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雲居藩妖怪抄  作者: 川端柳
第三幕――○○○(????)
100/267

24-(4)

 徐々に大きくなっていく笑い声に、土御門もすゞも目が点になり、再び顔は赤くなる。


「いや、すまない。馬鹿にしている訳ではないのだ、本当に。ただ」


 そこまで言って、伊織は笑いが抑えられなくなり、吹き出してしまう。これだけ笑ってしまっていては、言い訳に何の説得力もない。


「ただな、お前たちが、その、いるこの場が、何ともな。可笑しくなってしまっただけなんだ」


 何とか続けた言葉は笑いに震えている。言い終わってすぐ腹を押さえ、笑い声を口の中に収めようとしているが、ほとんど漏れ出ていて、無駄な努力でしかない。


 女を知らない男と、裸の女がいる場。そう考えてしまうだけで、伊織はまた、吹き出してしまいそうになる。すゞに関しては裸には見えない裸なのだが。





「さっさと山を下りましょう」


 土御門はいよいよ居た堪れなくなり、早口でそう言い切ると踵を返した。背中はどことなく小さく、羞恥心が隠しきれていない。


「待て。すゞの着物のことが何も解決していない」


「妖怪のことなど知ったことではありません!」


「そう言うな。手っ取り早くこの辺りで着物を借りるとなると、街道に出て舟屋に行くのが一番早い。顔馴染みもいるから融通してくれるだろう。お前、そのままそこで一夜を明かしてもいいぞ。口を利いてやろうか」


「結構です! 興味ありません!」


 本当は兵衛の方が詳しいんだがな、と付け加える前に、語気を強めて土御門が遮った。顔は見えないが声が上ずっているのは伝わり、また赤くなっていることは容易に想像がついた。


「興味がない奴は猫に化けた女一人に顔を赤くしたりはしないだろう。何事も経験だ」


「そういったお話は女のいないところでしてくださいませ」


 下へと流れようとする話を止めたのはすゞの声だった。確かに色街の話など女のいる前でするものではないだろう。彼女の声をこれ幸いと土御門は、先に戻ります、と言い残し山路を下って行った。






 このまま残る訳にもいかない。伊織はすゞの背に手を添え、行くか、と下山を促す。上目遣いの彼女の視線と距離を取ろうとする様に、先程までの話の非難が窺え、伊織は素直に謝罪した。彼の言葉に納得したのか、寄り添うように隣に並んだ。


「話を戻すが、今までどうやって化けていたんだ? 毎度破いていては着物がすぐに足りなくなるだろう」


「普段は、その、脱いでから、化けて、おりましたので」


 言葉を紡ぐ度、すゞの足はどんどん遅くなり、遂には止まってしまう。置いて行ってしまった彼女を振り返り、伊織は、また質問を間違えた、と苦笑を零した。


「大蜘蛛と対峙することは分かっていただろう。この山の中、どう化ける心積もりだったのだ」


「一度、普通の猫になって、着物から抜けようと、思っておりました」


「なれるのか?」


 そう問えば、すゞは宙で一回転して見せた。着地した彼女は普通の猫と変わらない大きさになった。伊織は毛繕いを始めた彼女に近づき、とりあえず頭を撫でる。そのまま首の後ろに手を回し、摘まみ上げた。力なく垂れた手足の下に二つに割れた尻尾が揺れている。


「本物の猫みたいだな、尻尾以外は。これなら帰れそうだ」


 伊織は悪戯っぽく笑って見せると、すゞを自分の懐に入れた。すゞはあまりのことに驚き、慌てて懐から飛び出ようとする。伊織はやんわりと彼女の頭を押さえ、そのまま山路を歩きだした。


 手は何の気なしにすゞの頭や顎を撫で続ける。最初こそ抵抗していたが、次第に喉を鳴らし、伊織の肌に頭や頬を摺り寄せ始めた。


「やはり、顎を撫でた方が良かったらしい」


 揶揄う彼の口調へ反抗するように、すゞは伊織の腹部に少しだけ爪を立てる。伊織は腹を震わせ、声を殺して笑うのだった。

お読みいただきありがとうございます。


何と今回で100話を迎えました。

ここまでお付き合いいただきました読者の皆様に、感謝申し上げます。


ふと、50話は? と思って見返してみますと、何と第二幕の最後の最後の話でした。

つまり、第三幕は50話かけて書いていた、ということです。驚きです。

一幕、二幕に比べ、随分重量のある話になってしまいました。


そして、今回で第三幕は一区切りとなります。

あとは余談を残すのみです。

次話もよろしくお願い致します。

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