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翌日、伊織が奉行所の仕事に出ている間に、佐吉は口入屋に顔を出した。口入屋とは仕事を斡旋する店である。中にいた女中の仕事を探しここに集まった女たちが、佐吉の顔を見るなり渋い顔をする。女中たちの間に花菱家の噂は十二分に広まっているようだった。
番頭らしき男が佐吉の前に来て中へ案内しようとするが、佐吉は断り口入屋を出た。背後から女たちの嘲笑混じりの話し声が聞こえてくる。彼はため息をこぼさずにはいられなかった。
佐吉の立ち去る姿を、じっと見つめる目が二つ。揺らぐことなく彼の背中を捉えて離さなかった。
下男である佐吉は仕事を終えた伊織のもとへ迎えに行く。伊織の荷を持ち付いて歩くのも、彼の仕事である。日も傾き始めた黄昏時に男二人が一緒に歩く姿は、何とも風情を欠く絵面である。
「女中はどうだ。見つからなかったか?」
「然も当たり前のように聞かんでください。誰のせいだと思っているのですか」
「いざとなれば女中の仕事程度、俺がやるぞ」
「冗談ですよね、旦那様ぁ」
伊織の口から乾いた笑い声がこぼれる。自覚はあるようだ。佐吉は額に手を当てため息をつく。
この人は、自覚があるからこそ厄介だ。
佐吉は心の中で嘆く。伊織の変人ぶりは、半分は意図的なものだ。自覚があり周りから注意されようとも、彼は止めようとしない。厄介なことこの上ない。これだから女中がなかなか来ないのだと、嘆かずにはいられない。
故に、玄関前に女がいた時の彼らの驚きはかなりのものだった。
女は敷台前の石畳で草鞋を脱ぎ、正座をしている。傍らには風呂敷包みが一つ。何とも不思議な光景である。
「面白いな」
伊織は小さく呟くと、女の正面に立った。女の顔は色白で整っており、誰にでも好かれるそうな顔立ちだった。
女中、出てきたのに台詞も無ければ、名前も出てませんね。
粗筋に名前出てるんですけどね・・・。