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忘れられない

作者: 藤村ひろと

 

 今までロボットを使うことを拒んできたルイであったが、さすがに命の危険には代えられない。


 ついにルイの横にもロボットが立つこととなった。


 いつも家電を買う電気屋で薦められるままに買った旧式のロボットだったが、別に仕事に使うわけでもないので、ルイにとってはこれで充分だ。



「おや、ルイ。君はロボットは持たない主義だったんじゃないのか?」



 同僚にそう冷やかされるたびに、口の中でモゴモゴとはっきりしない声色で答えるルイだったが、それも仕方ないことだろう。


 まさか、殺し屋に命を狙われているからなどと答えるわけにはゆかないのだ。


 そう、ルイは殺し屋に命を狙われていた。


 昔、付き合っていた彼女が殺し屋を雇ったと言うのだ。共通の友人からそう警告されたときは、さすがに背中に冷や汗をかいた。手ひどく振った彼女の、別れ際の顔が思い出される。


 凄むでもにらむでもなく、ソラ恐ろしいほど冷静に、彼女は別れを承知した。


 その目を見たときの恐怖。あのリアルな記憶が、ルイにロボット購入を決心させたのだ。



「あの女ならやりかねない」



 と言うわけである。


 ロボットには人間を守る義務がある。眠ることもなく、ひたすら持ち主のそばで尽くすロボットは、これ以上ないボディガードなのだ。実際、みながロボットを持つようになってから、凶悪犯罪の数は激減している。


 ルイが手に入れたロボットは旧型だけあって、最初の段階ではただの召し使いでしかなかった。もっともそれだって、今までロボット無しで過ごしてきたルイにとっては、驚くほど便利に感じる。


 もともとルイはロボット反対派だった。


 敬虔なクリスチャンであるルイにとって、人間が人間の形をした生き物(?)を作ると言う行為は、ひどく冒涜的に感じられたのである。そんなことをせずとも、これだけ科学が進化しているのだから、すべての機械に電子頭脳をつければいいではないか。今までルイはそう思っていたのである。


 しかし、いざ自分で持つようになってみると、人間型のこの機械を今まで毛嫌いしてきた自分の不明に、ルイは少しばかり恥ずかしさを覚えた。同時に、なぜロボットが人間の形をしているのかを充分に理解した。


 すべての機械に電子頭脳をつけるより、ロボットを人間と同じ形にして人間の道具や機械を使わせるほうが、ずっとコストがかからない。こんな簡単なことに気づかないなんて、私はずいぶん視野が狭くなっていたんだなぁ、と改めて反省するルイであった。


 ロボットはとにかく便利だ。


 ものすごく有能な秘書を雇ったようなもので、日常のこまごました予定から力仕事、家電の修理など、たいていの厄介事はロボットに任せておけば事足りるのである。それだけでもルイは、驚きと喜びの表情を浮かべた。最近ではロボットに微笑みかけることさえ、するようになった。


 しかし、本当に驚かされたのは、この後だ。


 ロボットの薦めにしたがって、電子頭脳に別売りのプログラムをインストールしてやるだけで、ロボットの仕事の範囲は飛躍的に広がるのだ。別売りの専門プログラムは確かに安いものではない。しかし、それに見合うだけの、いや、それ以上の結果でいつもルイを満足させてくれるのである。


 冗談半分で、自分の仕事である建築のデザインをやらせてみたときは、唖然としてしまうほどであった。もちろん独創的なアイディアが出せるわけではないが、それ以外の細かい部分での設計の齟齬や矛盾を、ロボットは簡単に見つけ出し指摘して見せたのである。


 ルイの仕事の時間は激減した。


 アイディアが出てきたら、それを言葉でロボットに伝えるだけで、後はロボットが正確な図面を仕上げてくれるのである。こんなに便利なものをどうして今まで使わなかったんだろう。ルイはうれしいと言うよりむしろ、今まで時間を無駄にしたと言うような悔しい思いを持った。


 その反動なのかもしれない。


 ルイは余った時間を、いろいろな遊びに費やした。最新情報、面白いスポット、うまい店、すべてロボットが知っているのだ。どんな新しいことにも、まったく臆せずに挑戦できる。ルイは今までで一番、充実した人生を送っていた。


 そんなある日、同僚が早退すると言うので、ルイは何の気無しにその理由を問いただしてみた。



「どうしたんだい?」


「いや、健康診断に行かなくちゃならないんだ。ロボットが一番いい病院を予約しておいてくれたからね。そう言えば君は一度も健康診断をした事がないんじゃないか? ロボットの言うことは聞いておいたほうがいいぜ?」



 ルイのロボットは、一度もそんなことを言わなかった。


 健康管理プログラムが入ってないのだろうか?



