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雲居藩妖怪抄  作者: 川端柳
第五幕――○○(????)
171/267

41-(4)

「そう言えば、そんなこと言っていた気もするな」


「話しておった筈じゃ」


「んな、何月も前の世間話まで覚えているとでも思うか」


「さして時が経ったとは思えんが」


「俺にはもっと、何年か前の事のようにすら思えるくらいだ」


 苦々し気に伊織は視線を逸らす。土御門がいた時間は、それだけ彼を苛んでいたということだろう。翁との話が遥か昔のことに思える程に。


「確か、ご朋友の方が翁様にご用がおありで会いに行かれる、といったお話だったかと」


「伊織と(ちご)うて、よう覚えておるな」


「恐れ入りましてございます」


「しかし、翁の友とやらがこの雲居にいたとはな。それが先に言っていた牛鬼(ぎゅうき)という奴なんだろう?」


「いや、牛鬼(ぎゅうき)がおるのは伊予国であってここではない。それも先に言ったと思うが」


「そう、だったか?」


 あまりの覚えていなさに、流石に伊織自身も不安を覚え、なんとか思い出そうと首を捻る。顎に手を添えたみたり、あちこち(くう)を見遣ってみたり、腕組みをし唸ってみたが、成果はあまりなかったようだ。最後は力尽きたように、腕組みのまま首を垂れた。





「すまん。ほとんど思い出せん」


「ほとんどではなく、何も、じゃろう」


「胸を張って言い返せんのが口惜しいが、否定しきれないのも事実だ」


 言い負かされた伊織は目に見えて肩を落とす。あまりの殊勝さに翁も面を食らってしまう。


「それなら尚の事。おかしな話じゃないか? 伊予とこの雲居の地は京から見れば西と東、真反対だ。牛鬼(ぎゅうき)に会うにしては辻褄が合わないと思うが」


「真っ当に行くとなればそうじゃろう。じゃが、儂はそうもいかんでな」


「どう行くつもりだったんだ? と、それも前に訊いたんだったか?」


「大して話さんかったかもしれんのぉ」


 確認するように翁はすゞに視線を向けるが、彼女は分からないと首を傾げた。本当に話していなかったのか、それともすゞのいる前でその話をしなかっただけなのか。あれだけ伊織が覚えていなかった小馬鹿にしておいて、自身もそのあたりは曖昧だ。



「まぁ、お主が覚えておらねば致し方ない。今一度話そう」




 お為ごかしに取り繕ってから、翁は講談師が釈台でするように己の膝を叩いた。



「人はたいして気にしとらんかもしれんが、言葉や特に音というものはこの世にあって大事なものじゃ。『言霊』という言葉が示す通り、言葉には魂が宿る。名も同じ。生きている者や妖怪にとって名は大切なものであるように、場もまた然り。付けられた地名が他所を示し、時に繋ぐことがある。異世であれば尚更起こりうることじゃ」


「簡潔に言ってくれ」


「せっかちじゃのぉ。つまり、この地にある宇和山と伊予の宇和島とは繋がっておる。故に、宇和山から牛鬼(ぎゅうき)の住まう山へ行ける訳じゃ」


「そうなのか?」


「かつての者が宇和島を想い名付けた、ということも関わりあるが、小高い所、小さな山のようなところは『島』と呼ぶこともあるからの。それらが合わさって、この地の宇和山は繋がっておる、という絡繰じゃ」


「さっぱり理解できねぇ」


 翁の話に伊織は頭を抱える。言いたいことは何となく分からないでもないが、全く腑には落ちていない。名前で繋がる、同一とされる、など簡単に信じられる話ではない。


「無理に分からんで良い。そういうものだと思ってくれ」


「その分からん手で伊予に行き、牛鬼(うしおに)に会った、と」


 本当か、と疑うように伊織はすゞに目をやる。先程から困った時にだけ見つめられる彼女は、困ったように笑ってみせた。






「さて、牛鬼(ぎゅうき)()うてからはどうはなしたものかのぉ」

お読みいただきありがとうございます。


ここ数日、くしゃみが止まりません。

季節は春のようです。


花粉症に苛まれ、鼻水や目のかゆみ、鼻のかみ過ぎによる頭痛まで併発しています。

去年まで効いていた市販薬が、今年はあまり効いていません。


あと数ヶ月は花粉症と戦うことになりそうです。

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