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雲居藩妖怪抄  作者: 川端柳
第六幕――〇〇〇(?????)
204/267

49-(4)

(なま)ったな。己のかつての力量の上に胡坐をかいているからそうなる」


 穂長師範からのありがたいお言葉はそれだけであった。




 方々打ち据えられ、伊織にはもう立ち上がる気力もない。それまでにできたことといえば、一本にならない箇所に数撃掠めたくらいだ。



 手も足も出なかった、と伊織はいっそ清々しい心持だった。腕が錆びついていた気は薄々していたのも事実で、それを見える形で分からされたのだから。


「日も高い。一度終いにせよ」


 穂長の一声で師範代を皮切りに門人たちが次々と挨拶をしていく。片膝を立てたまま肩で息をする伊織もその流れに乗ろうとするも未だ足に力が入らない。仕方なくその場で蹲るような正座をし、師範へ深く頭を下げる。


「ありがとう、ございました」


 全員の声を聞き届け、穂長は道場から出て行った。






 師範の姿が見えなくなってから門下生たちは動き始める。道場から出てすぐの庭にある井戸に集まり、井戸水で汗を流していく。中には釣瓶から直接頭へ水を掛ける者もいる。その水が掛かった、とわいわい騒ぐ姿は幼子のそれとあまり変わらない。


 これが若さか、と伊織は年甲斐もなくそんなことを思ってしまった。


 久し振りのしごきに体がついていかず、未だ道場の真ん中から動けそうにない。


 礼儀を欠くとは分かっていても、両手足を投げ出してその場で大の字になっていた。





「ご挨拶が遅れまして。お疲れ様です、花菱さん。お久し振りですね」


 顔に影が差し、そんな挨拶が降ってくる。視線を影の根本へと動かせば、にこにこと笑みを浮かべる男が立っていた。結い上げられた長髪の先と道着の襟周りが濡れているのを見るに汗を水で流した後なのだろう。


「これは二代目、大きくなったな」


「その呼び方はやめてください。恥ずかしいです」


「すまん、藤次郎。こんな姿ですまないな」


「いえ、父が手加減せず花菱さんを無理させたせいですのでお気になさらず」


 藤次郎と呼ばれた男は笑って許すが、横になったままは流石に不敬だろうと、伊織は体を起こす。上体を起こし、改めて藤次郎を頭の先から観察した。


 藤次郎はこの穂長道場の師範代であり十内の息子である。門下の人間には、若や二代目と呼ばれることが多い。しかもそう呼ぶのは古株に多く、藤次郎が正式に師範代になって以降の入門者がそう呼ぶことはない。


 伊織とは歳はさして変わらず、藤次郎の方が少し年下なくらいだ。


「でかくなったな」


「そうですかね。この数年たいして背も伸びていない気がしますが」


「いや、育ったな」


 しみじみと言う伊織に藤次郎は首を傾げる。


 伊織が見ない間に藤次郎の体格は良くなっていた。育ったとはそういうことである。研鑽の上の体躯に今からそこまでなれるのか、と伊織は届きそうにない目標に小さく絶望した。



 牛鬼(うしおに)からえんを護る為の道のりは果てしなさそうだ。



「それより、汗を流されては? 風邪を召されますよ」


「馬鹿しかひかない風邪をひいては笑えないな」


 汗が冷えて背筋を寒気が走り抜けていく。藤次郎の言う通り汗を流した方が良さそうだ。


 息も整い、ゆっくりなら動けるくらいまでには疲れが抜けている。





 井戸端では門人たちがわいわい話をしている。男であろうと女であろうと井戸端でお喋りしたくなるのは変わらないらしい。


 井戸端の門人たちは前髪を落としたばかりのような幼さ残るものが多い。中には伊織くらいの歳の者もいるがこれは少ない。のんびりしていた伊織を除けば、今井戸端で汗を流しているのは門人の中でも下っ端の者ばかりだ。師範代などは場所を譲られ早々に身綺麗になっている。


 伊織が上をはだけさせ、手拭いで汗を拭いていると、彼らの話し声が耳に入ってくる。


 その中の一つがやけに耳についた。


「三石さんの妹子が破談になったらしい」


 その噂話を聞いていた者たちはくすくすと含み笑う。原因は妹の方らしい、とまで付け足される。輪の中の一人が伊織に気付き、ばつが悪そうな表情になった。伊織と兵衛の仲は道場でも有名だ。だから慌てて取り繕ったのだろう。




 伊織は周りに聞こえないように深いため息を吐いた。







 あぁ、これだから家を継げない三男四男の集まる道場というところは嫌になる。

お読みいただきありがとうございます。


総アクセス数が75,000を突破いたしました。

10万の3/4……。ついにここまで来たのか、と感慨にふけってしまいます。

いつもお読みいただき本当にありがとうございます。

これからも楽しんでいただけるよう精進いたしたく存じます。


今回、伊織が門下生たちを見て「若いな……」なんて言いながら黄昏ていますが、彼らと伊織の年はそんなに変わりません。

大学生や新社会人が中高生を見て「若いな……。俺ももう歳かな」と言っているようなものです。

鷹匠さんや州浜さん、穂長十内にしてみれば「どっちも若ぇよ」と言いたくなる状況です。


そういうこと、ありませんか?

自分は最近コロッケなどの油ものを前にすると躊躇うようになり、歳を重ねたことを感じます。

自分より年上の方には「まだ若いんだし、そんなことないでしょ」と言われますが、油ものはやっぱり胃にダメージを与える上に尾を引きます。

やっぱり、歳でしょうか。

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