彼女は何故静かに怒り閉じこもったか
「……は?」
「忘れたとは、言わせませんよ」
ある晴れた日の午後、生徒会長の鴨居は数名の生徒達からリコール請求をされていた。彼らが言うには、『最近の生徒会は横暴である』『山村某とかいう女子生徒が来てから公私混同が激しくなった』『生徒会を手伝っていた女子生徒、佐波 晶に対しての対応はいじめとも言える』という。
「佐波……あぁ、あの盆暗か」
「よく、そう言えますよね。彼女、仕事をしなくなった生徒会役員の尻拭いしてたんですよ?」
「社交界でも鴨居さんの代わりにあちこち挨拶周りなどしていると聞きます」
生徒たちの話に、鴨居は表情を険しくする。
佐波は、鴨居にとってただの『つきまとい』としか感じていなかった。親の決めた許婚ではあるが、好みではなかった。
背が低く、色白でぽっちゃり。自信が無さそうに話す。そんな姿が、鴨居にはうっとうしくてしょうがなかった。一方、この学校で出会った山村という少女は明るく、天真爛漫。それでいて素直だ。スタイルも良く、愛らしい。
鴨居は、自然と山村に思いを寄せるようになった。彼はなついてくる山村の願いをなるだけかなえようとあれこれ仲間とやってきたのだが、それが他の生徒には公私混同に思えたらしい。
まぁ、生徒会室でおしゃべりしたり山村の作ったお菓子を食べたり、と書類に目を通す事は少なくなったかもしれないが、生徒達から不満の声も無くそれでいいと思っていた。
それから暫くして、山村が「佐波にいやがらせをうけた」というような事件があった。靴を隠されるという低レベルなものから、服をカッターで切られる、高いところから突き落とされる、などである。おびえる彼女が見ていられなかった鴨居は、生徒会役員メンバーで佐波を言葉で『叩いた』。
佐波は、自分ではない、と言っていた。だが、聞く必要は無い、と鴨居は考えていた。佐波が悪いのだ。山村に嫉妬しているからこそ、やったに違いない、と。だが、佐波は
「……もう限界です。――様、もう一度自分がやっている事や山村様の事を良く振り返ってくださいまし」
それだけいうと、謝罪もせず退室。その後、学校に来ていない。
「会長は何も見ていないんですよ」
能見といった男子生徒が吐き捨てるように行った。確か、新聞部の部長である。この学校の新聞部は最近何かと生徒会へ批判的な記事を書く。故に取り締まる予定だった。
「佐波さんが一生懸命たしなめていたから、今まで僕たちは黙っていたんですよ。でも、その佐波さんが限界といったのだからもう僕らも我慢しませんよ。
今まで、貴方達が遊んでいた分、佐波さんが生徒会の書類をチェックしてたんですよ。彼女が一番働いていたんじゃないですか? あと、山村さんが作ったって持っていったクッキー、あれは佐波さんが作ったものですよ?」
その言葉に、鴨居が信じられない、とでもいう表情で能見を見る。彼はやれやれ、と肩を竦めると言葉を続けた。
「話は変わりますけど。山村さんが佐波さんから嫌がらせを受けたとか言っていましたよね。彼女、貴方たちの尻拭いばかりしていたから、そんな暇ないですよ」
「いや、佐波には新城とか米沢とか腰巾着がいるだろ?」
佐波の側にいた女子生徒2人の名前を挙げて鴨居がそういえば、能見は首を振る。
「彼女達も、佐波さんの手伝いで忙しかったんですよ。貴方、山村さんの言葉だけ鵜呑みにしてたんじゃないですか」
そう言いながら彼はぽつり、と言い放つ。
「盆暗なのは、そっちじゃないか」
その頃、佐波は自室に篭っていた。とはいっても実家ではなく鴨居家に用意された彼女の部屋に、である。
「ごめんね、晶さん。うちの盆暗の所為で……」
鴨居家の当主たる女性が頭を下げようとするも、佐波はそれをとめさせる。
「いいえ、私の所為です。おそらく、婚約者として毅然とした態度が取れなかった私の……」
「晶さん、そんなことを言わないで。私は、貴方の味方よ」
品のいい老女はたおやかな笑顔でそういい、佐波の肩を叩く。
「私が甘やかしすぎたのね。ほら、あの子は両親を事故でなくしているでしょう? だからつい……」
彼女はそういって本当に申し訳無さそうな顔になるが、佐波は首を振る。その悲しげな横顔に、老女は深いため息をつき、己へのと、孫への怒りを覚える。
彼女は、婚約者からどんなに言われようとも、家に相応しい嫁になるべく修行してきた。
だのに、こんな仕打ちはないだろう。
「大丈夫よ、晶さん。私が貴方を守るわ」
「ありがとうございます、当主様」
「うふふ、私の事はおばあさま、と呼んで頂戴」
老女は佐波に優しく微笑み、そっと彼女を抱きしめた。
(つづかない……っ!)
ここまで読んでいただきありがとうございました。