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雲居藩妖怪抄  作者: 川端柳
第二幕――○○(??????)
23/280

6-(2)

 喧嘩が起きているわけでもなく、たいした騒ぎがあるわけでもない。ふらふらと町を歩く伊織だが、彼の目には普通の人には映らないものが見えていた。


 子供くらいの背丈の明らかに人ではないものが人の間をすり抜けていく。空を見上げれば鳥とは思えない形のものが行き交っていた。


 青物屋の軒先にある大根を持っていこうとする小僧がいて手を叩いて止める。驚いたように見上げてきた顔には目玉が三つ。それがこれでもかと見開かれている。悲鳴を上げ、そそくさと逃げていった。


「妖怪が人間怖がってちゃ世話ねぇや」


 三つ目小僧が逃げていった方を見ながら呟いた。思わず笑みがこぼれる。軒先に出てきた店の主人は何事かと首をかしげた。伊織は何でもないと言ってその場を立ち去る。


 人に気づかれていないことをいいことに、いたずらやら盗みをする小さな妖怪をこれまで何度も見かけていた。



 すゞが自分が妖怪と告げてから伊織の世界は一転した。日々が驚きの連続で飽きることがない。何より他の者には分からない世界を自分は知っている、という優越感は彼には堪らなく心地好いものだった。

 今までつまらないと思っていた見廻りも、彼には小さな冒険になっていた。






 ふと、見覚えのある女の後ろ姿が目端で動いた。その女は大通りから、薄暗い人も寄り付かなそうな脇の路地へ入っていく。


 今は何事もなくても路地裏には破落戸や盗っ人たちがたむろしていない訳ではない。縄張りに踏み込めば、女子供でも容赦ない連中もいるのだ。


 伊織は早足で女の後を追った。




 女の入った路地に入れば、そこに破落戸はいなかった。だが追いかけていた女ともう一人、子供がいた。女は伊織に気が付いていないのか、子どもと視線を合わせて話を続けている。


「すゞ、こんなところで何をやっている」


 伊織が声をかければ、しゃがみこんでいたすゞは慌てて立ちあがり、彼と向き合った。彼女の後ろには変わらず子供が立っている。子供はすゞの陰から伊織の様子を窺っていた。


「旦那様こそ、どうしてこのようなところへ」


「質問に質問で返すな。俺は見廻りだ」


「私は買い出しの途中でございます」


「そうではなく路地に入った理由を聞いている。破落戸共が屯していたら危険だろう」


 伊織の言葉にすゞは一瞬驚いてから、口許を押さえて笑いだした。伊織は予想外の反応に苛立ち眉間に皺を寄せる。すゞの後ろにいた子供がすゞの着物の裾を小さく引いた。伊織の機嫌に気がついたのか、彼女は慌てて咳払いをして頭を下げる。


「申し訳ありません。あまりにも不思議、と申しますか、そんなことを申されるとは思いもよりませんでしたので」


 謝りながらもすゞの肩は小さく震えている。伊織の眉がぴくりと動く。


「何がそんなに可笑しい」


「恐れながら旦那様。私は猫又、化け猫の類いでございます。たとえ破落戸であろうとも、人の子などに傷つけられることはまずございません。ですので、そのようにご心配いただかなくとも」


 彼女の醸し出す穏やか雰囲気は伊織から毒気を抜く。伊織は呆れたように額に手を当て、ため息をついた。


「たとえそうだとしてもだ。お前は女子なのだからもう少し気を付けろ」


「ご心配いただき、ありがとうございます」


 顔を上げたすゞは心底嬉しそうに微笑んだ。伊織が心配してくれていたことが、純粋に嬉しかったのだ。普通の男なら頬を赤らめてしまうような可愛らしい彼女の笑顔に、伊織は手を口許に当てて息を詰まらせた。

お読みいただきありがとうございました。


五月から更新を始め、大晦日を過ぎれば、新年となります。

お読みいただいている皆様、今年はありがとうございました。来年もまた一年、宜しくお願い致します。来年も恙無く過ごせればと思います。

皆様に幸多からんこと、心よりお祈り申し上げます。それでは、良いお年をお迎えください。

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