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すゞを女中部屋に放り込んだ伊織は母屋へ戻った。賄い場はまだ準備の途中で、釜を覗けば米すら炊けていない。
火にかけてから倒れなくて良かったな、なんてことを考えながら、足袋を脱いで家へ上がった。その足で伊織は部屋に襷を取りに行く。右袖を引っかけて襷をかけると、賄い場に戻り、てきぱきと夕げの支度を始めた。今度は草履を履いている。
手の込んだものを作る気もなく、さつま汁と米、卯の花を二膳用意した。箱膳の上に米と卯の花を乗せ、汁はまだ注がずにおく。盆の上には三品がよそわれ、箸と茶が注いである。
伊織は先にできたものをすゞの元へ持っていく。
「入って大丈夫か?」
戸の前で声をかければ中から、はい、とか細い返事が返ってくる。両手が塞がっているのでまた足で開ければ、布団の上で上体を起こし、震える両腕で何とかその状態を保っている。
伊織はすゞを一瞥すると部屋に上がり、彼女の脇に盆を置いた。
「終わった頃に取りに来る」
「お手を、煩わせてしまい、申し訳、ございません」
「構わん」
伊織は立ち上がると、部屋を出ていった。
日はもうすっかり落ち、空には星が輝く。伊織は空を見上げ、ため息をつく。
「いつまで続くのだか」
思わずこぼれた言葉は、隙間のある女中部屋の中にも風に乗ってうっすらと届いた。すゞは申し訳なくなり、唇を噛む。
ふと、さつま汁の味噌の香りが鼻孔を擽る。鼻をひくつかせて、より香りを取り込む。ゆっくりと汁椀に手を伸ばし、あまり力の入らない両手で椀を持つ。木越に汁の温かさが掌に伝わる。汁を啜れば口一杯に味噌の風味が広がり、咀嚼すれば一緒に口に入ってきた人参の甘味が味噌に溶け込み、混ざりあった。
「私より、美味しい」
すゞの女中としての自信が、僅かばかり傷ついた瞬間だった。
翌朝、伊織は一人で奉行所に出仕した。佐吉は昨日命じられた通り家に顔は出さなかったのだ。
すゞは相変わらず苦しげに荒い呼吸を繰り返している。朝げを持っていった時、すゞは昨晩のように上体を起こさなかった。伊織は黙って食事を用意し、片付けた。
家を出る時、伊織は竹皮にくるんだ握り飯を手に、女中部屋に寄った。声をかけてから中に入れば、すゞは体を伊織の方に向けたものの体は起こせずにいた。
「昼飯は置いておく。俺は出るが、くれぐれも気を付けろよ」
伊織は握り飯を置き、部屋を出ていこうとする。
「近い内に、幼馴染みが、迎えに参り、ます。そう長く、ご迷惑は、おかけ、致しません」
すゞの言葉に伊織は息を飲んだ。昨晩思ったことが口に出ていたこともそうだが、それがすゞに聞こえていたことに驚いた。振り返るが彼女の表情を窺うことは叶わない。
「そうか。だが、黙ってここを出ることは許さん。それこそ七代先まで祟ってやるからな」
嘲笑混じりに言えば、すゞも合わせて笑った。笑い声など昨日の朝方にも聞いていたのだが、伊織は久方振りに聞いた気がした。
「では、行ってくる」
「行って、らっしゃいませ」
伊織は女中部屋を出、奉行所に向かった。
お読みいただきありがとうございます。
『猫を殺せば七代祟る』ということわざがあるというのを、以前ある本で読んだのですが、一体いつから使われていることわざか、正直自分は把握していないので、御存知の方は誰か教えていただければ、なんて思っております。
お読みいただきありがとうございます。
さて先日、PV数が2000を突破いたしました。
最初にそれを見た時は、自分の頭がどうかしてしまったのではないかというくらい、驚いてしまいました。皆様本当にありがとうございます。
これからも引き続き精進してまいりますので、何卒宜しくお願い致します。




