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妖怪という言葉を聞き、伊織は動揺した。自分と佐吉以外に妖怪を知る人間がいるとは思っていなかったからである。
驚いて己を見つめたまま動かない伊織の目の前で老夫は手を振って見せる。考え込んでいた伊織は目の前で動くものに反応し、思考を現実へと戻した。しかし未だ理解が追い付いていない伊織の様子に、老夫はにやにやと笑いが止まらない。
「お侍さん、まだ気付いておらんのか?」
「何がだ」
「儂が何者か、ってことじゃよ」
「飯泥棒だろう。どうやって家を出入りしているか分からんがな」
真面目な顔で老夫を睨み付ける伊織に、老夫は遂に声を上げて笑いだした。
「そこまで分かっておって、何故分からないのかが儂には分かりませんわ」
あまりの反応に伊織の眉間の皺は更に深まり、機嫌がより悪くなる。低い唸り声混じりの吐息が聞こえ始め、老夫は笑い声と共に溢れた涙を拭う。
「人の理解から外れた者たち、人にできぬことを出来る者たち。そう言った者を、あなたはご存知なのでは?」
そう問われ、伊織の頭に最初に浮かんだのは、先程老夫が言っていた『妖怪』である。鎌鼬は誰に気づかれることなく人を斬っていた。しかし目の前の老夫は、人と大差無い姿をしている。
あり得ないと思いかけて、気がついた。すゞは化け猫の姿と人の姿、どちらにもなることができる。人の姿は、人でないと疑う者がいない位に完璧である。
「もしや、妖怪なのか?」
「ようやっとか。気がつくまで随分かかったのぉ。」
伊織が恐る恐る尋ねれば、老夫は呆れたように返した。
「普通はすぐに気がつくものじゃろう」
「普通は『妖怪』なんてこと自体に考えが及ぶ訳無いだろう」
妖怪と分かれば、飯泥棒の真相など簡単である。誰の目にも写らない妖怪が、人に知られることなく堂々飯を食べていた。ただそれだけである。当然見ることのできない者たちに捕まえることができる訳がない。
伊織は額に手を当て、項垂れてる。事の真相の単純さに、常識はずれ具合に頭を抱えた。
「この村の飯を全部食べたが、儂はやはりここの飯が好きでな。四日と開けず食いに来てしまうのですよ」
「そろそろ勘弁してやってくれないか?」
流し目で老夫を見れば、あり得んなと笑みを溢す。
「妖怪のすることなど、人に干渉できん事柄よ。まぁ、運が悪かったと諦めるんですな」
そう言うと老夫は勝手に箸をとり、用意されている食事に箸を伸ばした。だが、箸の先は触れずに空中で止まる。老夫の手首を伊織が掴んで阻止したのだ。
「何のつもりじゃ」
老夫の伊織を睨み、先程までの笑顔は見る影もない。殺気に近い、しかし似て非なる圧力が伊織を襲う。冷や汗が首筋を伝い、背中へ流れていくのが何故か気になった。
お読みいただきありがとうございます。
先日、ブックマークが増えており、一日に127アクセスを記録しました。そして、総合PVが3000を突破しておりました。
本当にありがとうございます。
さて、話は変わりますが、数日前に有名SNSのL〇NEのアカウントが消失してしまいました。正確には、うっかり消してしまいました。十割十分自分の過失です。
しかし消えてしまった瞬間、パニックを起こしてしまいました。現代人らしく、スマートフォンに依存した生活を送っていたようです。
今や、脳よりも優秀な脳を手元に持って歩いてる生活が当たり前の時代になってしまいましたね。一昔前には考えられない世界ですね。




