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一章3『記憶の在処』

「エリア、それで話の続きは?」


 わずかな木漏れ日が木々を照らすまだ果ての見えない森の中で、僕達は、というかエリアは走り続けていた。

 そうだ、あまりにも自然に担がれているものだから自分でも忘れていた。僕はいまだエリアの肩に担がれていたんだった。


「そうね、どこから話そう」


「ちょっと待ってくれ。話をする前に僕を降ろせ!」


 じたばたと、手足を動かしてエリアの肩から離れ、地面へと転がる。


「でもまだあの男が追ってきてると思う」


「僕は自分で走れる。君に担がれる必要なんてない!」


「だけど、私が担いだ方が速いと思う」


 これだ。

 僕がエリアを好きじゃない理由。人の気持ちなんて一切考えず、ただ事実だけをそのまま口に出す。


「僕は君の子供でも、荷物でもないんだッ!」


 激情をエリアにぶつける。ぶつけてしまう。

 これが八つ当たりだってことは分かってる。全部力の足りない僕が悪いんだ。こんな女の子に助けられないといけないような僕が。

 それでも、やっぱりこの子は、エリアは……、嫌いだ。


「えっと、ごめんなさい……?」


 戸惑ったように謝罪を口にするエリア。


「いや、……僕の方こそ怒鳴ってごめん」


 エリアは間違ってない。ただ正しい、正しすぎるだけなのだから。

 怒鳴ってしまったせいかエリアは肩を落としていた。

 ここは空気を変える意味でも話を先に進めなくては。


「それで話の続きは?」


「……もう怒ってない?」


「うん、もう怒ってないよ」


「本当に?」


「怒ってないから! 早く話の続きを!」


 心配そうな表情でこちらの目を見るエリア。

今分かった。事実を口に出す云々じゃなくて、ただ空気が読めないだけだこの子。




エリアは、じゃあ走りながら話そうと先を指差す。

それにこくりと頷いて、森の中、木々の間を走っていく。


「私の身体能力とかあの男の炎についての話だったわね」


「ああ。それとあの剣もだよ」


 唐突にエリアの手に現れた剣。

 木を切り終わった後、気が付いたら消えてたけど。それのせいでより疑問が深まったと言ってもいい。


「結論から言うなら、あれは魔法」


「魔法……? お伽噺なんかであるような?」


「多分魔法の存在を知らないのは今のあなたぐらいだと思う。世界中の誰もが魔法の存在自体は知ってる。いえ、存在というよりも実在しているということを。そもそも、疑問に思わなかった? カードに魔力なんて欄があることに」


 そう言いながら、エリアはカードを出現させてこちらに向けてきた。


【名前:エリア 住所:ノーネーム 分類:魔法使い 年齢:十五歳 魔力:C 現在地:リベイアの森 体調:良好】


 向けられたのは僕のカードとは違う黄色のカード。


「魔法というのが冗談であれば分類に魔法使いなんて表記されないはず」


 その通りだ。アカシックカードは自身の情報を映し出すカード。そこに嘘が表記されることなんてありえない。であれば確かにエリアのカードは魔法の存在の証明となる。


 ただ、そうなると新たな疑問が浮上する。


どうして、僕だけが魔法を知らないんだ。世界の中で僕一人だけが知らないだなんてどう考えてもおかしい。疑問を口に出す前にエリアが答えた。


「あなたが魔法を知らないのは、あなたが記憶を取り戻さないように村長がそう仕向けてきたから」


「村長が……? いや、それよりも、僕の記憶がないのにも魔法が関係しているのか!?」


 そもそも、僕が記憶を失ったのは事故によるものだと村長は言っていた。

 でも、エリアの言い方だと……、まるで作為的に僕の記憶を消したみたいじゃないか。


「村長は、いいえ、誰も悪くない。誰か悪いとしたら、それは私。あなたが記憶を消さなくてはいけなくなった原因を作った私なの」


 もはや言っている意味が分からない。走っている足が震えるぐらいに。

考えすぎて草を踏む音がだんだんと遠くなっていく。

僕が記憶を失ったのは、この長い黒髪を揺らしながら僕の横を走る少女が原因?


「じゃあ、その原因は?」


 僕がそう聞いた途端、エリアの表情が悲しげに歪む。


「ごめんなさい……。それは言いたくない……」


「そう、か……。なら、僕の記憶を消したのは君なの? それとも村長?」


「どちらも違う。あなたの記憶を消したのは、あなたのお父さん。実際は消したのではなく、封印したのだけれど。あなたのお父さんは記憶を封印する魔法を使えた」


 姿さえ思い出せない僕の父さん。その父さんが僕の記憶を消し、いや、封印していたのか。

 どうして父さんが僕の記憶を封じたのか。理由は気になるが、今の話で重要なのはそこではない。


 記憶を消去したのではなく、封印した、というところだ。つまり、僕の記憶を堰き止めている封印さえ解ければ全て思い出せるということ。


「エリア、君は記憶の封印の解き方を知ってるの?」


「いいえ、多分その方法はあなたのお父さんしか知らない」


 だとしたら、今どこにいるのかも分からない父さんを見つけなければ僕の記憶は解けないということなのか……?


