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二人が固まっていると、老夫は何事かと首をかしげる。自分のせいだと言うのに白々しい限りである。
流石に三度目の老夫の登場に慣れたのか、伊織は佐吉より早く正気に戻り咳払いをした。その音に佐吉も正気に戻る。
「何故毎度、前触れもなく現れるんだ」
「儂は何も忍び込んでいる訳ではない。正面から普通に家に上がっとるが、誰も気づかんだけだ」
伊織は額に手を当て、ため息をついた。この老夫は悪戯小僧のように笑っていて、確信犯なのを隠す気がない。本当に正面から入ったのかさえ疑わしい。
「旦那様、そこに何がいるのですか?」
佐吉は目を細めながら老夫の方を見ている。事も無げに見ている伊織には、何故佐吉がそんな顔でそんなことを聞いているのか分からない。
老夫は佐吉の言葉から何か察したのか、あぁ、と言葉をこぼした。
「お前さん、儂の姿が見えておらんのじゃな?」
「そうなのか?」
伊織も重ねて尋ねれば、佐吉は、へぇ、と頼りなく答える。
「旦那様の隣に何か、ぼやっとしたものがある気はするのですが、声が聞こえるばかりで、はっきりとは見えませんで」
「声が聞こえておるのなら、心配せんでもその内はっきり見えるようになるぞ」
「そいつは、遠慮してぇもんです」
老夫のからかうような言葉に、佐吉は視線を逸らし心底嫌そうな顔をした。
外野になっていた伊織は、ふと老夫が現れたときに言ったことを思い出した。迷った、と言っていたのではなかったかと。
「お前、迷ったのか?」
老夫は佐吉に向けていた視線を伊織に戻し、そうそう、と不満げに続けた。
「花菱家を探して行ってみたら、何とも立派な家に着いてのぉ。だが、どれだけ探してもお前さんは居らんし。日が暮れてもお前さんが現れんから流石におかしいと思って、ようやっと見つけた妖怪に聞けば、妖怪が見えるのはここではないと言われ、随分探し回ったわ。昼も誰かさんのせいで食い損ねたし、お蔭で空腹じゃ」
これ見よがしに腹を叩いてみせる。嫌みたっぷりの言葉の羅列に辟易した伊織は、佐吉に膳の用意をさせた。
「きちんと奉行所同心だと名乗ったろう。聞いてなかったのか? 本家は城勤めだからすぐにこの家は分かると思ったが」
「武家と言うのは面倒じゃのぉ。同じ土地の中に同じ氏でいくつも家があるとは」
「これまで武家と関わりはなかったのか?」
「さてなぁ。昔のことは、覚えておらんわ」
老夫は視線を遠くに向けてはぐらかした。伊織はそれでも追及しようとしたが、ちょうどそこに佐吉が膳を持ってきた。乗っているものは伊織や佐吉のものと変わり無い。
「簡単なものですが」
「いえいえ。ありがたく頂戴致します」
老夫は胸の前で手を合わせると、膳に箸をつける。伊織も再び箸を取り、佐吉も自分の膳の前に戻ると、食事を再開した。
無言の食事を最初に切り上げたのは佐吉だった。手早く自分の膳を片付け始める。次いで食事を終えた伊織が茶碗の中を洗った茶を飲み干すと、佐吉は間髪いれずに膳を下げに現れた。
「それを片付けたらもう帰って良いぞ」
膳を下げようとしていた佐吉の手が止まる。そのまま伊織の顔を見上げた。
「しかし、御客人の膳がまだ」
「それは俺がやる。この後酒も呑むから、手間は一緒だ」
「それでしたら、あっしがもう少しここにいた方がよろしいのでは?」
「お役目に関わる話をするから、席を外せと言っている」
「かしこまりました」
佐吉は一度箱膳から手を離し深く頭を下げると、速やかに膳を片付け始める。片付けている間に老夫が食事を終えた為、結局佐吉が全ての膳を片付けてから長屋へと帰っていった。
お読みいただきありがとうございます。
世間様は夏休みとなりましたが、社会人のほとんどの方はまだまだ夏休みを迎えていないかと思います。
学生時代の夏休みが遠く、尊く感じられます。
あの素晴らしい時間をもう一度、といった気分です。
さて、話は変わりますが、前回に引き続きまたもやブックマークが増えていました。
本当にありがとうございます。
これからも精進したいと思います。
昨年の今頃、短編をアップしましたが、今年はその予定はありません。
やはり、何か書いたほうがいいのかと考えてしまいます。
絶賛、悩み中です。




