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「それで、何故この藩に?」
伊織はよろよろと体勢を戻すと改めて尋ねた。すゞも知りたいのか、敷居の向こうで足を止め聞き耳を立てている。翁は申し訳なさそうに頭を掻くと、へらっ、と表情を崩した。
「ここに来る前は京の都におったんじゃが、ちと面倒な奴らに目をつけられてのぉ。厄介な事になる前に都を離れたんじゃ。要は逃げてきたということじゃ。だが、この藩に来た一番の理由は、友に用があって会いに来たんじゃよ」
「その用っていうのは、何なんだ?」
「さぁの」
翁の気の抜けた答えに伊織は再び転けそうになるが、今度はなんとか踏みとどまる。睨みつけるように翁に視線をやれば、いつも通りからからと笑い声をこぼした。
「何、用があるのは儂ではないということじゃよ。用があるから時間ができたら会いに来い、と言われてな。この藩に宇和山という山があるじゃろ」
「あぁ、あの山か」
宇和山とは、藩の中心近くにそびえる山で、城下からさほど離れてはいない。その山に用があった翁が城下町に近い鴨瀬村にいたのも頷ける話である。
「あの山から会いに行けるんじゃ。本来は四国に渡らなければならないんじゃが。海は色々と、な」
視線を泳がせながらそこで言葉を切る。何か言葉を続けようと言いよどむが、結局、そう言うわけだ、と言い訳にもなっていない言い訳で話を締めくくった。苦い表情を見せる翁に、海に関して何があったのか気になったが、伊織は聞かずにおくことにする。あまり触れてほしくはなさそうだ。
「でも、良かったのですか? 翁様がこちらにいらしたのは冬の始めと伺っておりましたが」
何と話を続けるか悩んでいた俺に代わり、気を利かせたすゞが話を振れば、翁は、構わん、と手をひらひらと払う。
「元々期日を決めておらん約束じゃ。いくらか遅くなったとて咎めはせんよ。あやつ自身時間にゆるい奴じゃからの」
「しかし、どうして藩に来てすぐ行かなかったんだ?」
「冬の山は寒かろう? じゃから春まで待ってからと思っておったんじゃが、ころっと忘れておったわ」
そう言うとまたいつものように笑い声をあげた。随分とのんきな言い草に伊織は頭を抱えため息をつく。
これ以上会話をしていても呆れるだけだと思い、席を立つ。敷居の向こうのすゞに、支度をする、と声をかけ部屋を出る。その後ろをすゞがついていく。翁は構うことなくのんびりと湯飲みの底にうっすらと残っている茶をすすった。
伊織が支度に立ってすぐ現れた佐吉と翁が話していると、腰に二本を差して伊織が戻ってきた。
「宇和山へはいつ行くんだ?」
「そうじゃのぉ。遅くなりすぎても良いことはないし、今日にでも行くとするかの」
翁はゆっくりと腰を上げると、そのまま何も持たず伊織と共に正面へとまわる。
「では、行ってくる」
「はい。いってらっしゃいませ」
三人はすゞに見送られ、家を出た。山への道は奉行所までの道程と途中まで一緒である。自然、三人は揃って歩くことになった。
お読みいただきありがとうございます。
先日、初めて花菱宅の間取り図を考えました。
ざっくりは考えていたのですが、流石に必要に感じ、三幕目にして漸く描きました。
これまで書いた文章と矛盾しないか、と考えて制作したのですが、一章目で家の様子を描写していたのをすっかり忘れていました。
描いた後に比較してみると、思いの外矛盾していなかったのが驚きでした。
今後は間取り図を見ながら家のことを書いていこうかと思います。




