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2.部員、勧誘だー!

2.部員、勧誘だー!



 私立藤枝女子高等学校。静岡県中部地区、藤枝市に存在する、偏差値中位程の女子高である。スポーツが盛んで、ソフトボール部は全国大会の常連である。校訓は『清楚』であり、桜の花を元にした校章には教育目標として『美しい精神』『優美さを持つ女性』『優れた教育』という意味が込められている。濃いグレーのブレザーに、首元の大きなリボンが印象的な、県内でもそこそこ人気の高い制服である。

 そんな藤枝女子高の校門はすでに開いていて、登校時間の早い生徒がもうちらほらとその門を通って行く。とはいえまだ登校のピーク前で、生徒はほんの数人である。そしてその校門の裏側に隠れるようにして、5人の生徒がひそひそと話をしている。

「今7時25分か。そろそろ沢山登校してくるから、始めるか。8時まで頑張ってパンフレットを配ろうな」

制服のリボンが緑色の生徒が4人にそういいながらパンフレットの束を渡す。

「結構印刷したわね、栞那」

「ああ。松木先生が印刷してくれたんだ」

パンフレットを渡された友里がこう言う。

「き…緊張するよぅ…いきなり試練だよぅ…」

光の反射で、メガネの奥の瞳が見えず、心なしか制服の赤いリボンもヘタッとしているようだ。反対にさくらは

「頑張って勧誘だー!」

と言って張り切って両手を上げる。そしてもらったパンフレットをバサバサバサッと地面にぶちまけるのであった。

「あ」

「ああ、もうさくらちゃん!拾わないと…」

こんな1年生コンビを見て蘭が一言。

「何かやらかさないか心配だわ…でも友里ちゃんの緊張はちょっと和らいだようね」

「さ、さくらも拾い終わったし、パンフレット配り開始だー!」

栞那が元気よく、勧誘活動のスタートを宣言した。


「サッカー部入りませんかー!?」

「い…一緒にサッカーしませんかー?」

「おいしいクッキーとお茶もあるよぉ!」

パンフレットを配り始めてから20分が経過している。

「誰も受け取ってくれないですねぇ…」

声を枯らせて友里が嘆いた。普段大声を出さない彼女は、開始5分でもうガラガラ声になってしまった。

「あと10分!受け取ってもらえるように頑張ろう、友里ちゃん!」

しょぼくれる友里を元気づけようと、両手を上げて檄を飛ばすさくら。パンフレットは当然地面に散らばった。

「あ」

「ああ…また…拾わなきゃ!」

「ごめ~ん」

散らばったパンフレットを拾おうと、しゃがんで地面に手を伸ばす二人。さくらが手を伸ばした先のパンフレットに、生徒の靴が乗って、グシャ、という音がした。

「ちっ…んだよ。邪魔くせぇな…」

「ごめんなさい~…」

さくらが顔を上げると、そこには金髪のウェーブがかったロングヘアの生徒が立っていた。両隣にも茶髪の生徒。ブレザーのボタンは全部開いていて膝上数センチのスカート。制服のリボンは自分と同じ赤なので、1年生である。いかにもな不良生徒である。その光景を見た友里は驚きと恐怖で動けないでいた。