「なら僕は、父さんを探す。エリアは父さんの居場所は知らないの?」


「ええ、ごめんなさい」


 そう言ってエリアは目を伏せる。


「君が謝ることじゃないよ。だけどそうか。手掛かりもなしに探すのは辛いな……」


「心配ない、私も手伝う」


「いや、君が手伝う必要は────」


 喋っているその最中、唐突にエリアから腕を引っ張られる。

 勢いで倒れ込んでしまい、文句の一つでも言ってやろうかとした直後。



 爆炎が咲いた。



 背中に炎の熱が伝わる。

 後ろを振り返ると、人影が見えた。誰かなんて確認しなくたって分かる。赤髪の男、フィムだ。


「随分ゆったり移動してるじゃねぇか。なめてんのか? まあおかげで追いつけたわけだがよ」


 ついに、追いつかれてしまった。フィムが早かったからってわけじゃあない。

原因はきっと僕だ。黙ってエリアに担がれていれば、そもそも疑問なんて後回しにしていれば……。


自責の念とフィムへの恐怖で押し潰されそうになる。

けれど今は逃げなければ。後ろへ振り向き再び走り出そうとしたとき。

視界が緋色に染まった。


「辺り一帯を燃やした。また逃げ出されても困るんでな。これだけ火を蒔いてれば簡単に逃げ出せねぇだろ。お荷物がいるんならなおさらだ」


 半円になるように燃える火が僕らの行く手を阻む。

 前方には炎の壁、後方にはそんな炎を簡単に生み出せるフィム。

 隣にいるエリアは振り返ってフィムに問う。釣られて僕も振り返った。


「ずっと気になっていたのだけれど、あなた、詠唱をしていないわね」


「はッ、教える義理はねぇな。が、撃つ前に聞いといてやる。アストをこっちに差し出せば、いや、邪魔さえしなければ貴様は逃がしてやるが……、どうする?」


 それはエリアに向けられた言葉。ともすれば慈悲のような。

 頷くんだエリア。僕を見捨てれば生き残れるんだから。それにフィムの言葉が嘘で、僕を殺した後、エリアを殺すとしても……。


 お荷物である僕がいなくなれば。エリア一人だけでならきっと逃げられる。

 もし本当に僕とエリアが幼馴染であったとしても、僕は記憶を失っているんだ。だから、そんなもの他人と変わらない。

けれどエリアは。



「聞くまでもない。アストは私が守る。例え私が死ぬとしても、絶対に」



 僕の前に立ち、フィムと対峙する。


「エリア!? どうして!」


「私が時間を稼ぐ。だからあなたは逃げて」


 意味が分からない……。どうしてそこまで僕を生かそうとするんだ。足手まといでしかないはずなのに。


「あなたには力がある。私よりもずっと。今は全てを忘れていて、力を失っていたとしても、記憶を取り戻せばあなたはきっと誰より強い」


 咄嗟に何か言い返そうとする。が、それはフィムの炎に遮られた。

 フィムの炎の弾がエリアを焼き払おうと迫る。


「クリエイトスペル【我が手に盾を】」


 左手にカード、右手にはエリアの身体を覆うほど大きな盾が現れた。その盾に炎が直撃する。ジュウ……、と鉄の焼ける音が。

 貫通こそしなかったが、大盾がどろりと溶け果てる。

 だが溶けたときには既にエリアの手に剣が握られていた。その剣をフィムへと投擲。


 フィムはにやりと笑って、更に炎を連続させた。その数五つ。

 一つは投擲された剣を溶かし、残りの四つはエリアに迫る。

 だが、それらを横に飛び跳ねて回避し、更に剣を生み出すエリア。




剣と炎の応酬を前に、僕は一歩も動けていなかった。

恐怖、困惑、無知、無力────。全てが僕を縛り付け、足を地面に縫い付ける。


そんな僕を尻目に戦闘は加速していく。その最中、エリアが何故か大樹を水平に斬り付けた。

大樹はバランスを崩し、僕の元へと倒れ込んでくる。慌てて横に跳んで避けるが、いったい何の意図があって……?

おかげで硬直は解けたが……。


「早く、逃げて! アスト!! その木もすぐに燃える!」


 無理矢理絞り出したような大声でエリアが叫ぶ。


 振り向けば、大樹はフィムが作り出した炎の壁を一部を上から押さえ付けている。つまり、その横になった木の上だけは炎に阻まれていない。

 だから、そこを通れば安全に……。


「アスト!!」


 もう一度叫ぶ。

 そして僕は、その声に弾かれるようにして、逃げ出した。

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