「まさか。健康管理プログラムは、すべてのロボットに最初からインストールされているよ。一度、ロボットを調べてもらったほうがいいんじゃないか?」



 ルイは言われたとおり、ロボットを検査に出した。そこで驚愕の事実を聞かされる。



「あなたのロボットには、健康管理プログラムが入っていませんね。このロボットは自作ですか?」



 首を横に振るルイに、検査員はいぶかしげな顔をした。



「どんな安いロボットでも、健康管理プログラムが入ってないなんてことありえないんですがねぇ」



 とにかく改めて調整してもらうと、ルイはロボットとともに帰宅する。そして、ロボットに服を脱がせてもらい、ロボットに体をあらわせ、ロボットに湯船へ入れてもらっているとき、ふとひらめいた。



「あの女の仕業か?」



 同時に、風呂場の鏡に映った自分の姿が目に入る。


 精悍だった身体はロボットが来てからほんの数ヶ月で、見事なまでにぶくぶくと太っている。


 その緩みきった自分の身体を見たとき、ルイの顔は驚愕にゆがんだ。



「このロボットこそ、彼女の雇った殺し屋だ! 健康プログラムを壊して、私が自堕落な生活で成人病にかかったり早死にするようにたくらんだのだ! なんと言う怨念だろう」



 あの冷静な瞳の持ち主なら、そんな時間のかかる計画を実行してもおかしくない。ルイはあらためて彼女の執念に恐れをなした。


 同時に、どうあっても彼女の思い通りにはならないぞ、と決意を硬くする。



「あの女のことだ。もしかしたら彼女が殺し屋を雇ったといううわさを聞いて、私がロボットを買うことを見越していたのかもしれない。そう言えば、そのうわさを持ってきた友人は、ここのところ疎遠だったにもかかわらず、急にあんなメールをくれたじゃないか」



 そう考えると、他にも思い当たる節はあった。


 彼女はロボットのセールスをしていた。彼がいつも家電を買いにいくお店も知っている。もしかしたら、このロボットを薦めてくれたあの店員も、彼女とぐるなのではないだろうか?


 しばらく考えた後、決心したルイは、ロボットを廃棄処分にした。便利な生活は失われるが、命には代えられない。この一件が片付いたら、あらためて買いなおせばいいのだ。


 そしてその日からルイは何をするにも慎重になり、自分の身を守るために必死になった。


 その甲斐あって、瞬く間に昔のスマートな身体を取り戻した。



「とりあえず、成人病の危機はなくなったな」



 鏡に映った自分の身体を眺めながら、ルイは満足げにうなずいた。しかし、油断は禁物だ。あの女のことだから、また何を仕掛けてくるかもわからない。


 ルイは、まるで犯罪者のように、いつもあたりに気を配って生活するようになった。


 



「ねえ、ルイの奴、死んだんだってね?」


「え? そうなの? 何でまた?」


「よく知らないけど、栄養失調だか自殺だかって言ってたよ?」


「へぇ、どうしたんだろう? いまどき栄養失調ってのもおかしな話だよね? でも、自殺なんかするような人でもなかったし」


「詳しい話は、よくわからないんだけどね」


「ふうん。でも彼と付き合ってたのは昔のことだし、可哀想だけど私には関係ないわ」


「もしかしたら、あんたが殺し屋を雇ったなんて聞かせたから、それを苦にして死んだのかも 」


「やめてよ。あれは酔っ払った私の愚痴を真に受けたあなたが、勝手に言ったイタズラでしょう? 第一私たちはもう終わっていたんだから、彼がそんなことを気にするはずはないわよ」


「そうなの? でも、昔の彼氏でしょう?」


「そりゃそうだけど、いつまでも昔の男なんかに興味はないし、向こうだってきっと私のコトなんか忘たはずよ」



 彼女の復讐を恐れるあまり、病院の食事でさえ疑って何も口にしなかった。


 そうして命を失ったルイがこの彼女の言葉を聞いたら、いったいどんな顔をするだろうか?


 また、ルイが買ったロボットは、あの店員が小遣い稼ぎのために自作したものであって、だから健康管理プログラムが入っていなかったのだと知ったとしたら。


 若者が、ロボットの電子頭脳の容量を確保するために、健康管理プログラムを削除してしまう。ロボットを毛嫌いしていたルイは知らなかったが、実際よくあることなのである。


 そのために店員は、ロボットに健康プログラムを組み込むことを忘れていたのだ。


 普通、若者は自分の健康になど、あまり関心を持たない。


 ルイがロボットに興味を持たなかったように。



 また一方、結婚を間近に控えた彼女は、ルイのことなど完全に忘れていた。


 ルイのおびえは、まったく見当違いだったわけだ。


 普通、女は別れた男のそれからになど、あまり興味を持たない。


 現在の自分が幸せである場合は特に。


 いいにつけ悪いにつけ、昔の相手にこだわるのは、たいてい男の方なのである。



 

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