「あ。同じ1年生ですね~。サッカー部入りませんかー?」

その不良生徒を勧誘しだすさくら。驚きと恐怖が焦りに変わる友里。

「す、すみません!?と、登校の邪魔ですよね。すぐパンフレットどかしますので、こ…こここ校内にお入りくだしゃい!」

眼鏡をずらしながら何度も頭を下げて校舎に入る様促している。そんな友里を後目に金髪がニヤッと笑いながら言う。

「あぁん?サッカー部?いいぜ。なずな、瀬莉、さっそくサッカーだ!」

両隣の茶髪も答える。

「ん…?おう!」

「撫子パース!」

そういって地面に散らばるパンフレットを蹴り上げる、瀬莉と呼ばれた生徒。

「ボール多すぎ!あはは!」

パンフレットをぐしゃぐしゃにしていく3人。それを離れた所から見ていた椿が

「あぁ…せっかく作ったのにぃ…」

と悲しむ。

「おい!やめろ!」

少し離れた所でパンフレットを配っていた栞那が止めに入る。

「あー。すみませんねぇ先輩。こいつにサッカー部に誘われたもんで、入ってやろうかなーって思って」

にやにやと笑いながらそう返す、撫子と呼ばれていた金髪の生徒。

「サッカーはサッカーボールでやるものよ。紙を蹴って地面を散らかすスポーツではないわ」

蘭もそう言って止めに入る。

「ちっ。んだよくそつまんねーの。行こうぜ。瀬莉、なずな」

そう言って校舎に歩を進めようとする不良達に栞那が叫ぶ。

「おい!パンフレットぐしゃぐしゃにしたんだから片づけるの手伝えよ!」

「あぁん?」

目つきを鋭くして振り返る撫子。一触即発の空気が流る中、

「おい。校門で何をしている。他の生徒の邪魔になってるじゃないか」

一斉に声の方に顔を向ける生徒達。そこにはすらっとした30代ほどの男性教諭が立っていた。冷静な口調に、無表情。怒気を感じない分余計に生徒たちにとっては不気味である。

「げ…岡田…せんせ…」

先生、と付け忘れそうになって慌てて語尾を付け足す栞那。心底嫌そうな顔をしている。きっと生徒達からあまり好かれていない教師なのだろう。

「けっ」

そんな因縁など知らない撫子達不良3人は、教師につかまる事自体が嫌なので、くるっと校舎の方へ体を向け、歩いて行った。その不良たちを気にすることなく、地面に落ちているパンフレットを拾って眺める岡田。

