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握り飯を平らげてから部屋に戻ると、すゞが着物を畳んでいるところだった。すゞを横目に伊織は座布団に座り、外を向いている文机に本を開く。
「賄い場にあった握り飯、貰ったぞ。うまかった」
すゞが顔をあげ伊織を見るが、彼の目線は変わらず本に向いている。
「お粗末さまでございました」
頭を下げるすゞは笑顔で、声も幾分か高かった。
着物などをしまい終えたすゞは、伊織の背中を見遣る。相変わらず、身じろぎひとつせず本と向き合っていた。
「夕げはいかが致しましょうか」
「何でも構わん」
「承知いたしました」
顔をこちらに向けない伊織の背に深く頭を下げると、すゞはそそとその場を去ろうとする。
廊下に膝をつけ襖に手をかけたその時、伊織が「そうだ」と独り言のようにすゞを呼び止めた。彼女は閉めようとしていた手を止める。
「佐吉に夕げはここでとるように伝えておいてくれ」
「はい」
すゞは戸惑いながらも返事をし、頭を下げてから静かに襖を閉めた。伊織の意図が掴めず、訳を思案しながら彼女は佐吉のいる庭へ向かう。掃除をしていた佐吉に伊織からの言伝を伝えれば、首をかしげながらも承知した。彼にも心当たりは無いらしい。
夕日が山に半分隠れた頃、居間に伊織の夕げの膳が揃った。佐吉とすゞの分は、居間から一段下がった賄い場の板間に向かい合うように簡素な膳だけが並んでいる。
何故自分も共に夕食をとるのか。そんな疑問を抱えたまま佐吉は自分の膳の前に座る。上座を見れば伊織が既に膳の前に座っていた。
「二人とも、こちらで食べろ。それから襖は閉めてくれ」
突然の言葉にすゞは茶を淹れていた手を止め、驚いたように振り返る。佐吉も同様に伊織を見た。
本当にこの人は、何をお考えなんだ。
佐吉はすゞに目をやるが、彼女は首を横に振る。彼女にも見当がつかないようだ。とりあえず二人は伊織の言う通り膳を部屋にあげ、伊織の少し下座に向かい合わせに並べた。
支度を全て終えたすゞが腰を下ろす。すぐにでも食事が始められる状態だが、伊織が一向に箸をつけない。家主である伊織が箸をつけなければ、二人も食事が始めることはできない。
三人の呼吸音が部屋の中に満ちる。佐吉とすゞは居心地が悪そうに何度か身動ぎをした。武士と同じ席で食事をするなど、ましてや雇い主と席を同じくするなどまずあることではない。二人には伊織の真意がまったく掴めないでいた。
伊織がようやく動きを見せ、己の前にある膳に手をかける。だが食事に手をつけるのではなく、膳を自分の前から横へずらした。何を始める気なのか、二人は伊織を見つめる。
「すゞ、これなのだが」
伊織はそう言うと、懐から折り畳まれた手拭いを取り出した。多少皺になってはいるが、きれいに洗濯されている。
「何故この手拭いがここにある」
伊織の問いにすゞの息が震える。彼女は何も答えられず、自分の目の前に置かれたその手拭いを見つめていた。
お読みいただきありがとうございました。
さて、物語は伏線回収に動き始めました。
勘の良い読者の皆さまはきっと気付かれている方も多いことでしょう。きっと皆様の思った通りの展開が待っていることと思います。
自分にはミステリーが向いていないな、と伏線のようなものを書く度に思い知らされます。
説明回が続くと思いますが、暫くお付き合いいただければと思います。




