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すゞが幼馴染の染五郎と共に実家へ帰ったから既に半月以上経過していた。同時にそれは翁と伊織が出会って半月以上経過していることを指している。
その間、翁は伊織との約束通りどこの家にも忍び込むことなく、毎日伊織の家に入り浸っていた。家にいるのに飽きて出掛けることはあるが、飯泥棒の噂は全くない。取引は守られているようである。
これは、鴨瀬村の飯泥棒事件が一段落したと言っても良いだろう。
翁との取引の後も伊織は鴨瀬村を訪れていた。勝手に飯泥棒が姿を見せなくなったように思わせるためである。伊織の偽装は上手く周りを欺き、事件は自然に終息したと思われた。しかし、そこからが大変であった。今まで飯泥棒の一件に関わった同僚から話を聞いて回り、それらを調書に纏めなければならなかったのだ。
調書を書くだけで数日を要し、完成したのがこの日の夕刻。日は既に傾き、空を茜色に染めていた。東の端は夜の群青に変わっている。
書き上げた調書を与力の洲浜へ提出すれば、今日はもう帰って良いとのことだった。奉行である鷹匠に目を通してもらうのは明日になるらしい。調書がこれで良いということになれば、これはそのまま保管所に仕舞われることになる。だが、それはまた明日の話だ。
数日続いていた机とのにらめっこが漸く終わり、伊織はさっさと帰り支度を始める。早く帰って一杯、としたいところなのだろう。
それ故に、奉行所の門前で伊織が出てくるのを待っていた兵衛の姿を認めた時の彼の感情は想像に難くない。
伊織は一瞬心底嫌そうな表情を見せたが、すぐに真顔に戻し、自分は何も見なかったというように兵衛の横を早足で通り過ぎようとした。しかし、兵衛が伊織の腕を掴み、立ち去ろうとするのを阻止する。普段いる佐吉をこの場に呼んでいなかったことをこの時は心底後悔した。
「何、何事も無かったように帰ろうとしてんだ」
「さっさと帰って酒を呑みたいんだ。帰らせてくれ」
「やっと鴨瀬村の一件が片付いたんだろ? なら、祝い酒と行こうじゃねぇか」
「お前の舟宿通いに付き合ってられるか」
伊織は捕まれていた腕を振り解く。それでも兵衛は伊織の肩に腕を回して逃がそうとしない。
「知ってるぞ。今、家にあの女中いないんだろ? 女一人家に置いとく訳じゃないんだ。遠慮すること無いだろ?」
「何で知っているんだ!」
「今日、見廻り中に佐吉に聞いた。その時、今日お前は帰らないって伝えておいた。だから帰ったところで飯は無いんじゃ無いか?」
「どこまで準備が良いんだよ」
伊織は額に手を当て、頭を抱えた。兵衛はにやにやとなんとも腹立たしい顔で彼の顔を覗き込んでくる。
「行くよな?」
「分かった。付き合おう」
ここは伊織が折れる他無いようだ。項垂れたままため息が零れる。
「いざ行かん、ふじやへ!」
兵衛は空を指差し、伊織の肩を組んだまま、意気揚々と歩き始める。伊織の足取りは、重たげであった。
二人が目指す舟宿は、城下町から少し離れた所にある。
南北に長い雲居藩は、北と南寄りの中央部の二ヶ所に湖が存在し、それらは川にを介して繋がっている。中央部の湖の畔には雲居城があり、湖の周囲に城下町が広がる。一方、北の湖の畔には主要な街道が通っており、街道にある四つの宿場はそれぞれ賑わいを見せている。二人の目指すふじやは上方側から二つ目の奈良本宿にあり、この宿場が四つの中で最も賑わっているだろう。
城下町の人間が宿場へ行く時、手段は二つある。一つは足や駕籠で道を行く方法。もう一つは船で川を登る方法だ。
船で宿場に向かう様は江戸の大川(隅田川)を登って吉原に向かうようで、城下町から船で宿場へ遊びに行く者が多かった。その為、城下には女郎屋は少なく、川を登る船が夕方には多い。
兵衛と伊織はそんな舟に乗り、奈良本宿へと向かったのだった。
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初めて予約掲載をしてみました
30日にまたまたパソコンを離れ、旅行に行くことになり、帰ることができるのも九月を超えてしまうので、もう一つの更新先には申し訳ないですが、この手段を取らせていただきました。
しかし、無事に更新できたのでしょうか。現時点では分かりませんが、30日にこれを読んでいる方がいるということは、できた、ということなのでしょう。
しかし、最近の子供は大変ですね。
少し前まで夏休みは八月末日まであったというのに、九月の一週間前に小学生が登校する姿を見かけました。
ゆとりになったり、急に厳しくなったり。高い服を着ている偉い方々は何がしたいのでしょうか。




