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「旦那様、ありがとうございます」
豆助が路地の奥へ消えたのを見届けると、すゞは伊織に頭を下げた。唐突なことに伊織は何のことか分からず首をかしげる。
「妖怪のことを受け入れてくださって。普通は気味悪がるものですのに」
「普通、か。普通の何が楽しい」
今度はすゞが首をかしげる番である。彼女を尻目に伊織は大通りへ目を向け、そこから見える風景を鼻で笑った。
「人は何事にも慣れやすい。どんなに変わったことが身に起ころうとも、数日も続けば飽きが来る。だが、妖怪のことではそれがない。知らぬことばかりで、いつも驚かされる。こんなに面白いのに気味悪がっては勿体無いだろう。まぁ、妖怪がいることには流石に慣れたがな」
「左様でございますか」
話に区切りがついたのを感じたからか、伊織は笑顔で話を聞いていたすゞに、行くぞ、と脈絡もなく声をかけた。
二人は大通りに出る。すゞは一度頭を下げると伊織に背中を向け、家の方へ歩いていく。すゞが人混みの中小さくなっていくのを見送ると、伊織も彼女に背を向けて歩きだした。
見廻りを再開した伊織は、茶屋へ寄り道をしながら夕刻までぶらぶらと町を見て歩く。特に変わったこともなく、実に平穏であった。つい一月前まで辻斬りが横行していたことなど微塵も感じさせない。
強いて何か挙げるとするならば、見廻りの途中、道端で遊ぶ子供らと話をしたくらいのことだ。
伊織が子供たちに声をかければ、子供たちは笑顔で駆け寄り群がってきた。伊織は懐から紙にくるまれた飴玉を取り出す。
「久しぶりだな。何か変わったことはないか?」
そう問えば、子供たちはあのねあのね、と我先に話したがった。伊織は子供たちの中で一番年長の者に飴玉を渡し、配らせる。こうして少しの菓子で子供たちから噂話を集めているのだ。勿論面白半分で大人たちが話していたものが殆どだろう。大人たちは武士である伊織に対して口を噤みたがるが、子供たちは遠慮がない。子供とは知っていることを話したがるものだ。噂を集めるには最適だと伊織は考えていた。
山に入った人が帰ってこないらしい。どこかの村でご飯が消えた。武家町に幽霊屋敷があるらしい。神隠しに遭った人が帰ってきた。
子供たちの話はそんなものだった。
伊織は子供たちに礼を言うと、その場を離れる。後ろで彼に手を振る子供たちに手を振り返せば、またねと言ういくつもの声が届いた。
日は既に傾き始め、東の空の端は群青色に染まり始めていた。息が白くなるほどではないが指先から冷たくなってくる。少しでも暖を取ろうと手を揉みながら足取りを速めた。
お読みいただきありがとうございました。
更新した今日は『大寒』ですが、この冬は平年に比べて少し暖かい気がします。
近頃、自分の身内がテレビで天気予報を見る度に、「今年はどか雪が降るぞ」と言ってきます。そうなると受験生は大変だろうな、と他人事のように見ていますが、大雪の中の運転は勘弁してほしい所です。
まあ、まずは天気予報の度に言ってくるその身内をどうにかしたいものですが。




