5-(3)
「そうだ、兵衛」
伊織は何か思い出したように呼び止めた。門を出ようとする兵衛は足を止めて、なんだ?と言って振り返る。
「あの殺されていた人の家は、どうなった」
「お咎めはなかった。刀を抜いていたしな。確か長男が跡を取ったんじゃなかったか」
当時、武士は刀を抜かずに斬られることを恥とした。特に脇腹や背中を斬られるのは、逃げようとしたと腰抜けと扱われ、武士の恥として周りからの風当たりも強い。御家取り潰しも有り得た。刀を抜くということは、反撃の意思があった、ということを表している。
今回の辻斬りは背後からの不意討ちもあり得たのは、捕らえた伊織の傷が語っている。故に背中の傷とはいえ刀を抜いていた為に、死んだ武士の家は守られたのである。
伊織は、そうか、とこぼす。
「ありがとう」
「いや。お前の小細工がばれなくて良かったな」
「なっ!」
兵衛は笑いながら出ていった。すゞは門のところに立って見送る。伊織は片膝を立て身を乗り出した格好のまま動けなかった。
「辻斬りの件、残念でしたね」
湯飲みを片付けに中から回ってきたすゞに声をかけられ、伊織ははっとする。再び胡座をかき、湯飲みの中の冷めた茶を飲み干した。
「辻斬りを殺したのはあの鎌鼬か?」
「傷口からの血が少ないと仰っておられておりましたので、おそらくは。鎌鼬の傷から流れでる血は少ないのです」
「ならば目的はやはり口封じか」
伊織はぼんやりと庭を眺める。何も言わなくなった彼に言いたげにすゞは口を開いては閉じる。膝の上で組まれた手は右左右左と何度も組み替えられる。
「何だ。何が言いたい」
目端でもじもじとするすゞに焦れったくなったのか、伊織は尋ねた。それからももじもじとしていたが、意を決したのか、あのっ、と切り出した。
「鎌鼬を捕らえたり、なさらないのですか?」
伊織は一瞬驚いたが、彼女の発言を一笑に付す。
「他の者には見えないのに捕らえてどうする。捕らえたところで妖怪を裁ける訳もない。そのようなことを、するだけ無駄だ」
「ですが、このままではすべて決着と言うにはあまりにも」
「例え釈然としなくとも、これで終いと納得する他ない。上がそう決めたなら、従うしかないのだ」
彼の言葉には諦めの色が滲み出ていた。すゞは空になった湯飲みを盆に乗せると、何も言わずにその場を離れた。
一人残された伊織はぼんやりと庭を眺める。
「ままならんものだ」
独り言ちるた彼の声は誰も届かず、庭を吹き抜けた風に消えた。その風は何かが走り抜けたような、低く不思議な風だった。
お読みいただきありがとうございました。
なんとか年内に第一幕が終わりそうで、とりあえず一安心しております。
最終回のような雰囲気、一段落感を醸し出しておりますが、まだ物語は続きます。
脳内では何章も先までの展開を構想しております。全然固まってはいませんが…。
一章が終わった所でPDFで読みやすいように別に投稿しようか最近悩んでいるところです。
要望があればやろうかと思っています。




