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「法螺吹きって。まぁ、間違ってはいない、のか? 噂について虚言をしていた、としたい訳だしな」
「でしたら、男の言全てが嘘、天邪鬼のような男だ、と言われるようにすれば良いのですよね」
「何か思いついたのか?」
伊織の問いに豆助は何も答えず、じっと顔を見つめてくる。ただ真っ直ぐに見つめられたまま何も言われないのを怖く感じて目を逸らしてしまう。しかし、豆助は揺るがない。下からの視線に耐えかね、何だよっ、と投げ放った。
「いえ、気付いていらっしゃらないのかな、と思いまして」
「だから、何がだ」
「先程花菱様が私に声を掛けてくださった時、お連れ様は撒いた、と仰っていらっしゃいましたよね」
「言っただろう? 兵衛に見られないようにだ」
「では何故、見られてはならないのですか? 花菱様はただ私と話をしているだけですのに」
「それは兵衛にお前の姿が見えないから」
「見えないと、何でしょうか」
豆助の誘導に、素直に答えていた伊織の言葉が止まる。
見えていない兵衛の目の前で豆助と話を始めれば、彼の目には伊織が虚空へ話しかけているようにしか見えない。仮に、兵衛へ豆助の存在を主張したところで、見えないものをいる、と信じはしないだろう。
人は妖怪がいると思っていたり、いることをどこかで期待していながら、いないものだと心のどこかで理解している。大の大人ならそんなものだろう。伊織自身、すゞと出会い、妖怪たちを目の当たりにしていなければ、妖怪の存在を確信しはしなかった。
結局大人は子供を躾ける為や、よく分からない事象の根拠にして納得したいが為に、妖怪の存在を口にしているだけなのだ。
妖怪がいる、と誰も信じはしない。そう分かっていながら、伊織はその事実を忘却していた。己には見えているからこそ、その発想に辿り着かなかった。
「妖怪がいる、と言わせるということか?」
「いる、というのもですが、襲われたと騒ぎ立てる人だ、と仕立てるという方が正しいかもしれません」
「つまり、どういうことだ?」
「妖怪がいる、では弱いというだけで、襲われた時の方が人は大げさに周りへ吹聴するのではないか、というだけのことです。その方が、妖怪に憑りつかれた、や、妖怪に狙われている、という風になればと思いまして。あわよくば、ですが」
周囲に噂されるほど妖怪を信じているとなると、矢筈自身が妖怪の存在を確信していなければならない。たとえ信じても、彼が隠してしまっては意味がない。
確かに豆助の言う通りだ。
また、彼の考えるように、矢筈が妖怪に狙われているとなれば、周囲の反応は、矢筈自身の行動は、どんな形であれ明らかに常時とは異なる。
「妖怪お得意の化かしという訳か。しかし、姿はどうする。妖怪は人に見えないものだろう」
「先程私がお話いたしましたことをお忘れで? その気になれば姿を見せることは可能です。見えなければ化かすこともできませんし」
「言われてみれば確かに」
見えなければ豆助は豆腐を売り歩くことはできないし、妖怪の伝承がこんなにも残っていることもない。
「季節には少し早いが、肝試しという訳だ。良い考えだとは思うんだが」
「何か不都合でも?」
「肝心の化かし役はどうする。兵衛が絡む以上、俺も化かす側に回るなら文字通り人手を集めねばならないし、妖怪がやるとなっても近くにいる妖怪などすゞと翁、お前くらいだ。翁は頭数にはならないし、実質二人になるんだが」
「私を頭数に入れられましても何もできないかと。ただの豆腐を持った小僧ですので」
豆助も含まれないならばすゞ一人で矢筈を驚かすことになるだろう。すゞが姿を見せて、はたして驚いてくれるのか。妖怪、ではなく、ただの大きな猫と言われては作戦に障りが生じてしまう。ただの、と言うにはいささか大きすぎる図体ではあるが。
「人ではありませんが、人手は近くに多くいらっしゃるではありませんか」
「必要としているのは、人、ではないんだぞ?」
「存じております。花菱様の家には多くいらっしゃるではありませんか、付喪神が」
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本当にありがとうございます。
これからも精進してまいりますので、引き続き御贔屓の程お願いいたしたく存じます。
ちなみに今年の公式企画の短編「秋の歴史」ですが、テーマに今一つピンと来ておらず、現在何も思いついていない状況です。
分水嶺って本当に何なんでしょうか。
思いついたら書く、くらいの気持ちでいます。
書けなかったら、ごめんなさい。




