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「妖怪と距離を置けば、自然と見えなくなりますので、暫しのことですがご注意ください」
すゞの言葉に引っ掛かり、伊織の眉尻がぴくりと動いた。自然眉間に寄るしわが深くなる。
「暫しのこと、だと? どう言うことだ」
「明日よりお暇をいただきたいと思っております」
「ここを去ると言うのか」
「はい。短い間でございましたが、お世話になりました」
すゞは畳に両手を揃えてつき、深々と頭を下げた。
「そうですか。また女中を探さなければならなくなりますな」
「お手数をかけます」
「待て。何を勝手に話を進めている」
彼女が出ていく方向に話が進みそうになり、伊織は慌てて話を遮った。驚いたように二人が彼を見る。
「誰が辞めて良いと言った。何を立ち去ることがあると言うのだ」
「ですが、私は人ではなく妖怪でございますし」
「それがどうした」
さも当然のような顔で言う伊織に、すゞは呆気に取られ、えっ? と声を漏らす。佐吉もあり得ないものを見るように目を見開く。
「妖怪の何が悪い。むしろ面白いじゃないか。妖怪の女中など中々あるものではないぞ」
からからと笑う声を遮るように、突然畳を叩く音が部屋に響く。音の発信源は佐吉の右手だった。
「妖怪なんて得体の知れねぇのを置くなんて、何考えているんですか。あっしは反対です」
「お前が得体だ何だ言える立場か」
「にしたって、恐ろしいじゃないですか。妖怪なんて」
「いい加減にしろ、佐吉。お前が何と言おうと俺は考えを変えるつもりはない」
伊織は一向に譲らずない。嗜めるように、旦那様ぁ、と佐吉は溢す。ため息混じりのその声に、伊織は苛立ち舌打ちをする。
「そんなに嫌だと言うのなら、お前がここを去ればいいだろう。最も、ここを出たお前の行く場所など、一つしかないだろうがな」
「脅し、ですかい」
「脅してはいない。事実を言ったまでだ。お前の好きにするといい」
「ですが」
「俺の下にいるつもりならそれ以上何も言うな。佐吉、お前俺に物申せるほど偉くなったのか」
伊織の眼光は鋭く、眉間には深くしわが寄る。殺気立たんばかりの気配に、佐吉は息を飲む。唾液を飲み込んだ音と共に喉仏が上下する。
「出過ぎたことを申しました」
沈黙の後、佐吉は渋々頭を下げた。ゆっくりと息をついた伊織は、剣呑とした雰囲気におろおろとしているすゞに視線を移す。
「すゞ、ここで女中を続けるかはお前の自由だ。好きにしろ。しかし、『妖怪だから』と言い訳して出ていくことは許さん」
「はい」
すゞの声はわずかに上ずり、震えていた。
「話は終いだ。冷めてしまったが、飯にしよう」
伊織はそう言うと湯気の上らぬ汁椀を啜る。佐吉とすゞも食事に手をつけた。食事が終わるまで誰も何も発することは無かった。
食事の後、佐吉は提灯を持ち、黙って家へと帰っていった。
お読みいただきありがとうございました。
長い夜が終わりましたね。足掛け一ヶ月、と言ったところでしょうか。本当に長かった。
こう言った解説回は、しっかり読むのは初めだけだったりしますよね。自分も漫画の解説回はざっくりしか読んでいなかった気がします。あと、修行編も。
さて、次回はようやく日付が変わります。




