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「伊織よ。お主、先程の話を聞いて牛鬼の目論見、どう思った」
質問を質問で返された。目の前のこの妖怪はこういうことを割とやる。そうして話をはぐらかしてみたりする。のらりくらりとしているさまもぬらりひょんという妖怪らしさ、なのかもしれない。
だとしても、話がいつも遠回りになることを伊織が面倒と思うことは、仕方ないのでは片づけられないことだ。
「俺じゃなく、翁の考えをだな」
「良いから、答えんか」
翁はにやにやと笑みを浮かべ、酒を仰ぐ。伊織が答えるまで話は進まないだろう。
「そうだな。『件』という妖怪を俺は知らないが、妖怪の身勝手に人が巻き込まれるというのは、迷惑なことだとは思う。牛鬼とやらの考えも思いつきとやらも、俺にはさっぱりだがな」
「そうか。では、すゞはどうじゃ」
空になった徳利を替えようとしていたすゞは、突然問われたことに驚き、徳利を掴み損ねて畳に倒してしまう。幸い空だった為、徳利の縁から一、二滴酒が零れただけで済んだ。
「わ、私ですか?」
「どうじゃ?」
えっと、と言葉を詰まらせ、翁と倒れたままの徳利を見比べる。
少し躊躇って、すゞは賄場の布巾を取りに行った。調理台の上から引っ掴むとすぐに戻り、徳利を手早く片付ける。元々、持ってきていたお盆の上にそれらを置き、漸く翁の方へ居住まいを正した。
「私は、その娘さんが心配でなりません。妖怪との子を宿しているなど、周りからどのような扱いをされていることか。ただでさえ牛鬼の群れに捕らえられ、辛い思いをしていたというのに。不憫でなりません」
「それは間違いなくそうだが、今はそこではなく。『件』について考えを聞きたいのじゃが」
「死なない件のことでございましょうか。俄かには信じられないお話ですが、牛鬼ほどの力を持つ妖怪の血を継いでいるのならあるいは、と思ってしまいます」
「そうじゃろう。そういう答えを聞きたかったんじゃよ」
ぱん、と翁は己の膝を平手で叩く。すゞの言葉に満足したのか、からからと笑いだす。
「いや、話が見えん。勝手に喜んで終わるな。まったく答えが見えないのだが、結局翁の得んとしているものは何なんだ」
「お主、今の話で分からんか」
「分かるか!」
伊織の叫びに翁は、やれやれ、というように肩を竦める。説明不足の翁に伊織は苛立つが、翁の中では分かっていない伊織の方が悪いらしい。
全く説明するつもりのなさそうな翁を見兼ね、すゞが、旦那様、と声を掛けて気を逸らした。
「旦那様は、件、という妖怪について如何程ご存じでございましょうか」
「先程も言ったが、大して知らん。『件の如し』という言葉こそ使うが、意味合いは違うだろう」
「それは『かの事の如く』ということじゃろう。掠ってもおらんわ」
「翁様!」
小馬鹿にしてくる翁をすゞは慌てて諫める。そもそも妖怪にとってこんな初歩のような問答をしているのも翁のせいだというのに、だ。
「件を知らんとは。人の世の移ろいを感じるのぉ」
「そこまで有名な妖怪なのか、件は」
「誰もが憧れ、求める力を持つからのぉ。忘れられるということは、人の世がそれだけ平穏ということの証とも言えるかのぉ」
「憧れる力?」
「予言じゃよ」
お読みいただきありがとうございます。
座って会話するシーンが続き、台詞量が他の話に比べると多くなっています。
自分は鉤括弧恐怖症なのか、台詞が続きすぎるとどうしても間に地の分を入れたくなってしまいます。
類することを、以前にも書いた気がします……。
ラジオドラマの台本や、某作家のライトノベルは鉤括弧ばかりなのをみると、よく書けるな、と感心してしまいます。
読みやすさと書いた時の安心感が自分の中でいつも相反しているのですが、程よい落としどころを見つけられる日は来るのでしょうか。