「サッカー部…」

そうつぶやくと、グシャ、とパンフレットを握る。

「あぁ…私の作ったパンフレットがぁ」

再びのぞんざいな扱いに、悲しい顔をする椿。

「こんなくだらんスポーツに他の生徒を巻き込むな。お前達ももっといい部活を探すべきだ」

そう言って、パンフレットを投げ捨てる岡田。

「もうすぐホームルームが始まる時間だ。早く片付けて教室へ行け」

サッカー部を見もせずに言って、校舎へ歩いて行った。

「相変わらずの嫌味な野郎だ」

岡田の背中に向かってイーっとした顔をしながら言う栞那。

「でも、サッカー部って気づいて、珍しくムキになっていたような感じがするわね。いつもは冷淡な先生なのに」

蘭が不思議そうに言った。

「どうでもいいよ。さ、早く片付けて教室入ろうぜ。遅刻しちゃうぞ」

「はーい。あの3人、結局入部してくれたのかなぁ」

パンフレットを拾いながら言うさくら。

「んなわけねーって。からかわれてただけだって」

「ちぇー。残念」

「いや、あんな不良達を誘っちゃだめよ、さくらちゃん…」

「それより、武田さんは大丈夫なのか?石化してるけど」

さっきの不良との会話の姿勢からまったく動いてなく、カチンコチンに固まっている友里。さくらが声をかける。

「友里ちゃーん。もう怖い人達いなくなったよー」

「…はっ。き…気絶してました」

「友里ちゃんも活動初日から大変ね」

蘭が同情するように、ため息をつきながらそうつぶやくのであった。そこに一人の生徒が通る。

「あ、サッカー部入りませんか!?」

さくらがそう言って、パンフレットを渡す。

「…」

無言で受け取る生徒。ロングヘアに青いイルカのヘアピンが印象的である。パンフレットを読んで、鞄に入れて去って行った。

「わーい!受け取ってもらえた~」

ぴょんぴょんとはしゃいで喜ぶさくら。

「あぁ…また散らばるからパンフレットから離れて喜んで、さくらちゃん!」

とあわてて友里がパンフレットを抑えに走る。

「30分配って、受け取ってもらえたの、1人か…」

と栞那はため息交じりにつぶやくのであった。


 放課後のグラウンド。サッカー部の練習場に集まったサッカー部員達。そこへ隣で練習していたソフトボール部の3年生が声をかける。

「お、栞那達じゃん!サッカー部練習始めたんだ」

「いやいや~。すみませんね。私達なんかがグラウンド半分も借りちゃって」

「何言ってんのー。最初からそういう振り分けじゃん。いらないならソフト部が全面もらっちゃうよー」

「それは勘弁」

「あはは!じゃあねー。サッカー部人そろうといいね」

「ういうい。じゃあねー」

手を振って走っていくソフトボール部員。

「わーい!練習練習!」

さくらが張り切って手を回している。

「まずは柔軟、筋トレ、そしてランニングだぞ。ボールを使うのは後だ後」

栞那がたしなめる様に言う。

「えー。仕方ないな~」

「さくらちゃん…何故上から目線なの…」

「えー。走るの疲れるよー」

「椿…毎回それ言うの止めなさい」

 ランニングまでを終えた5人。息も上がって汗がに流れている。

「はぁ…はぁ…さくらタフだな…」

「楽しい事はずっとやってられます!あ。ランニングは楽しくないけど、ボール蹴るのを楽しみにしてるから!」

「友里は筋トレとランニング、頑張ろうな…」

「は、はい…すみません。はぁはぁ」

息も絶え絶えに答える友里。

「さて、ボール使うか。今日はパス交換だけやろう。教えながらやってればいい時間になるだろ」

「そうね。さ、1年生二人共こっちに来て」

そう賛同して1年生の二人を呼ぶ蘭。

「わーい!ボール蹴れるー!」

「インサイドキック、って言って、足の内側のここの部分でボールを相手に蹴るのよ」

「はあ…。コツってありますか?」

「足首がぐにょぐにょしない様に固定してボールの中心を蹴るのよ。かかとを押し出すように蹴るとうまくいくわ。やってみて」

「はい!」

そう返事をして、離れる1年生の二人。まずはさくらが友里にボールを蹴る。

「おお、さくらうまいじゃん!」

「わーい!」

「友里ちゃん、ボールをトラップするのよ!勢いを吸収するように足に当てて!」

「あわわわわ」

そう言って慌てて足を出して、空ぶってしまう友里。

「すみません!」

後ろに転がっていったボールを全速力で取りに行く。

「おぉ…足速くね?」

「友里ちゃん足速いですよぉ。中学の時学校で一番早かったですもん」

「…意外といい逸材が入ってきたんじゃ…」

戻ってきた友里。肩で息をしている。

「はぁはぁ。すみません!次はちゃんとやります!」

「いいよ。初心者なんだし、少しづつできるようになれば。3年と1年で組んで、パスとトラップの練習しようか」

「そうね」

「私教えるのうまくないし、蘭と友里で組んで、私とさくらと椿でやろうか。」

「蘭先輩、お願いします!」

友里が頭を下げる。

「がんばりましょ。トラップの練習しよっか。私が近くからボールを投げるから、それを受ける練習ね」

「はい!」

こうして、初心者2人のレッスンの時間が始まった。

 開始して10分した頃、グラウンドのフェンスから3人の生徒がサッカー部の練習場に近づいて来た。

「うぃーっす。サッカー部の先輩方。新入部員が来てやったぜ」

そうにやにやとした笑みで声をかけるのは、朝の不良3人組であった。

「おぉ!?朝の3人!はいってくれるんだねー」

嬉しそうに3人に駆け寄るさくら。栞那が叫んでさくらを止める。

「よせさくら!」

「あぁ。早速遊びに来たぜ!」

そう言って纏めてあったボールやストップウォッチなどの練習道具を蹴り飛ばす撫子。

「え…?何でそんなことするの?」

茫然自失と問うさくら。

「さくらちゃん、離れて!」

とさくらの元に駆け寄ろうとする友里。

「楽しい部活動だよ!」

そう言いながら、朝持って行ったらしいサッカー部勧誘のパンフレットを鞄から取り出してビリっと破り捨てる撫子。

「あぁ…私の作ったパンフレットォ…」

悲しそうな顔でそう言う椿。

「もうやめて!」

そう言って撫子に掴みかかるさくら。駆けよる友里が、

「さくらちゃん、だめ!」

と言う。

「触んじゃねぇよ!」

と言ってさくらの手を振りほどこうとする撫子。思いのほかさくらの力が強く手振りほどけないので、鞄でさくらの体を殴打する。

「痛っ…」

「んだよ、クソっ。サッカー部なんてぶっ潰してやるよ!」

興奮しながら言う撫子。それを聞いたさくらの目の色が変わる。

「入部しないで、邪魔するなら帰って!」

と言って撫子の手を再び掴もうと手を伸ばす。が、撫子がその手をはたき、撫子の頬をひっかいてしまう。

「痛ってーな!」

と言って撫子もさくらの腿を蹴る。やり返すさくら、やり返す撫子。取っ組み合いの喧嘩が始まった。後ろで見ていた瀬莉となずなも参戦しようとしている。友里は立ちすくんでしまっている。

