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最終話 永遠の系譜

「アンタのお母ちゃんのお船、もう出よるでー。はよこっちぃやー」


 地球往還船搭乗口の大きな窓から月面の白い大地を眺めていた私は、その声に振り返った。私は窓際から離れ、こちらへ手を振っている高祖母の元へ駆け寄った。


 いつも姉だと間違われる高祖母に手を引かれながら、月面宇宙港の発着ロビーに設営された式典会場へ入ると、私の父が待っていた。肩車をしてもらうと、ドームの遙か向こうの暗い宇宙空間に、白く輝く宇宙船が浮かんでいるのが目に入る。


 人類初の恒星間宇宙船『Generation of Dreams』。未だ光速を越えるどころか、その三割程度の限界速度しか実現せず、理論上は可能だとはいう超空間航法も全く実用の目途が立っていない現在において、この世代型宇宙船は、唯一の恒星間航行手段である。その推進機関『イスズドライブ』は、私の曽祖父が取り組んだプロジェクト「核融合パルス機関実用化計画」が基になっているという。


 ここから見ると小さく見えるが、実際は全長九千メートル、全幅千メートル、開拓用資材や建設機械を満載するとともに、完結した生態系を備える、実に百七十年もの歳月を費やして建造された、乗組員数五百名弱の巨大な宇宙船である。五十キロほど先の宇宙空間に浮かぶ、複数の円筒を束ねたような形をしたその船には、先ほどこの宇宙港から発ったシャトルにより、すでに全乗組員が搭乗しているはずで、あとは出発を待つばかりだ。


 これから約三百年をかけて、三十九光年離れたトラピスト1恒星系に到達し、有望な地球型惑星に入植。それから百年程度をかけた開拓が順調に進めば、採掘された資源を積載して再び地球に帰還する計画である。惑星へ残留する開拓団は引き続き、後に実現されるであろう超空間航法による移民を受け入れるための、都市基盤の建設を続けるという壮大な計画。

 

 乗組員が世代交代を繰り返しながら、遙か彼方の恒星系へ向かうこの船の船長として乗り込む私の母は、長寿命というエルフの特性を活かし、地球帰還までの全航海を通した計画の、遂行監理を行うという。そして、私の知らない数名の従姉妹も乗り組んでいるらしい。


 計画に携わる母や祖母に、私も一緒について行きたいと懇願したが、十歳を迎えたばかりの私には無理だと言われ、病弱な父とともに残ることになったのだ。


 泣きじゃくる私に母は言った。「あなたとは、またいつか会える。だけど、お父さんにはもう二度と会えない。こんなに悲しいことはないわ。でもね、これは私たちが成さなければならない使命なの。あなたはお父さんの側にいつもいてあげて。そして、お母さんが帰ってきたとき、お父さんとの想い出話を聞かせてほしいの」と。


「私の父が旧日本政府の下で本計画を立ち上げてから、はや五百年が過ぎようとしております。その間、世界では様々な出来事がありました。三度の世界大戦と度重なる病禍。何度も絶滅の危機を迎えながら、人類はなんとか存続することができました。そのような中、幾代にもわたる皆様方のご協力の下、我々は、遅々たる歩みではありましたが計画を進めて参りました。そして今日、本計画の最終段階を迎えることができたのです」


 式典会場の演壇上には、この計画を大昔から主導してきた、地球連邦宇宙開発機構長官を務める、祖母のアマネ・フォイルナーの姿があった。


 その後ろの巨大なモニターには、恒星間宇宙船の全体像と船橋ブリッジの様子が映し出されている。船橋内に小さく映る、長い耳の人物は多分母だろう。


 祖母の演説をはじめとする一連のセレモニーのあと、カウントダウンが終わるとともに船尾から青白い光が放たれ、巨大な船体が少しずつ動き始める。このままゆっくりと、しかし確実に速度を上げていくのだ。


 あの船には母がいる。いずれ地球に帰還して、再び会うことができるはずだ。しかし、それは超空間航法が実用化されない限り、八百年近く先の話になる。つまり、何もしない限り、家族三人で過ごす時間は、もう二度と訪れないのだ。


「私、絶対お母さんに会いに行く。ワープができる新しい宇宙船を造って、お父さんと一緒に追いかけるんだ」

「ほうか、ほしたらアンタも立派な科学者さんにならなあかんなあ。頑張りやぁ」


 母によく似た高祖母が、肩車から降りた私の両肩に手を添えながら言う。思わず大それたことを言ってしまった私は、少し恥ずかしくなりうつむいた。尖った耳が熱かった。

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