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すゞの薄く開かれた口から吐き出された息は震え、わずかに音を立てる。手拭いを見る前とは明らかに様子が違う。伊織は自分の考えに確信を得はじめ、更に詰め寄った。
「答えられんか。ならば質問を変えよう。お前は、何だ」
「何、と申されましても。私は、ただの女中で」
「そう言うことを訊いているのではない」
言い淀むすゞへ放たれた言葉には、鋭さを含んでいる。すゞの顔に影が射す。視線は伊織と合わないように、畳の上をうろうろとしている。
重い空気に堪らず、遮るように佐吉は身を乗り出した。
「旦那様、一体何の話をしておいでなのですか?」
「聞いていれば分かる」
伊織は佐吉に向けた視線をすぐに戻す。一瞬逃れられると油断していたのか、すゞはびくりと肩を揺らした。
彼女を見つめる伊織の目が、すっと細められる。
「すゞ、お前が言わんのならば俺から言おう。お前は、昨夜俺の前に現れた化け猫だな」
行灯の火が揺らぎ、三人の影を歪める。
「な、何を仰っているのですか? 化け猫だなんて、そんな」
「ならば、この手拭いがここにある理由と、左脇の怪我の理由を聞こうか。洗濯物を取り込む時に庇っていただろう」
すゞは何か言い返そうと口を開くも、結局は口を噤んだ。まっすぐと見つめてくる視線に耐えられず、上げていた顔を伏せて再び視線を逸らす。
打つ手は無く、詰んでいる。
投了を切り出す棋士の様に、すゞは重たげな息をついた。
「違うと申し上げても、旦那様は信じてくださらないのでしょう」
「そんなことはない。俺の納得のゆく答えであれば信じる」
「旦那様。いくら変わったことがお好きだからといっても、化け猫だなんて。そんなお伽噺、ある訳がねぇ」
「佐吉。少し黙れ」
伊織の吐き捨てた言葉に、佐吉は仕方なく黙ることにした。己だけが、何も分からなければ何も知らない。不服そうな表情のまま事の成り行きをただじっと見つめるしかなかった。
「どうなのだ」
こよりの焼ける音に次いで障子戸の揺れる音。風が収まり、部屋が静けさに包まれてから、すゞはようやく口を開いた。
「旦那様の仰る通り、私は人ではありません。猫又、化け猫と呼ばれる類いのものにございます」
行灯の火の揺れに合わせて、壁に写るすゞの影がぐらりと大きく揺れた。
お読みいただきありがとうございました。
猫又は広辞苑にも載っています。見つけた時、少し驚きました。
鳥山石燕の『画図百鬼夜行』では猫又を『猫また』と書かれていますが、自分は『猫又』表記が一番妖怪の猫又を刺している気がするので、この表記のまま書いて行きたいと思っています。