「おい、やめろよ!」

そう言って駆け寄る栞那と、その後ろから走って近寄る蘭。

「何をしとるか!」

野太い男性の喝がその場を止める。渦中の生徒達が声の方を振り向くと、そこにはサッカー部顧問の松木が立っていた。

「グラウンドで生徒が喧嘩してる、と言われてきてみれば…」

夢中で誰も気にしていなかったが、どうやら結構な数の生徒に見られていたらしい。

「やっべ…」

荷物を拾って松木がいる出口とは逆の方から逃げようとする撫子達不良3人組み。しかし撫子の足が誰かに掴まれて転んでしまう。

「ぐあっ」

掴まれた足を見て見ると、さくらの手が伸びていた。

「てめぇ…最後まで私の邪魔しやがって!」

涙ぐんだ目でさくらは答える。

「許さないんだから…!」

「離せこの!」

そう言って足を振って、さくらの手を振りほどこうとする撫子。しかしさくらは手を離さない。それどころか掴む手の力が強まる。

「痛てぇな!離せよ!」

そうしているうちに、顔を上げると目の前に松木が立っていた。

「さて、話を聞こうかね。君も新入部員かね?」

「…ちげーよ」

撫子が答えると、瀬莉が横から話に入る。

「サッカー部、人足りなくて困ってたみたいなんでぇ、手伝いに来てやったんすよ」

続くようになずなも弁解する。

「そうそう、あたしら暇だし、困ってる人は助けないとー、ってね」

松木が、さくらと撫子の二人を見て言う。

「そうかそうか。サッカー初心者の子達の練習にしてはかなりハードな練習をしたんだねぇ」

撫子が答える。

「サッカーって激しいスポーツじゃないすか!怪我は付き物っすよ」

松木がポリポリと頭を掻きながら答える。

「そうかそうか。それはすまんかったね。まじめに練習していたんだねぇ」

「そうそう!その練習でちょっとエスカレートしちゃっただけっすって!」

「そうか。それで、私が来た時には掴み合いになっていたのだね」

「うんうん。話の分かる先生だぜ」

さくらが割って入る。

「違います!椿先輩が作ったパンフレットを破いたり、練習の道具を蹴ったり…練習の邪魔をしようとしたから止めようとして…」

目には涙が浮かんでいる。それを見て、松木が撫子達に聞く。

「うちの部員の子がそう言ってるんだが、この涙を見て違うと言えるかね?」

「…」

撫子達は黙って下を向く。松木がさくらに聞く。

「三浦君。君はどうしたい?このままの状況であれば、サッカー部には私からの注意、この3人は停学という事になると思うが」

「はぁ!?」

焦った顔で顔を上げる撫子達3人。

「3人共サッカー部に入ったら許します…」

「は!?」

より驚愕の顔でさくらを見る撫子達3人。栞那達サッカー部員も驚いた顔でさくらを見ている。松木は冷静に答える。

「ふむ。ではサッカー部に入ったらこの件は不問とするが、どうするかね?」

「嫌だよ!だりー」

「じゃあ、入学早々君たちは停学、更に問題ある生徒として、目を付けられて今の様に好きな恰好も、行動もしずらくなるだろうねぇ」

「ぐ…」

言葉に詰まる撫子。瀬莉が言う。

「でも喧嘩を見てるやつもいっぱいいるし、この怪我だぜ!?誤魔化せんのかよ!?」

松木は動揺せずに答える。

「サッカーは激しいスポーツで、怪我が付き物なのだろう?私がしっかりと報告するから安心しなさい」

撫子が下を向いて、力なく答える。

「…わかったよ」

「え!?撫子…いいの?」

なずなが驚いて撫子に聞く。

「入ればいいんだろ?そのかわり、裏切るなよ。せんせー」

松木は目を三日月にして、にっこりと答える。

「ああ。信用しなさい」

「…なずな、瀬莉、行くぞ」

「え…あぁ」

鞄を拾って帰ろうとする撫子。そして撫子に置いてかれまいと慌てて撫子を追うなずなと瀬莉。

「明日からちゃんと来るんだよー。あと、明日の放課後、部活前に私の所に来なさい。入部届をもらわないとね」

「うぃ」

振り返らず、右手を払うように上に上げて返事をする撫子。そのままグラウンドを後にしていった。

 サッカー部員だけになったグラウンド。

「ふう、大変だったね」

とサッカー部員達に向かって声をかける松木。

「ちょ…先生、あんなやつら部員にして大丈夫なんですか!?」

と興奮して聞く栞那。

「でも、入部する、っていう話になってからやけに素直だったわね。あの子達」

と蘭が言う。

「案外、やりたかったのかもよぉ」

と椿。

「お前…あいつらにパンフレット破かれてあんなに泣いてたのに…」

