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一章2『魔法の存在』

──燃える、村。


木の焼ける匂いと火の熱が肌を刺す。家が焼け、草木が燃え、村が炎に包まれていた。見覚えのあるドーム状の建物の崩れていく様が見える。あの建物は、村長と、僕達の住んでいた家ではなかったか……?


 村の家屋の数は十もないぐらいだったがもはや一つも見当たらない。炎の間に黒く焦げた木材が見えるぐらいだ。村を覆っていた森の木々さえ燃え移った炎が焦がしている。


ここに本当に村があったのか? そうであると分かっているのにどうしても疑問を抱いてしまうような光景。


「何が、あったんだ……?」


 一番可能性があるのは火事。何かを焼こうとしたときに火が燃え移ってしまったというのが現実的。だけど、何かがそれを否定する。


 火の奥でその何かが蠢いているような。鋭く尖った空気のようなものが辺りに突き刺さっているような……。


 自分でも何を言っているのか分からない。けれどこの感覚は間違いなんかじゃない。




そうだ、間違いなどではない。

村を包んでいる炎、その炎の中から人影が姿を現した。その人影はゆったりと近づいてくる。


僕はそれを見てわずかな期待を込めて声を上げる。


「大丈夫!? 村はどうなったの!?」


 徐々に近づいてくるその人影が、僕の期待をあっさりと否定した。

 火の光で影しか分からなかったものが段々と鮮明になっていく。

 燃えるように赤い髪、そして黒と白で彩られた衣服、身長なんて僕よりもずっと高い青年。こんな人は今まで見たことがない。


 いったい誰なのだろうか。

 ただ明確なのは、この青年が僕に対して友好的ではないことだ。射殺さんばかりの視線に僕は後ずさる。

 青年は大声を上げずとも声が届く距離まで近づいてようやく口を開いた。


「村はどうなったかだって? そんなもん見れば分かるだろうが。村も人も全部が全部焼け死んだ」


 先程の僕の問いに青年はそう答えた。

 ……皆、死んだ? 理解が言葉に追い付く。


「嘘だ」


気付けば僕はそう口にしていた。


「嘘なんかじゃねぇ、見りゃ分かるだろうが」


「嘘だ……! そもそも、君は誰だ?」


「俺はフィム。散々探したぞ、アスト」


 自分の名前を呼ばれた瞬間、まるで心臓を鷲掴みにされたような感覚を覚えた。

この青年、フィムとは初対面だ。現に僕は今初めてフィムの名前を知った。なのになぜフィムは僕の名前を知っているんだ……?

