悪役令嬢もの厨が普通の乙女ゲームに転生した話
あらすじにも書きましたが、ざまぁ展開はありません。
「おかしい」
麗らかな日差しの注ぐカフェテラスで、本日のおすすめケーキと紅茶を前にしながら、マルガレーテ嬢はもはや癖になりかけている呟きを放った。
「わたしって、悪役令嬢のはずよね?」
信じられなくとも、彼女は“転生者”というやつである。
マルガレーテ・フォン・ダコタ。
それが彼女の現在の名前。そして、その名前は、彼女が前世で暮らしていた国で大ヒットした乙女ゲーム『空国のルディア』の“ライバル”キャラクターなのだ。
5才の誕生日、転んだ拍子に前世の記憶を取り戻し、この事実に行き当たったマルガレーテは震えが止まらなかった。
言うまでもない、歓喜の震えに!
乙女ゲームの“ライバル”キャラクター。
それは悪役令嬢と決まっている。
前世の記憶を取り戻した日から、マルガレーテは自分磨きに全力を尽くした。
令嬢の中の令嬢になるために、知識を身につけ、礼儀作法を尊び、女性の魅力にあふれる身体を得るためにできる努力はなんでもした。
なぜなら、彼女は重度の“悪役令嬢もの厨”だったのだ。
婚約破棄ネタ、傍観ネタ、ちょっと違う方向にいってしまった悪役令嬢“転生者”もの、どれも大好物だった。
それはもう、出来ることなら“自分自身で味わいたい”と思うほどに。
(きっと、遠くない未来、わたしには取り巻きたちが大勢できるはず)
それは大分早く叶った。
マルガレーテ嬢の生家は、この国でも名高い公爵の家だった。
(きっと、遠くない未来、わたしはこの世界の攻略キャラクターと婚約するはず)
それは三年前に、少し違う形で叶った。
お相手はこの国の第三王子、ファラン様。金髪碧眼のザ・王子といった優美系男子だ。
ただし、婚約者ではなく婚約者候補だったが、微々たる誤差だ。
(いつかきっと、わたしは“ヒロイン”に出会う!)
それは――、一応、叶った。
◇◇◇◇◇
「ごきげんよう、マルガレーテ!」
鈴を転がすような声、という表現がしっくりくる女の子の声が響いた。
振り向くと、明るい栗毛を肩口まで伸ばした溌剌とした表情の少女がこちらに近づいてくる。
「……ごきげんよう、ルディア」
「今日は天気がいいから、テラスで課題を片付けちゃおうと思ったの。でも、マルガレーテに会えるなんて、なんか得しちゃった気分」
にっこりと裏表のない笑顔で、偶然、学友に会えた喜びをまっすぐに伝えてくる彼女。
彼女こそが『空国のルディア』の正ヒロイン、ルディア・ホラント。
本来はマルガレーテと対立するはずの、平民出身の……、なのだけど。
「マルガレーテは、午後のティータイム?」
「ええ、わたしの課題はすでに終わらせてありますから」
「そうなんだ! 私もがんばらなくちゃ。じゃあ、またね」
「えっ!」
「え?」
驚いて思わず発した声に、不思議そうに振り向くルディア。
その様子からして、本当に声をかけただけなのがうかがえる。
「あ、いえ、貴女がもし良ければ……」
「もしかして、お茶しようってお誘い? ふふ、じゃあちょっとだけ、ご一緒させてもらうね」
そう言って、マルガレーテの真向かいに座ったルディアは、どこからどう見ても、とても感じの良い子だった。
(おかしい。乙女ゲームのヒロインなのに全然鼻につかないなんて!)
