」
その名を聞き、顔色が変わった。忌々し気に歪む表情に、伊織は首をかしげる。一拍置いて豆助が、それは、と切り出した。
「もしや、陰陽師では?」
「よく分かったな。知っているのか」
「面倒な連中です」
いつも商売人らしく落ち着いた柔らかな口調の豆助が、珍しく棘のある言い方で吐き捨てる。それだけ忌んでいる、ということなのだろう。
「上がっていくか?」
顎をしゃっくて家を示しながら尋ねる。それは、詳しく話を聞きたいという彼の欲求からであったが、少なからず普段と違う豆助を思って言葉だった。しかし、豆助はゆっくりと首を横に振り、頭を下げた。
「お気持ちだけ、ありがたく。ですが本日は、これにて失礼を」
「そうか」
「はい。折を見まして、また改めて。その時はお安く致します」
「それは有り難い」
「それから。花菱様に一つ、申し上げておくことが」
「何だ」
「どうぞ、お気をつけください」
「は?」
思わず気の抜けた声が出た。豆助が何を言いたいのか、伊織には微塵も伝わっていない。
「陰陽師という者たちは、自分たちの尺度でしか人や妖を測らぬものです。奴らからすれば、妖と親しく花菱様は異様でしかありません。どうぞ、排されませぬよう」
「恐ろしいことを言うな、珍しく」
「いえ。そういうことも致しかねない連中ですので」
では、失礼、と断りを入れ、豆助は静かに伊織の前から姿を消した。突然消えるあたり、先程通った道を戻った、というところだろう。
「今戻った」
いつまでも庭に突っ立っている訳にもいかない。伊織が声をかければ、軽快な足音と共にすゞが顔を出した。
「旦那様、そのお怪我は」
「大事ない」
不安そうに見つめるすゞに刀を押しつけ、伊織は足早に家へ上がる。廊下を歩きながら羽織の結び目を解き、袖を抜きながら障子戸を開けた。
「おう、戻ったか」
「翁様?」
翁の姿に声をあげて驚いたのはすゞだった。来たばかりではない様子だが、彼女は気づいていなかったらしい。
「だから、正面から上がれと言っただろう」
羽織から袖を抜き損ねたまま、伊織は額に手をつき、深いため息をついた。
お読みいただきありがとうございます。
前回の投稿からまたブックマークが増えておりました。
また、アクセス数が10,000を突破いたしました。
本当にありがとうございます。
この時勢の中、皆さまの手慰みの一つとなれているのでしたら幸いです。
前回、書き損ねてしまいましたが、ネット小説大賞の二次審査に落選してしまいました。
残念でしたが、また次回結果を残せれば、と思います。
外出自粛もあと少し、と言われている一方、延長延長と言われております。
偉い人曰く、これまでの日常はもう戻らない、そうで。
それでも、僅かでもこれまで通りが多く戻ってくることを祈るばかりです。




