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雲居藩妖怪抄  作者: 川端柳
第三幕――○○○(????)
52/280

13-(1)

 春の風が土煙を舞いあげながら桜の枝を揺らす。盛りを過ぎた桜の花は簡単に枝を離れ、道端には花屑が積もっている。風に乗って花びらが温かな日の差す縁側に舞い落ちた。




 春の眠りを誘う縁側にすゞは給仕の最中にも関わらず視線を落とす。ここで眠ったら大層心地よいだろう、と猫さながらの考えを巡らせてしまう。



 はっとして居間に視線を戻せば、伊織と翁が普通に朝げをとっている。すゞはその光景に未だ慣れず、珍しいものを見るように観察してしまう。



 一月近く朝晩とこの光景を見ているにも関わらずである。



 何もしないまま向けられるすゞの視線を鬱陶しくなった伊織は遂に、なんだ、とぶっきらぼうに声をかけた。すゞはお茶を継ぎ足しながら、伊織と翁を交互に見る。


「何度見ても不思議に思えて仕方ないのです」


「なんということもない、ただの飯時の風景だろう」


「そうじゃ。何がおかしいことがあると言うんじゃ」


 心外だと言いたげな二人にすゞは絶句した。何を言っているんだと言いたいのはこちらの方だ。


「旦那様、少しは違和感を持ってください。妖怪と共に食事をとられるなど普通ではありえないことなのですよ。その上、妖怪の中でも会うことすら難しいぬらりひょんと食卓を囲まれるなど、それも毎日」


「今更だろう」


「旦那様が普通の人と同じ生活ができるようになるか、私は今から不安です」


「お前さんは伊織の母親みたいじゃのう」


 翁がそうからかえば伊織も一緒になって笑い、すゞは、もういいです、とその場を離れた。


 かちゃかちゃと賄い場からの音を聞きながら、伊織はすゞの言葉を思い出す。彼女の苦言を今更気にする気はないが、話の内容に引っ掛かり隣に座る翁を見遣る。


「ぬらりひょんに会うのは、すゞの言うほど難しいことなのか?」


「そうじゃのぉ」


 翁は飲んでいた湯飲みを置き、腕を組む。首をかしげているまま、答えはなかなか帰ってこない。 翁が眉間の皺を深めていると、膳を下げにきたすゞが代わりに答えた。


「妖怪でもお会いすることは少ないですよ。私も翁様とこうして面と向かってお話しさせていただいたのは初めてのことですし」


「儂も儂以外のぬらりひょんにおうたことはないのぉ」


「数が少ない分、会うことも少ないというわけか」


 片付けられた場所に取り残されるように置かれた湯飲みを啜り、自分の中で納得する。


 翁のことを考えていてふと、伊織はあることが引っ掛かった。


 妖怪でもそうそう会うことのないそのぬらりひょんがどうしてここにいるのか、ということである。ここは将軍のいる江戸でなければ、帝の御座す京の都でもない。外様の一小藩に過ぎない場所に何故来たのか。考えてみれば不思議な話である。


 いくら頭を捻っても答えが見つからなかった伊織は遂に面倒になり、正面から聞くことにした。


「そういえば翁は、この藩に一体何の用があって来たんだ?」


「何の用って」


 翁の言葉がそこで詰まる。何か言おうとする口の形をして、半開きで止まったままだ。視線だけがきょろきょろと忙しなく動く。


 あー、と間の抜けた声がしたかと思うと、額を叩く音がする。額に手を当てたまま翁が、しまった、と呟いた。


「故あって来たのだが、今の今まですっかり忘れておったわ」


 からからと笑う翁に、気構えていた伊織は拍子抜けしてがくりと崩れた。

お読みいただきありがとうございます。


アクセス数(PV数)が5000を突破しておりました。

偏にお読みいただいている皆様のお蔭でございます。心より感謝申し上げます。


さて、第三幕となり、物語は少し進んで四月頃となりました。

一方現実では、冬が近づいてまいりました。炬燵がそろそろ入用になりそうです。


先に申し上げておくことがございます。

この第三幕、これまで以上に長くなります。正直、どれだけ続くのか、判断が付きかねている状態です。

どうぞ、長い目で見守っていただけますよう、お願い申し上げます。


追記:

この度の台風にて甚大な被害に遭われた皆様、お悔やみ申し上げます。

一刻も早い復興を、心よりお祈りいたします。

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