最初にルディアと会ったのは、おそらくゲームの舞台であろう“聖クレセント学園”の入寮日。
地方から奨学生枠でやってきたルディアが迷子になったのを、たまたま散策に出たマルガレーテが見つけたのだ。
正直、ベタなイベントだなと彼女は思った。
だけど、やっとここから始まる、と胸を躍らせたのも間違いない。
どんな試練も乗り越えてみせる。正規ルートやヒロイン補正があったって負けない自信はある、と息巻いたのも覚えている。
だって、悪役令嬢ポジションの“転生者”は、いつも無双していた。
それを読んで、いつも大逆転劇のカタルシスを味わっていた。
正規ルートから外れたが故の面白さが“悪役令嬢もの”の醍醐味で、それを自分自身で味わえる絶好の機会だと思ったのだ。
なのに。
「ねえ、マルガレーテ。ここのカフェって落ち着くね。決してお客さんが来ないわけじゃないけど、休日でなければ混み合うわけでもないし。大通りからは少し外れているから、日によってはこんなふうに静かな時間を過ごせるの。私、好きだなあ」
注文してから時間を置かずに届けられた紅茶の香りを、ゆっくり味わってから、柔らかく笑うルディアに、こちらの気持ちも解れていく。
「そう、ね。確かに、たまの休息に使うなら悪くない店だわ」
「マルガレーテもそう思う? ふふ、私たち、やっぱり気が合うね」
ルディアとマルガレーテは、気が合った。
性格は違う。
ルディアは人に対して常に柔らかく接するが、マルガレーテは今まで生き急いできた結果、自他ともに厳しい目で見るくせがある。
趣味にしても、平民と貴族といった生まれの違いもあってか、被るものは一つもない。
けれど、2人で過ごす時間は、他の誰と過ごす時間よりも居心地がよかった。
「今日の講義は、私にはちょっと難しかったな。ナイヨル先生って口をあんまり動かさずにしゃべるでしょう。言葉がこもるから聞きづらいし、つい眠くなっちゃうの」
「はあ。あなた、仮にも奨学生でしょうに」
「もちろん、ちゃんとノートは取っているよ。眠くなっちゃうけど、内容自体はとても興味深いことを話されていらっしゃるし。寝ちゃって聞きそびれたら損しちゃう」
そう言って、持っていたカバンからノートを取り出して開く。
几帳面とは言えなくても、一生けんめいに書かれた文字が目に映る。
それはルディアの努力の証だった。
(おかしいわ。本当に、この子、努力家じゃない。がんばり屋さんじゃないの。ヒロインっていうのは、もっとこう、イケメンといちゃいちゃするためだけに全力を注ぐんじゃないの? イケメン逆ハーはどこいった!?)
「知っているかもしれないけれど、私の家は商家なの。だから、この学園で学んだ全てを使って、ゆくゆくは、この国一の商家にできたらいいなあって。それが私の将来の夢なの」
純粋な思いだけの眼差しは、ちょっぴり不純な動機で己を高めたものには眩しい。
「……そう。当然ね」
「うん。ふふっ」
「?」
弾んだ笑い声をこぼしたルディアは、それからこう言葉を繋げた。
「でも、この夢を話したのは、マルガレーテが初めて。あなたはいつも凛として妥協しない。まっすぐ立っているその姿を見て、私、いつも勇気をもらっている。本当よ?」
ルディアの含みない友愛の情に、胸を打ち抜かれたマルガレーテな“彼女”は知らなかった。
乙女ゲームのヒロインは、“女に嫌われるキャラクターになってはいけない”法則があることを。
前世の彼女は“悪役令嬢もの厨”なだけで、乙女ゲームをしたことは一度もなかったのだ。
そう、『空国のルディア』も名前を聞いたことがあるだけでプレイはしていない。
だから、乙女ゲームのライバルは、“ヒロインと同じく、女に嫌われるキャラクターは少ない”法則があることも……。
そして、マルガレーテ・フォン・ダコタは“正統派ライバル”であって、悪役令嬢でもなんでもないことも、彼女はもちろん、一生、知りえないのだ。
―悪役令嬢もの厨が普通の乙女ゲームに転生した話・了―
【主観まじりの乙女ゲームあるある】
・乙女ゲームのライバルは、大体が努力しているキャラ。
・ライバルにバッドエンドはない。そこまでライバルの顛末を追う乙女ゲームはない。
・客層は女性なので、女キャラは女性支持が集まるようにつくられることが多い。
・いっそ、ライバルキャラが一人も出ないシナリオの乙女ゲームも少なくない。