 疑問が顔に出ていたのだろう。フィムはその赤い髪を掻きながら、口を開く。


「俺がどうしてお前の名前を知っているか気になるか。まあどうせ死ぬんだ。教えてやってもいいが」


「どういうこと……? どうせ死ぬ……?」


「まだ分からねぇのか。俺がこの村を焼き払ったんだよ、お前を村ごと焼き殺すためにな。といってもまさか出掛けていたとは予想外だったが」


 まるでなんでもないことのようにフィムは言った。

 ……理解できない。僕を殺そうとすることもそうだけど、それよりも。僕を殺そうとして村ごと焼き払ったという行動がなにより理解できない。

 呆然と、ただ村を覆う惨劇の姿だけを目に入れ、フィムの言葉を反芻する。

 何度考えても、答えは出ない。


「どうして、そんなことができる……? 君は人を殺すことをなんとも思わないのか!?」


「世界を救うためだ。些細な犠牲なんて切って捨てるさ。とりあえずお前さえ殺せればいいんだからな」


「世界を……、救う……?」


 目の前に広がる惨劇と、それを生み出した張本人だけが視界を埋めている。そこに世界を救おうとした結果なんて見当たらない。あるのは悲劇だけ。


「理解はできないだろうな。だから」


 敵意が殺気を帯びていく。

フィムは、僕に向かって右手を突き出した。その手の先に握られているのは何か黒い、鉄の塊のようなモノ。


「魔弾銃、って言っても分かんねぇか。まあいいや」


 フィムが人差し指を動かし、魔弾銃と呼ばれたモノの先が赤く光る。

 あれは間違いなく脅威だ。動かなければ死ぬ。それだけは分かる。けれど頭が理解していても身体が言うことを聞いてくれない。


恐怖に、足が竦んでいるんだ。

そんな僕なんて関係なしに魔弾銃から赤い弾、炎の塊が撃ち出され、そして。


 身体が浮くような感覚と共に、僕の身体が何者かに持ち上げられた。


 思考に空白が生じる。置いてけぼりな僕の理解とは正反対に、僕を持ち上げている何者かはその場から走り出した。

 同時に僕が先程までいた場所で爆発が起きる。


「大丈夫?」


 この凛と透き通るような声は……、もしかして。


「エリア……?」


 わずかに首を動かすと、長い黒髪が目に映る。


「ええ、助けるのが遅れてごめんなさい」


 そう言いながらエリアは森に向かって走っていた。ただその速度が異常だ。大人の男性よりも何倍も速く駆けるエリア。

 少なくとも、僕が知っている彼女にこんな力はなかった。

ただ過保護で、姉みたいな立ち位置にいる幼馴染。だが同じ歳の少女であることには変わりなかったはず。

ということは、普段は僕に合わせていたのか。それとも……、僕にその力を隠していたのか。

 僕の内心の疑問なんてお構いなしに、エリアは走り続けていた。

 エリアの黒髪が揺れて、肩に担がれている僕の顔に当たる。花のような匂いが鼻腔をくすぐった。

 そこでエリアが唐突に真横に飛び跳ねる。またも浮遊感が僕を襲い、同時に僕達の元いた場所に爆炎が咲く。


「何が起きてる……?」


 混乱の極致にありながらもどうにかして疑問を口に出した僕に、エリアが答える。


「分からない。けれど、あの男がどうにかしてあなたを殺したいのは確かみたい」


 エリアの走る振動で身体が揺れる。後ろ向きに担がれているせいで、魔弾銃をこちらに向けながら走るフィムの姿が見える。

迫るのはフィムであり、炎であり、恐怖だ。


「そこじゃない! こんなありえない速度で走る君や、あいつが撃っている炎のことだよ!」


 僕の疑問に、エリアは押し黙る。押し黙りながらも足は止めない。全力で駆けながら、乱射されるフィムの炎を紙一重で避けていく。

 そして、エリアは森に入るのと同時にようやく口を開いた。


「そうね、今のあなたは何も知らない」


「っ!」


 僕の無知を嘲笑うかのような言葉。いや、きっとエリアにそんなつもりはないのだろう。けれどエリアの言葉に頭の奥でじりりと苛立ちが募る。


「だから、話さないといけない。でもそれはあの男を撒いてから」


「……分かってる」


 今なお背後から迫りくるフィムと炎。回避し、木を盾にし、その炎に焼かれないようにと前へ進んでいく。

 次第にフィムとの距離は開いていく。後少し開けば、この森の中では目視することすら難しくなるだろう。そうなればやっと落ち着いて話が出来る。




 そんな僕の考えは一瞬で覆された。


「調子に乗るなよ、貴様ら」


 叫ばなければ声など届きそうにない距離があるのにもかかわらず、フィムの呟くような声がはっきりと聞こえてきた。

 そして、フィムの足元が赤く光る。


「エリアっ!」


 何が起きるのか分からないにも関わらず叫ぶ。けれど嫌な予感が僕に囁いていた。

 エリアが僕の切羽詰まったような声に反応してフィムの方を見るのと同時に、フィムが一瞬で僕らの真後ろまで距離を詰めた。


「っ!?」


 真後ろから魔弾銃を向けられる。この至近距離では左右に動いたところで確実に当てられてしまう。かろうじて避けられたとしても体勢が崩れ、そこを狙われるだろう。


「これでチェックだ」


 フィムがエリアの足元に炎を撃ち放った。

 僕が死を覚悟したそのとき、またも浮遊感が身体を襲う。僕達の真下で炎が爆発する音がした。

 左右のどちらに動いても当たると察したエリアが真上に飛び上がったのだ。


 ただ僕達は気づかなければならなかった。今までずっと後手に回っていたということを。

 考えなければいけなかった。なぜフィムが足元を狙ったのかということを。


「ここまで全て予想通り。そして、これでチェックメイトだ」


 宙に浮かぶ僕とエリアに魔弾銃の照準が合わせられる。

 そうだ、ジャンプしたばかりで身動きの取れないエリアでは、どうやってもこの一撃を避けられない。


 この一連の攻防は全てフィムの掌の上だったのか……!

 今度こそ終わりだ。背後に迫る死の予感が濃厚になっていく。


「なめないで」


 エリアが言った。生を諦めかけた僕とは反対に、エリアは、自分はこんなものではないと、そう言ってなお足掻く。

 瞬間、視界が急速に回転した。同時に酔ったような感覚が身体を支配する。

 何が起きたのか、偶然目に入ったエリアの右手を見て理解した。


 その右手は木を掴んでいた。つまり木を軸にして遠心力で回転。急激な方向転換を繰り出したのだ。

 避けた炎の球が生み出した爆風が身体を叩く。


「バカな。あれを避けるだと……?」


 木を離したエリアの手に、今度はカードが握られていた。


「クリエイトスペル【我が手に一振りの剣を】」


 エリアが何かを呟くのと同時にカードを唇で挟むと、その手に剣が現れた。

 謎の現象を目にして戸惑う僕を置いて、エリアは走りながらその剣を振るう。


 狙いは木。通りすがる木を一振りで切り倒す。切断された木は僕らの真後ろに倒れ、フィムの行く手を遮っていた。更にそれを三度。倒れ重なり合った木が壁となり、僕達とフィムを分断する。

 確実にフィムの足を止め、置き去りにして先へ。


 そうしてフィムとの距離は、限りなく開いた。

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