一章5『自己犠牲』
「どうしてあんなことをしたの?」
僕が走るよりもずっと速い速度で森を駆けながら、エリアが問う。
「分からない。けど、ああしなきゃいけないって思ったんだ」
そうだ、改めて考えるとなぜエリアを助けようとしたのかなんて明確な答えは出てこない。見捨てるなんてできなかった、誰かが僕の代わりに死ぬなんて耐えられなかった。
ただそれだけだ。
「もしかしたらあなたは死んでたかもしれない」
「うるっさいなぁ。そんなの君だって同じじゃないか」
担がれている状態で言うのもなんだけど、エリアの言葉にいらっとした。自分の行いを棚に上げて、僕の行いを咎めるのは間違っていると思う。
「私はあなたを助けられるのなら――――」
死んだって構わない、とエリアはそう言い切った。
それを聞いた瞬間、頭の中で、血管がぶちりと切れたような気がした。
「君がッ! いつ死のうがそんなのは君の勝手だ! だけど、僕の代わりにとか、僕を守ってだとか、そんな風に僕への自己犠牲で死んでもらうのだけはごめんだッ!!」
自殺だろうが、事故死だろうが、寿命だろうが、そんなので死ぬのには干渉しない。だけど、僕を理由にして死なれるのだけは絶対に許せない。
エリアを助けようとして死にかけた僕が言えるようなことじゃないのは分かってる。それでも言わずにはいられなかった。
それに、誰かのために命を賭せる者がこんなところで死ぬべきではない、と僕は思う。
エリアが再び口を開こうとする。どんな反論がくるのかと身構えたが、予想とは逆の言葉を向けられた。
「……ごめんなさい。それと、ありがとう」
後ろ向きに担がれた状態ではエリアの横顔と綺麗な黒髪ぐらいしか見えない。だけど、確かにエリアは今わずかに笑っていた。
その笑顔にわずかに見惚れた後、少し視線を下に落とすと肌色が目に入った。
ん? 肌……、色……?
「ちょっ!? エリアっ、ところどころ服が破れてる!」
「誰に見られるということでもないし問題ない。それよりも早く森から抜けないと」
「いや、僕がいるし!」
「あなたに見られるのは別に構わない。むしろいい。なんならもっと……」
「僕が構うんだよッ!」
話にならないので、とりあえず僕の着ていた外套をエリアに着せる。
少しだけ頬を膨らませながら、僕の外套に顔を近づけると、エリアは。
「アストの匂いがする……」
「早く先に行こう!」
僕は恥ずかしさを誤魔化すために先を促した。
いちいち言わなくていいんだよ、そういうことはッ!
わずかに弛緩した空気の中で走り続けていると、唐突に。
「クリアスペル【全てを透かせ】」
走っているその先から、何もないそこから、声が、詠唱が聞こえてきた。同時にエリアの姿が見えなくなる。だけど僕を担いでいるからにはそこにいることだけは確かだ。
「大丈夫じゃったか?」
この声は、森の外にある村の村長、ルセントさんだ。
「ルセントさん!? いったいどこに?」
僕の疑問に、エリアが答える。
「ルセントさんの透明化の魔法ね。姿、気配を消す魔法」
「そうじゃ。オーバンからの手紙に『変な奴が村に入ってきたようだから魔法を見せないためにアスト君をそっちに行かせたぞ』なんて書いてあった上に、森の奥から黒煙が昇っておったからな。そっちに向かってみたらお主らが走っておった。何があったかは知らんが念のため魔法を使わせてもらったぞ。お主達にも掛けておるから、わずかな時間ではあるが誰にも気づかれんじゃろう」
村長からの手紙は僕を村から離れさせる意図があったのか。
「さあて、じゃあワシの村に向かうか。早くここから立ち去ろう。色々話したいこともあるじゃろうが、全部後回しじゃ」
僕達に何があったか、状況だけで半ば察したのだろうか。
ルセントさんの言うように僕らは再び動き出した。
もうすぐ、長かった森の中を抜ける。
森の外から入り込んでくる風が僕の頬を優しく撫でていった。