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雲居藩妖怪抄  作者: 川端柳
第一幕――○○(????)
11/267

3-(2)

 詮議所は奉行所の牢のすぐ横にあり、拷問による叫び声や呻き声は牢まで届き、詮議所の土間の土から血の色が抜けることはない。そして、牢には裁きを待つ者や、数日牢に入っている程度の罪の軽い者が一緒になって入れられている。それらが、奉行所の中の日のろくに差さぬ場所に並んでいた。


 詮議所には例の辻斬りが縛られたまま土間に正座して座っている。伊織の負わせた傷の手当てはされていたが、破れた着物の間から真新しい傷がいくつも顔を出していた。男の横は二人の同心が立ち、手には先が箒のように割れた竹を持っている。土間から上がった場所には州浜が厳しい顔で座っていた。


「お呼びでしょうか、州浜殿」


「来たか、花菱」


 州浜は横に座った伊織に顔を向ける。


「この男、お前に話したいことがあるそうだ」


「わざわざ辻斬りの言うことを聞いたのですか」


「でなくば、辻斬りについてのことは何も話さんと言うのでな」



 州浜は呆れたようにため息をついた。彼の苦労を窺い見た伊織は土間に降り、辻斬りの男の側にしゃがみこんで顔を見る。男は血と水の滴る顔を上げ、伊織を見ると歯を出して笑みを見せた。歯は血に濡れ、口の端から赤い唾液が滴り落ちる。



「よぉ、随分遅かったな。待ちくたびれて、寝ちまいそうだったぜ」


「そのなりでよく言う。俺に用とは何だ」


「こいつらに話しても分からねぇと思ってな、あんたを呼んで貰ったんだ」


 男の言葉に州浜はあからさまに不機嫌な顔をする。男の目線が州浜と交わり、小さく喉で笑う。


「俺は雇われて辻斬りをしていたんだ。名までは聞いちゃいねぇが、あの鼬の飼い主にな。いや、ありゃあ、鼬が飼われてるのか、鼬が人を飼っているのか、分かりゃしねぇな」


 伊織を除くその場にいるものたちは、男の言っていることが「鼬」のことがさっぱり分からない。冗談か戯言を言っているようにしか聞こえず、首をかしげる。しかし伊織は真面目な顔のまま話を聞いていた。男を見る伊織の視線は睨み付けるように鋭いものである。


「貴様の雇い主はどこにいる」


「さぁな最初に声かけられて以来、会っちゃいねぇからな。仕事については鼬から聞いていたしな」


「人相は?」


「一度しか会っちゃいねぇ奴の顔を覚えてる訳ゃねぇだろ」


「つまり、貴様は雇い主を見つける手がかりは持っておらん、という訳か」


「そうなるのかも、知れねぇなぁ」


 男は嫌みたっぷりの笑顔で言い切ると、腹から笑い声を上げた。男の言葉に伊織も州浜も頭を抱える。辻斬りの元締めへの手がかりが無いのだ。


「最後に聞こう」


 伊織はため息をつくと男の耳元に口を近づけ、声を潜めた。男の目が真横にある伊織の顔に向けられる。


「あの鼬、鎌鼬だと考えて良いのだな」


「あぁ、そうだ。妖怪の鎌鼬だ。あんたがお調書にあいつのことを何て書くのか楽しみだ」


「ふんっ」


 伊織は鼻を鳴らすと立ち上り、州浜の横に戻った。



「もう聞けることは無いかと」


「そうか、ご苦労であった。其奴は牢に戻しておけ」


 州浜の言葉に男の両脇に立っていた同心たちが男を牢へと連れて行った。伊織もその場を立ち去ろうとして腰を半分上げたところで州浜に呼び止められた。


「奴の言っていた『鼬』とは何のことだ。お前は知っているのか」


 伊織は言葉を詰まらせる。妖怪などと言っても信じはしないだろうことは分かっている。伊織自身、目にしなければ男の言葉を真に受けなかった。なんと答えるのが正しいのか、考える。


「私には、分かりかねます」


 悩んだ末に伊織はそう答えた。


「そうか。奴がお前を呼んだのは、己を捕らえたからに過ぎなかったようだな」


 州浜は納得がいったのか、伊織を置いて部屋を出ていった。残された伊織は緊張の糸が切れたようにその場に手をつく。深く追求されずに済んだことに安堵し、大きく息をついた。

お読みいただきありがとうございました。


辻斬りの一件がひとまず落着しました。

伊織はまだボロボロですが、この章の間は確実にボロボロのままのつもりです。

血まみれの主人公なんて、少年漫画のようですね。


追記:

いつの間にやらアクセス数が300に到達しておりました。

ひとえに読者の皆様のお蔭です。本当にありがとうございます。

これからも精進していきますので、引き続き宜しくお願い致します。

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