「それはそれだよぉ。部員が増えて嬉しいぃ」

にまぁ、と笑って、栞那の言葉に答える椿。

「ほっほ。君達も、あの子達も、今は沢山学んで沢山成長をする時期だ。この部に入ってあの子達も変わってくれるといいね」

松木が笑顔で言う。蘭も栞那に

「栞那もあの子達をまとめられるよう、立派な部長に成長しないといけないわね」

と声をかける。

「あいつらにやる気がないと無理ですよーだ」

このやり取りを横目に、松木が言う。

「さて、そろそろ三浦君を保健室に連れて行ってやらないと、年ごろの女の子の顔じゃないよ」

「あぁ!?さくら、すまん!大丈夫か!?」

すでに自分で顔を拭いていたさくら。笑顔で答える。

「はい!もう平気です!練習しましょう!」

「怪我は…」

「ちょっと切ったり腫れただけです!それよりボール蹴りたいぃ!」

さくらは腕をぶんぶんと振り回して抑えきれない気持ちを表している。それを見て蘭、

「そうね…まあひどい怪我はしてないし、もう少し練習をして帰りましょうか。その前にあの石化してる子を起こさないとね」

と、立ったまま気絶をしている友里を指して言う。

「あぁ…友里ちゃぁん!?また石になってるぅ…起きてぇ!」

と走って友里に駆け寄るさくら。

「よぉし、じゃあ最後にリフティングを教えて、終わるか。ボールを蹴るという動作の基本になる、大事な練習だぞ~」

という栞那の言葉を、さくらは友里をゆさゆさと揺さぶりながら聞いていた。

「ほら友里ちゃん!起きてぇ!練習時間減っちゃうよぉ。もう怖い人達いないからぁ!」

「は!?私は何を…」

「あ!起きたぁ!?」

「さくらちゃん!怪我してる!大変!」

「もう大丈夫だから練習しようよぉ!」

 そんなやり取りをグラウンドの外から見ていた一人の生徒。その生徒の青いイルカのヘアピンがキラ、っと光る。

「…ダメそう」

そう言って、振り返ってその場を去る。その後ろ姿はどこか寂しそうであった。


「ただいまー」

ガチャリと玄関の戸を開けるさくら。

「おかえりなさい、さくらちゃん」

ニコニコと迎え入れた母の顔が一変する。

「どうしたのそのお顔の傷!?」

「今日から部活が始まってー。とっても楽しかったよぉ」

とにへら、と笑って答えるさくら。

「かわいい顔が傷だらけじゃない!こっちに来なさい!消毒してあげるから!」

「大丈夫だよ~」

「もうっ!だからダメって言ったのに!明日にもサッカーなんて辞めてきなさい!」

「いやー」

そう言って駆け足で自分の部屋に逃げ込むさくら。

「あっ…もう…」

そういいながら、母はさくらの靴を並べ直すのであった。そして靴を撫でてつぶやく。

「あんなに汗だくで…」


 ある団地の1室。6畳ほどであろうか。白いソファーにピンクのクッションが乗っている。豹柄のカーテンが印象的である。ほのかに甘い香水の香りに包まれている。その白いソファーに座り、テレビを見ている30代前半位の女性。ウェーブがかった金髪である。その女性が持っているタバコを灰皿に押し付け、イライラした様子で同じ部屋にいる人物に声をかける。

「んな地べたに寝っころがってんじゃねーよ。学生なんだから勉強しろ勉強。視界に入って気が散んだよ」

そう指摘された娘が、むくっと上半身を上げて答える。

「っせーな。テレビ見てるだけだろ」

「あぁん!?働いてきて、一服してんだよ!金もかせげねぇガキが口答えしてんじゃねぇよ」

「っち」

正論を言われて、言葉に詰まる娘。

「ん?なんかお前、機嫌悪ぃな。先公につかまったか?まあ、長ぇ学生生活、色々あるからよ、これに懲りたら真面目に勉強するこったな。あっはっは」

「…ちげーよ。明日からサッカー部に入ることになった」

「はっは…はぁ!?勉強しねーで部活!?…金ねーのに、バイトもしねーで部活だと!?何考えてんだ!」

「仕方ねーんだよ!入んねーと停学にされちまうんだよ!」

「…どうせそれもお前のまいた種だろ。どうしようもねぇな」

「…」

図星をつかれ、またまた口をつぐむ娘。

「まぁ…やるって決めたんなら最後までやれや。中途半端は許さねーぞ。撫子」

そう言って新しいタバコに火をつける。

「…っせーな」

と言って再び上半身を倒し、母と逆の向きを向いて寝転がる撫子。

「地べたに寝んじゃねーっつってんだ!」

その叫び声は団地の部屋の外にまで響いた。

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