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「先程聞けなかったが、四国の友に会うのにこの藩へ来るのは些かおかしくはないか? 本当に会えるのか?」
話が逸れて聞けなかったことを、伊織は今更になって尋ねた。話が見えない佐吉は何のことかと首をかしげる。数歩先を歩いていた翁は足を止めるが、なかなか振り返らない。彼から少し離れたところで伊織も足を止め、答えを待つ。
周囲の木々が揺れ二人の間の静けさを埋めていたが、すっと風が止み、音が消える。風音によって生まれた間をおいて、翁が振り返った。いつも通りのからからと声の聞こえそうな笑みを浮かべている。
「強いて言えば、人の持つ言霊の力は偉大ということじゃよ。詳しくはまた、の」
先程より強い風が翁と伊織の間を吹き抜けた。木々の揺れに比例した大きく雑多な音と共に、乾いた地面から土煙を舞いあげる。思わず瞼を閉じ、目の前に手を翳す。
木々のざわめきが落ちつき目を開けば、翁の姿は既に無かった。
辺りを見渡すが跡形も無く、影すら見つからない。
そう言えば、ぬらりひょんだったな。
今更なことをぼんやりと考え、探すのを諦めた。佐吉は相当驚いたのか、未だ翁の痕跡を見つけようときょろきょろと周囲を見渡している。
「佐吉、もう良い。行くぞ」
そう声をかけ、伊織はさっさと歩き出す。置いていかれた佐吉は、慌ててその後を追った。
奉行所に着くと、夜番の人は既に家へと帰っており、日勤の者は全員集まっていた。翁と話し込んでいたのもあり、伊織はいつもより少しばかり遅かったようである。遅刻、という時刻ではまだないが、若い彼が来るには遅いと言えるかもしれない。
たが、伊織はそれを気にしている様子もなく、いつも通り詰所となっている広間、御用部屋へと向かう。室内へ入ろうとした丁度その時、別の口から出ようとしていた筆頭同心の九曜主計に呼び止められた。伊織は敷居を跨いだまま、寄ってくる九曜を待つ。
「丁度良かった。今、お前を探そうとしていたところだったのだ」
「おはようございます、九曜殿。こんな朝から、何のご用でございましょうか?」
伊織が頭を下げると九曜は、ぽん、と肩を叩いてきた。叩いた、と言うよりも掴んできたと表現する方が正しいかもしれない。痛くはない程度の力で掴んだまま、離そうとする気配が感じられない。
「今から河濃山へ行く。すぐに支度せよ」
突然の言葉に伊織は下げてた頭を思わず上げる。出仕してきたばかりにもかかわらず言い渡されたこともそうだが、場所も場所だ。
河濃山は雲居藩のおよそ北西に位置している。藩の北を横切る街道には、隣藩との境に山がそびえている。故に雲居藩に出入りするには峠とそこにある関を越えねばならない。河濃山はそんな街道西側の山の隣に存在する。元々猟師の多く出入りする山で、関を避けたい人々の抜け道となっていた。しかし、小藩の関など申し訳程度に冠木門があるだけである。わざわざ河濃山を抜ける人など、余程の理由がない限りいないだろう。整備などされていない畦道だけの山の中へ冬の間に踏み込む者など尚更いはしない。
お読みいただきありがとうございます。
数日前から風邪をこじらせました。熱が最高39度7分を叩き出し、人生で初めて有給を使いました。
インフルエンザではなかったのですが、風邪でこんなにも高熱を出したのは初めての経験です。
皆さまも十二分にお気を付けください。
今年の風邪は長引くそうですので。




